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第29話 青い花畑と、守れない現実

 街の門を抜け、海風の匂いが少し薄れてきた頃。


 緩やかな丘を越えた瞬間、視界が一気に開けた。


「……わぁ」


 思わず声が漏れる。


 一面に広がる青。


 空と同じ色をした花が、風に揺れて波のようにうねっている。


 甘く淡い香りが鼻をくすぐった。


「でしょ?」


 リーナがこちらを横目で見る。


 どこか誇らしげだ。


「ここ、私のお気に入りなの」


「初めて来た時、あまりに綺麗でびっくりした」


「嫌なこと全部忘れられる場所」


 少しだけ声が柔らかい。


「連れてきたかったの」


「用事ってこれ?」


「そ、そうよ!」


「それ以外に何があるってのよ!」


 慌ててそっぽを向く。


 でも耳が赤い。


 リーナは布を広げ、荷物を置いた。


「ほら、座りなさいよ」


「はいはい」


「“はいはい”ってなによその返事!」


「嬉しくて」


「うるさい!」


 包みを開くと、綺麗に詰められた料理が並ぶ。


 魚のほぐし身ご飯。

 野菜の煮込み。

 果物まで。


「……全部手作り?」


「当たり前でしょ!」


「昨日の夜、眠いの我慢して作ったんだから!」


「仕事あるのに?」


「暇だったの!」


「絶対嘘だ」


「うるさい!」


 ぷいっと顔を背けるが、口元が緩んでいる。


 口に運ぶ。


「……うまい」


「でしょ?」


 胸を張る。


「私、料理得意なの」


 風が花を揺らし、静かな時間が流れる。


 しばらくしてルークが言う。


「これって……デート?」


 沈黙。


「はぁ!?」


「ななななに言ってんのよ!」


「違うし!!」


「たまたまピクニックになっただけ!」


「弁当持って花畑で?」


「偶然よ!!」


 顔が真っ赤だ。


 しばらくして、リーナが花を指でいじりながらぽつりと。


「……あんた、辛そうだったでしょ」


「村追い出されたとか」


「一人で旅してるとか」


「この世界、悪いことばっかじゃないって」


「知ってほしかっただけ」


 風が吹く。


 胸がじんわり温かくなる。


「……優しいな」


「うるさい!」


「同情よ!」


 でも声は震えていた。


 帰り道、遠くで怒鳴り声が響いた。


「……止まって」


 リーナの表情が変わる。


「畑の方角よ」


 二人で駆け出した。


 畑のそばで農夫が座り込んでいた。


「盗賊だ……三人組で……」


「荷を奪って逃げた……」


「追わないと――」


 ルークが前に出る。


「無理よ」


 リーナが腕を掴む。


「もう手遅れ」


「今ごろかなり遠くに行ってる」


「追っても捕まらない」


 悔しさが残る。


「ギルドに依頼すれば?」


「無理」


「お金がないの」


「保証金も手数料もいる」


「払える人しか守られない」


「だからこういう被害は仕事にならないし討伐対象にもならない」


「結果、記録にすら残らない事件」


 風が畑を揺らす。


「港町でしょ、ここ」


「漁師たちは命懸けで海に出る」


「明日帰れる保証なんてない」


「そんな命懸けで稼いだお金を」


「平気で奪う連中がいる」


「生活が苦しいからじゃない」


「自分の欲のため」


「そのお金を狙う連中がいる」


「国の警備隊とかに被害届は?」


 ルークが言う。


 リーナは苦く笑った。


「意味ない」


「警備隊や騎士団は動かない」


「守るのはお金持ちが先」


「弱い人は後回し」


 沈黙。


 ルークは街の現実を知った。


 しばらく歩いてから、リーナがぽつり。


「……最初に優しくした理由」


「身なりが綺麗だったから」


「なのに抜けてて」


「強盗に狙われそうで」


「放っとけなかったの」


「でもさ」


「ちゃんとやるもんね」


「意外と」


「意外ってなんだよ」


 笑い合う。


 ルークは真剣な顔で言った。


「それよりリーナのほうが危なくない?」


「小柄で」


「細くて」


「それでいて可愛い顔してるし」


 一瞬、時間が止まる。


「――は?」


 次の瞬間。


「か、かかかか……っ!」


 顔が真っ赤。


「かっ……かわいいって何言ってんのよあんたぁぁ!!」


 両手で頬を押さえ後ずさる。


「急に言うなっての!!」


「心臓止まるかと思ったじゃない!!」


「純粋に心配で――」


「それが一番タチ悪いのよ!!」


 小さく、


「……ばか」


 そして胸を張る。


「私は大丈夫!」


「この街で育ったし」


「簡単にやられないの!」


 夕暮れの港に戻る。


 潮の匂い。


 オレンジ色の空。


「あ、そうだ」


 急に明るく。


「用事あるから帰るわね」


「今日は楽しかったし」


「また今度ね」


 「あと前から言おうと思ってたんだけどその帽子似合ってないわよ」


 クスッと笑いながら


 軽く手を振り、人混みに消える。


 余韻も残さず。


 花の青。

 優しさ。

 街の現実。


 すべてが胸に残った。

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