第26話 静かな闇と、結局チートですか?
森道に入ってしばらく進んだところで、魔物が現れた。
狼型の魔獣が二体。
【狂狼(Lv.41)】
「よし……魔法使いの初仕事だな」
杖を構える。
腹の底から、冷たい力を引き上げる。
熱でも光でもない。
闇が流れ込んでくる感覚。
空気が沈み、周囲の音が遠のく。
見た目はほとんど変わらない。
黒い揺らぎが一瞬走るだけだ。
「ダークボルト」
次の瞬間、魔物の身体がふっと崩れ落ちた。
音もなく。
血もほとんど飛ばず。
存在が抜き取られたように消える。
「……え、もう?」
拍子抜けするほど地味だった。
派手な爆発もない。
火柱も雷鳴もない。
「うーん……想像よりだいぶ地味だな」
強いのは間違いないが、演出が弱い。
厨二心が少し満たされない。
その夜、焚き火を眺めながら僕はルーンを取り出した。
「どうせなら一気に上げとくか」
砕く。
闇色の光が身体を包む。
もう一つ。
さらにもう一つ。
【魔法使いランク上昇】
Ⅰ → Ⅲ → Ⅴ(最大)
魔力の量が一気に跳ね上がったのがはっきりわかる。
「……いや、これチートだろ」
思わず笑ってしまう。
努力も修行もすっ飛ばして一気に最終段階。
そりゃ強いはずだ。
翌日。
新たに現れた魔物は熊型の大型種。
【狂熊(Lv.58)】
「試してみるか」
今度は闇をより濃く集める。
空気がさらに沈む。
空間が軋むような感覚。
「ダークホール」
黒い歪みが一瞬走っただけ。
だが次の瞬間――
魔物の上半身が消えていた。
「……は?」
血も肉片もない。
“無かったこと”になっている。
さらにその背後の木。
幹の一部が、えぐれたように欠け落ちていた。
切れたのではない。
消えたのだ。
「……怖っ」
思わず声が出る。
爆発も閃光もない。
それなのに世界の一部が消えている。
静かすぎて、逆に恐ろしい。
「これ、派手じゃないけど……やばいやつだな」
なんとなく理解し始める。
闇魔法は“壊す”んじゃない。
“無くす”のだと。
そこから先も、魔物との遭遇は何度もあった。
そのたびに闇が走り、敵は静かに消えていく。
森には時折、欠けた岩や抉れた地面が残った。
戦いはあっけなく終わる。
その代わり、道のりは長く、静かだった。
昼は木漏れ日の中を歩き、鳥の声を聞きながら進む。
小川を見つけては喉を潤し、倒木に腰を下ろして休む。
夜は焚き火を起こし、揺れる炎を眺めながら簡単な食事をとる。
星空がやけに近く見える夜もあった。
滝の近くで野営した夜は、水音が絶えず響き、冷たい霧が肌を撫でた。
景色は美しい。
旅は確かに楽しい。
けれど――
「……静かすぎるな」
王都では常にエリシアが隣にいた。
今は自分の足音と焚き火の音だけだ。
自由と引き換えに、孤独がついてきている。
そんな日々を重ねて、十日ほどが過ぎた。
ある朝、風が変わった。
湿り気を帯びた空気に、かすかな潮の匂いが混じる。
「……海、??」
見えなくてもわかる。
水の国トリビエンは、もうすぐそこだ。
静かな闇とともに進んだ旅は、新しい国へと続いている。




