第24話 裁き、そして別れ
王はゆっくりと立ち上がる。
「公爵ミゲル」
「違法な薬の製造、賄賂、権力の私物化」
「証拠は十分だ」
ミゲルが叫ぶ。
「陛下!私は――」
王の声が遮る。
「黙れ」
空気が凍る。
「公爵位を剥奪する」
「財産は没収」
「身柄は王直属の裁定機関へ移す」
騎士団がミゲルを拘束する。
ミゲルは引きずられていく。
その背中に威厳はなかった。
その混乱の中、柱の影。
ミクが静かに後退していた。
誰にも気づかれぬよう、立ち去ろうとする。
「……待ちなさい」
エリシアの声が響く。
ミクが足を止め、ゆっくり振り返った。
「あなたが裏で糸を引いていたのね」
ミクは微笑む。
「何のことかしら」
「証拠は?」
エリシアは一歩踏み出した。
「没落貴族の隠し子」
「あなたはミゲルを利用して、この国を……」
ミクは喉の奥で笑った。
「乗っ取ろうとした?」
「笑わせないで」
「乗っ取るんじゃなく――壊そうとしたのよ」
周囲が静まる。
ミクの声は震えない。
「私が苦しんできた何百倍もの仕返しを、貴族連中に味わわせるために」
エリシアを睨む。
「あなたもそう」
「最初に会った時から気に食わなかった」
「なんの苦労もせず、涼しい顔で周りからチヤホヤされて」
「余裕がある人間は優しい言葉もかけられるでしょうね」
「私は違う」
「いきなり家はお取り潰し。家族はバラバラ」
「奴隷商の元で“男たちを喜ばせる勉強”という名の虐待」
「そこから何年も経ってミゲルに出会った。必死だった」
「あなたになんて分からないでしょうね」
エリシアは静かに言った。
「……ええ。あなたの苦しみは分からない」
「分かったつもりにもなりたくない」
ミクの眉が僅かに動く。
「でも」
エリシアの声が落ちる。
「あなたの行動で多くの人が苦しんだことは分かっている」
「分かりたくもない?」
「それは……自分が良ければいいという甘えよ」
ミクは吐き捨てる。
「ふんっ」
「殺しなさいよ。突き出しなさいよ」
エリシアは剣に手をかけない。
「殺しません」
「突き出しません」
ミクの目が揺れる。
エリシアは言い切った。
「証言してもらいます」
「そしてやり直してもらいます」
「この国のために」
ミクの唇が震える。
怒りか、戸惑いか、あるいは――。
エリシアはミクの腕を取った。
「一緒に来なさい」
王は視線をエリシアへ向ける。
「エリシア・スタングレー」
広場が息を呑む。
「冤罪であったことをここに認める」
「名誉は回復される」
「旧家の地位も戻す」
ざわめきが歓声へ変わる。
エリシアは深く頭を下げた。
「……ありがたき幸せにございます」
王は続ける。
「この国を正す意思を持つ者として、その責務も果たせ」
それは命令であり、信任だった。
式典後、エリシアは側近へ告げた。
「彼女は証人です」
「そして――私が引き取ります」
側近は王へ目配せし、王は短く頷いた。
「責任を持てるのならば許可する」
その場で奴隷契約は解除された。
ミクは何も言わず立っている。
だが目の奥には、戸惑いと……わずかな安堵があった。
エリシアは彼女を見下ろさない。
同じ高さで、ただ言った。
「逃げ場は与えない」
「でも、終わりにもさせない」
数日後。
エリシアは旧邸の前に立っていた。
門は修繕され、壁は塗り直されている。
庭の奥には――花壇。
母が好きだった花が植えられていた。
風に揺れる。
エリシアの視界が滲む。
ルークが少し照れたように言う。
「名誉回復の記念だ」
「買い戻しておいた」
エリシアの声が震える。
「……どうやって」
「お金はある」
さらりと言う。
エリシアは唇を噛み、ようやく言葉にする。
「……ありがとう」
その夜、屋敷では盛大なパーティーが開かれた。
奪われた地位や領地を取り戻した貴族たちが集まり、笑顔と歓声が溢れる。
音楽が流れ、料理が並び、久しぶりの祝宴だった。
だが、ただの祝いではない。
「これからどう立て直すか」
「民の暮らしをどう守るか」
「同じ過ちは二度と繰り返さぬために」
自然と未来の話へと変わっていく。
奪われた者たちが、今度は守る側になる。
とても有意義な会になった。
エリシアはその中心にいた。
落ち着いた微笑み。
的確な言葉。
周囲を思いやる視線。
ルークは少し離れた場所から眺めながら思う。
――これが本来の彼女の姿なんだな。
戦場に立つ姿も強かったが、
人々を導く姿はそれ以上に美しかった。
ルークは数日間、王都に滞在した。
エリシアの雑務を手伝い、
市場へ買い出しに出かけ、
街を歩き回った。
護衛のはずが、いつの間にかただの散歩になり、
気づけば笑い合っていた。
屋台で食べ歩きし、噴水のそばで休み、夕焼けを並んで眺める。
戦いのない時間。
それは短かったが、確かに幸せだった。
夕暮れ。
屋敷の庭の門の前。
エリシアは何度も言葉を飲み込み、ようやく口を開く。
「……やっぱり、行ってしまうのですね」
ルークは微笑む。
「うん」
「この世界は広い」
「まだ見ていない場所がたくさんある」
エリシアは言葉を探す。
「……一緒に」
喉で止まる。
彼を引き止めれば、その足を止めることになる。
だから言い直す。
「私も、ついて行きます」
ルークはゆっくり首を振った。
「君には君にしかできないことがある」
「この旅でも分かっただろ?」
「苦しんでいる民はたくさんいる」
「少しずつでもいい」
「お腹を空かせた子供がいなくなる世界を作ってほしい」
「そして……失った一年を取り戻してほしい」
エリシアの瞳に涙が溜まる。
「……行ってしまうのですね」
ルークは笑う。
「この世界の広さってのを見て回ってくるよ」
「また会える」
「その時、胸を張って再会しよう」
エリシアは涙を拭き、頷いた。
「……行ってらっしゃい」
ルークは背を向け、歩き出す。
振り返らずに。
エリシアはその背中が見えなくなるまで立っていた。
胸に手を当て、静かに誓う。
――あなたが帰ってくる場所を、必ず守ると。
王都の空に、新しい風が吹いていた。
転生最初の王都 王都編をお読みいただきありがとうございました。評価などリアクションいただけるとまた。創作意欲の糧になりますので是非よろしくお願い致します。




