第22話 没落伯爵と極秘会談、そして襲撃
旧貴族街の外れ。
剥がれた外壁、傾いた門、雑草に覆われた石畳。
かつての栄華が嘘のような場所に、ひときわ大きな屋敷が残っていた。
窓には板が打ち付けられ、屋根の一部は崩れている。
だが護衛が二人、正門に立っていた。
「正面は無理だね」
「ええ。警戒しています」
二人は裏へ回る。
壊れかけの塀に隙間があり、身体を滑り込ませると荒れた裏庭に出た。
枯れた噴水、伸び放題の草。
しかし――足跡がある。
「まだ人はいる」
窓の灯り。
中には老人が机に向かっていた。
背は曲がり、髪は白い。だが目だけが鋭い。
二人が入ると、床が軋む。
「誰だ」
老人の声が飛ぶ。
ルークは両手を上げる。
「敵じゃない」
「ミゲルの名で苦しめられた人を探してる」
沈黙。
老人はゆっくり振り向く。
「……その名を出して無事でいられると思うか」
「思ってない」
「だから裏口から来た」
エリシアがフードを外す。
「私はエリシア・スタングレーです」
老人の目が見開かれた。
「……生きていたのか」
「はい。そして取り戻しに来ました」
老人は低く笑う。
「試させてもらおう」
「君たちは、どこまで知っている?」
ルークが答える。
「製薬工場」
「裏帳簿」
「貴族への裏金」
老人の手が震えた。
「……本物だな」
エリシアが続ける。
「伯爵の領地が奪われた時も、その金が動いていましたね」
老人は目を閉じ、長く息を吐いた。
「ミゲルは化け物だ」
「だが、王はあの男に興味すら持っていない」
「次男など眼中にない存在だ」
「だからこそ厄介なのだ」
「王が見ない場所で、貴族たちを金と恐怖で縛り上げている」
ルークが言う。
「味方になってほしい」
「反乱じゃなく、不正の糾弾として倒す」
老人はしばらく黙り――ゆっくり頷いた。
「協力しよう」
「私だけじゃない。恨みを持つ者はまだいる」
「だが覚悟しろ。ミゲルは必ず動く」
翌夜。
場所は王都外れの古い礼拝堂。
屋根は崩れ、誰も寄りつかない。
今夜だけ影が集まる。
フードを深く被った貴族たち。
護衛は最小限。
沈黙の重さが違った。
元伯爵が切り出す。
「ここは国家転覆の場ではない」
「あくまで、公爵ミゲルの不正を糾弾するための会談だ」
一人が言う。
「王に刃を向けるつもりはない」
「だがミゲルは止めねばならん」
エリシアが前に出る。
「私はエリシア・スタングレーです」
どよめき。
ルークが裏帳簿と輸送記録の写しを示す。
「製薬工場」
「賄賂の流れ」
「民衆を蝕む流通経路」
貴族たちの顔色が変わる。
「……これなら動ける」
「やっと、首に縄をかけられる」
元伯爵が締める。
「我々は反乱軍ではない」
「腐敗を正す同盟だ」
沈黙の後、頷きが連鎖した。
礼拝堂の空気を切り裂くように、微かな風音。
ルークの目が細くなる。
「来る」
次の瞬間、黒い影が落ちた。
狙いはただ一人――エリシア。
刃が閃く。
だが金属音。
ルークの剣がその刃を弾き返す。
刺客が距離を取る前に、ルークが踏み込み――一閃。
影は床に叩きつけられ、動かなくなった。
沈黙。
「……強すぎる」
「この男は何者だ……」
希望の混じった声が漏れる。
ルークは剣を納める。
「これがミゲルのやり方です」
「話し合いの場すら潰しに来る」
「だから時間はありません」
「明後日、式典がある。そこにミゲルが参列するはずだ」
「それまで皆さんは身を潜めてください」
「式典で仕掛けます」
貴族たちの目に火が灯った。
「……やれる」
「逃げ続ける必要はない」
同時刻。
黒装束の兵が整列する。
隊長が命じた。
「目標は二人」
「銀髪の女と、同行している謎の男だ」
「身元不明、だが極めて危険」
「街中を洗え」
「生死は問わん」
兵たちは散る。
市場へ。宿屋へ。裏路地へ。
王都は静かに包囲されていった。




