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第21話 王都潜入と失われた庭

王都の城壁が見えた瞬間、エリシアの足がわずかに止まった。


白い石壁は高く、昼の光を跳ね返して眩しい。

門の前には商人、旅人、荷車が列をなし、兵士が淡々と検分をしている。


かつては見慣れた景色だった。

だが今は――踏み込めば命取りにもなり得る場所。


「……入れるでしょうか」


エリシアの声は小さかった。

自分でも抑えているのが分かるくらい、震えが混じる。


「顔も知られてる。戻ってくるなんて誰も思わないとはいえ……」


ルークは城壁を見上げ、短く息を吐いた。


「目立たなければいける」


「徹底的に、別人になろう」


エリシアは頷き、街道脇の物陰へ入った。


彼女は薬草と煤を混ぜ、頬から顎にかけて火傷の爛れを作る。

皮膚がただれて見えるよう、色と影を丁寧に乗せた。


視線を逸らしたくなるほど痛々しい。


服も、わざと汚す。

埃を擦りつけ、裾を裂き、肩口を破る。

髪も束ねて伏せ、うつむきがちに歩けるように整える。


「……ひどい顔ですね」


「それでいい」


ルークは頷いた。


「君が誰だか分からない」


門に近づく。

兵士の視線が刺さる。


「止まれ」


兵士がルークを見上げ、次にエリシアを見た。


「そいつは何だ」


ルークは淡々と答える。


「俺の奴隷だ」


「王都で使い道がある」


兵士はエリシアを一瞥した。


火傷の跡。

汚れた服。

怯えたように伏せた目。


兵士の興味はすぐに薄れた。


「……さっさと行け」


拍子抜けするほど、あっさり門が開いた。


門をくぐった瞬間、エリシアの肩から力が抜ける。


「……成功ですね」


「誰も、君が従者だとも、王都に戻るとも思わない」


ルークは静かに言った。


「この姿ならなおさらだ」


エリシアは苦笑した。


「屈辱ですけど……助かりました」


王都の街並みは整っていた。


白い建物、均された石畳、行き交う人々の服もスラムとは比べものにならない。

だがエリシアの胸は締め付けられていく。


「……一年ぶり、なのに」


足が止まる。


「もっと……何年も、何十年も離れていたみたいです」


ルークは何も言わない。

ただ隣に立ち、彼女が呼吸を整えるのを待った。


しばらくしてエリシアが小さく言う。


「お願いがあります」


「私の……元の家に行かせてください」


旧貴族街。

以前は花と噴水と瀟洒な門が並んでいたはずの区画。


だが今、エリシアの屋敷は“別物”になっていた。


門の紋章は削られ、塗り替えられ、知らない家の印が掲げられている。

庭にあったはずの花壇はなくなっていた。


母が大切に育てていた花々。

季節ごとに咲き誇っていた場所。


そこには無機質な石畳だけが残っていた。


「……なくなってる」


エリシアの声が震える。


誰かが住み、誰かの家になっている。

自分の居場所は、完全に消されていた。


しばらく黙って立ち尽くし――


エリシアは拳を握る。


「取り戻します」


静かだが、揺るぎない声。


「私の人生も、家も……奪われたもの全部」


「必ず」


ルークは頷いた。


「一緒に取り戻す」


エリシアは目を伏せたまま、短く返事をした。


「……はい」


その夜、安宿の小部屋。


窓の外には見張り火が揺れていた。

ルークは椅子に腰掛け、腕を組む。


「……ミゲルを倒したところで」


「ただの反乱にしか見えないんじゃないか」


「貴族同士の争いに見せられたら、俺たちは逆賊だ」


エリシアは首を振る。


「いいえ。そうはなりません」


「すべての貴族がミゲルを好んでいるわけではありませんでした」


「むしろ……敵の方が多いはずです」


ルークが目を上げる。


エリシアは淡々と続ける。


「まず、ミゲルに数年前領地を奪われた元伯爵がいたはずです」


「その時からよからぬ噂も上がっていました」


「一旦会ってみるのも手かと」


ルークが頷く。


「味方になりそうな相手から当たる、ってことだね」


「はい」


「ミゲルの悪事を民衆に知らしめるのです」


ルークが言う。


「でも、それだけじゃ弱い。相手は公爵だ」


エリシアは少し間を置いて言った。


「……私を最初に陥れた奴隷の女がいました」


「その者も何か知っているはずです。利用しようと思います」


ルークは結論を口にする。


「正面突破じゃない。堀を固めていく」


エリシアが頷く。


「そうです。腐っても公爵。一筋縄にはいきません」


「逆賊となれば国内外から追われる身です」


「慎重に、かつ大胆にいきましょう」


「時間がありません。相手も私たちの動きに敏感になっているはずです」

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