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第20話 闇の匂いと牙

ファンテンの街は活気に満ちていた。


露店が並び、焼き物と香辛料の匂いが混ざり合う。

商人たちの声が飛び交い、人の流れが絶え間なく街路を埋めている。


王都へ向かう街道の要衝――その賑わいは当然に思えた。


だが、その中に混ざる異質な匂いがあった。


甘く、鼻の奥に絡みつく不快な匂い。

花でも酒でもない。金属と薬品が混ざったような臭気。


「……この匂い」


ルークが足を緩める。


「薬品です。しかもかなり濃い」


エリシアも眉を寄せた。


風は街の奥へ流れている。


二人は人混みに紛れながら匂いを追った。


やがて街並みは崩れ、割れた石畳と歪んだ建物が増えていく。


スラム街だった。


崩れた家屋。

地面に座り込む人々。


だが、ただ貧しいだけではない。


虚ろな目。

震える指。

力なくうなだれる姿。


「……中毒症状だ」


「匂いに長く晒されています」


さらに奥へ進むと、不釣り合いな建物が現れた。


古びた石造りの倉庫。


周囲に溶け込むように建っているが、壁だけが妙に厚い。


入口には町人姿の男が二人。


だが腰の剣は正規軍装備だった。


「兵士ですね」


「国軍仕様です」


ルークは倉庫を見つめる。


人の出入りは少ない。

だが警戒だけが濃い。


違和感はある。


だが、まだ何をしているのかすらわかっていない。


「……今は踏み込むのはやめておこう」


「証拠も何もない。ここで騒げば、ただ君を危険に晒すだけだ」


エリシアは頷く。


「まずは街で情報を集めましょう」


二人は平民地区の食堂へ向かった。


昼時で賑わっている。


だが聞こえてくる話は暗い。


「最近この匂い、ひどくなってないか」


「頭痛が止まらん」


「隣の家の奴、倒れたらしい」


「医者も原因がわからんって」


街は静かに蝕まれていた。


食事を終え、裏道へ入った瞬間。


空気が変わる。


行き止まりの先に三人。


背後にも一人。


「囲まれたな」


刃が飛ぶ。


エリシアが身を翻し、ローブが捲れる。


銀髪が露わになる。


暗部の男が目を細めた。


「……まさか、逃亡中のエリシア・スタングレーと会えるとはな」


「これは面白い」


暗部が一斉に襲いかかる。


ルークが前に出る。


剣閃が走り、一瞬で三人が倒れる。


最後の一人が毒を噛もうとする。


ルークが即座に口を押さえ、毒消しを流し込んだ。


男は震える。


ルークが静かに問う。


「エリシアを追ってきたのか」


沈黙。


だが視線が一瞬、スラムの奥へ逸れた。


男は血を吐き崩れた。


遅延毒だった。


ルークは倉庫の方を見る。


「やっぱりあの工場に何かあるみたいだね」


エリシアが息を吐く。


「そうですね。よくないものを隠しています」


二人は裏から倉庫へ回った。


崩れた石壁に違和感。


押すと隠し扉が開く。


同時に強烈な臭気が噴き出した。


甘さと腐臭と薬品が混ざる。


喉が焼ける。


「布を使いましょう」


外套を裂き、口と鼻を覆う。


「何の成分か分からない。吸い込み続ければ危険だ」


地下へ降りる。


匂いは最高潮に濃くなる。


目が痛む。

頭が痺れる。


やがて巨大な地下空間が現れた。


煮え立つ薬液の釜。


舞う粉末。


積み上げられた木箱。


そして鎖に繋がれた人々。


痩せ細り、咳き込みながら働いている。


倒れても無理やり起こされる。


「……奴隷か、人攫いか」


エリシアが目を伏せる。


「どちらにしても壊れるまで労働させられている。この先は想像するだけで気分が悪いです」


ルークは歯を食いしばる。


ここは工場だ。


だが、ただの工場ではない。


街を蝕む害悪な薬を作り続け、

それに伴い働く者にとっては地獄だ。


その瞬間。


天井で金属音。


「来るぞ」


影が降りる。


暗部が襲撃。


同時に警鐘。


「侵入者!!」


重装備の正規兵が雪崩れ込む。


完全包囲。


エリシアの声が低く落ちる。


「……確実に裏には国、もしくは……」


ルークが剣を構える。


「闇が深いな」


「だからこそ、ここで止める」


警鐘が地下に反響する。


重装備の正規兵が盾を並べ、槍を構える。

暗部の刺客たちは梁や通路の影へ散った。


完全包囲。


だがルークは一歩も退かなかった。


「先に突く」


次の瞬間、姿が消える。


暗部のスピード。


――いや、それを超える。


刺客が反応する前に喉元へ剣先が突き立つ。


振り向いた影も、一直線の突きで胸を貫かれ崩れ落ちた。


「……速い」


エリシアの目が見開かれる。


重装兵が盾を押し出す。


ルークは正面から踏み込んだ。


剣が唸る。


盾ごと叩き割り、兵士の身体を吹き飛ばす。


続けざまに斬り伏せる。


息も切れない。


腕も落ちない。


初期とは別次元だった。


暗部の速さに追いつき、

重装兵を力でねじ伏せ、

剣筋はエリシアのように繊細でまっすぐ敵を貫く。


刺客が背後から迫る。


ルークは振り向きもせず突き返した。


心臓を正確に貫く。


ほどなく、地下は静まり返った。


その時、飛び散った刃がエリシアの腕を掠めた。


「っ……」


小さな擦り傷。


ルークが即座に駆け寄り、ポーションを振りかける。


淡い光が広がり、傷が塞がった。


エリシアは微笑む。


「あなた、まだポーションの大切さに気づいてないんですか」


「これがあるから無茶ができるんですよ」


「戦場では命そのものです」


「……確かに」


ルークは苦笑した。


二人は鎖を断ち切り、囚われていた人々を解放する。


涙を流しながら礼を言う者。

崩れ落ちる者。


その後、施設を徹底的に調べた。


裏帳簿。

輸送記録。

貴族名を示す暗号印。


ルークはそれらをすべてアイテムボックスへ収める。


「これで証拠は押さえましたね」


エリシアが頷く。


「裏で糸を引いている者がいます」


そして一瞬ためらい、続けた。


「しかも、99%ミゲルが関係しています」


ルークの目が細くなる。


「やっぱりか」


疑念は完全に確信へ変わった。


ルークは釜へ剣を突き立てた。


薬液が噴き出し、炎が広がる。


木箱が砕かれ、地下工場は崩壊していく。


やがて――


街からあの匂いが消え始めた。


風が澄んでいく。


「これで……しばらくすれば街も人も元に戻るだろう」


エリシアは空を見上げ、静かに言った。


「そうですね。そう願います」


二人は街道へ出た。


遠くに王都への道が続いている。


ここから先は――


エリシアにとっても、この国にとっても、最終決戦の場へ。


ルークは剣を背負い直した。


「行こう」


「はい」


運命は、動き出していた。

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