第二話 旅の始まりは、思ったより騒がしい
町へと続く街道を見つけた頃、ルークは違和感に気づいた。
道の脇に、人が倒れている。
「……?」
近づいてみると、生き倒れだった。
ローブに身を包み、顔は伏せられている。
だが足元に目をやった瞬間、思わず眉をひそめた。
「……ひどいな」
脚には深く裂けた切り傷。
血はすでに乾き、無理に歩こうとした痕が見て取れる。
「大丈夫ですか?」
声をかける。
「……」
返ってきたのは、虫の鳴くような微かな声だけだった。
(このまま放っておいたら……)
一瞬だけ迷い、
それからルークは腰の巾着袋に手を伸ばした。
ログインボーナスで手に入れていた回復アイテム。
ポーション。
(切り傷だし……
一番弱いので十分だな)
栓を抜き、慎重に口元へ流し込む。
次の瞬間――
傷が、消えた。
裂けていた皮膚が塞がり、
血の跡すら残っていない。
「……即効だな」
そう呟いた直後。
「……グー」
はっきりとした音が聞こえた。
「……あ」
ルークは思わず苦笑する。
「体の方は治ったみたいだね。
……お腹、空いてるのかい?」
倒れていた人物は、ゆっくりと身を起こし、
ローブを外した。
現れたのは、
銀色の髪と灰色の瞳を持つ少女だった。
「……助けていただき、ありがとうございます」
深く頭を下げてから、続ける。
「とても高価な癒やし薬を使っていただいたと思いますが……」
「え? あ、いや……」
(高価……?)
ルークは内心で首を傾げる。
「気にしなくていいよ。
切り傷だったし」
少女は一瞬、言葉を詰まらせた。
「……私の名前は、エリシアと申します」
「あ、僕はルーク」
本名を名乗らなかったことに、
後から少しだけ安堵する。
「……もしよかったら」
少し言い淀んでから、口にした。
「町まで一緒に行かないかい?
ここで会ったのも、何かの縁だし」
(……待て、これナンパじゃないか?)
一瞬我に返るが、
エリシアは淡々と答えた。
「そうですね。
私も、この近くにある町へ向かう途中でした」
「……よかった」
二人は並んで歩き出す。
ほどなくして、小さな町が見えてきた。
規模は大きくないが、
宿屋や御飯処、露店が並び、
人の行き来は意外と多い。
「……思ったより賑やかだな」
町に入ってしばらくした頃、
エリシアがふと口を開いた。
「……あの」
「ん?」
「先ほど使っていただいた癒やし薬ですが……
もしかして、ポーションでしたか?」
「え? ああ、うん」
ルークは頷く。
「切り傷だったし、
一番普通のやつだよ」
エリシアの足が、わずかに止まった。
「……やはり」
「どうかした?」
「この町で一般的なのは、
薬師が作る“癒やし薬”です」
「癒やし薬?」
「痛みを和らげ、血を止めるだけのものです。
傷が治るまでには、時間がかかります」
そう言って、静かに続ける。
「傷が一瞬で消えるのは、
神聖魔術だけです」
「……なるほど」
ようやく腑に落ちる。
「ポーションは……
その神聖魔術の力を封じ込めたものです。
とても高価で、簡単には手に入りません」
「……そうなんだ」
ルークは歩きながら考える。
(グランアークじゃ、回復といえばポーション系だ)
一番手に入りやすい通常のポーション。
その上位に、ハイポーション。
さらに希少な、エクストラポーション。
(ランクの違いはあっても、
回復=ポーション、って認識だった)
(この世界では、
癒やし薬が“基礎”で、
ポーションがその上にあるのか)
(回復の仕組み自体は似てるけど、
前提になってる常識が違うな)
町並みは、ゲームで見た世界とよく似ている。
それでも、完全に同じではない。
(……仕様が、少し違う)
そんなことを考えているうちに、
露店の匂いが鼻をくすぐった。
「……お腹、空いてる?」
「……少しだけ」
「じゃあ、何か食べよう。
俺も町の様子を知りたいし」
二人は小さな食事処に入った。
肉の煮込みと焼きパン。
素朴だが、温かい料理。
「……美味しいです」
エリシアの表情が、少し緩む。
食後、会計を頼む。
「二人分で……八ゼニーだ」
「……八?」
思わず聞き返す。
(……安っ)
ソシャゲの感覚とは、まるで違う。
「……思ったより安いですね」
「この町じゃ普通だ」
ルークは八ゼニーをきっちり支払った。
店を出たところで、
エリシアが足を止める。
「……盗賊に、襲われました」
静かな声だった。
「その時に……
所持金をすべて奪われてしまって……」
「……それは災難だったね」
ルークは少し考えてから言う。
「じゃあ、当面の生活費は俺が何とかするよ」
軽い口調。
だが、エリシアは戸惑いを隠せない。
見返りも、条件もない。
その時。
「魔獣だ!」
「ゴブリンの群れだぞ!」
町の端から、騒ぎ声が上がった。
建物の隙間から見えたのは、
異形の魔獣。
「……ゴブリン」
ゲームで何度も見た存在。
だが――
「……全然、違うな」
生々しい。
怖い。
「このままじゃ……
町に被害が出る」
考えるより早く、
体が動いていた。
剣を握り、前に出る。
「……ルーク様?」
背後で呼ばれる声。
だが、足は止まらない。
ログインボーナスだけ受け取っていた男は、
初めて、
現実の戦場へ踏み出した。




