第十九話 静かな前進
公爵邸の奥。
分厚い扉に囲まれた執務室で、ミクは地図を見下ろしていた。
赤い印が、いくつも引かれている。
消えた輸送路。
戻らぬ護衛。
沈黙した情報屋。
どれも偶然ではない。
だが、誰の仕業かは掴めない。
「……次に狙われるとすれば」
指先が地図の一点に止まる。
王都へ続く主要街道。
薬の製造と輸送を兼ねる街――ファンテン。
「必ず、ここを通る」
声は静かだった。
だがそこに迷いはない。
ミクは振り返る。
「暗殺部隊を十名」
「精鋭兵を二十名」
「街へ先行させなさい」
「逃げ場を潰し、確実に仕留めます」
配下が息を呑む。
これまでとは規模が違う。
「失敗は許しません」
ミクの瞳は冷えていた。
「ここで終わらせます」
街を離れてから、二人はほとんど休まず歩き続けた。
街道を避け、森を抜け、丘を越え、また林へ入る。
行く街、行く街で――
エリシアはフードを目深に被り、身を隠していた。
それもあったのだろう。
少なくとも今のところ、
彼女に気づく者はいなかった。
追手の気配もない。
それに、二人は静かに安堵していた。
「エリシアが見つからなかったのは……よかった」
「はい……それだけでも救いです」
張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
日が傾き始めた頃。
ルークは森の中の開けた場所で足を止めた。
「今日はここで休もう」
簡易建築キットを地面に置くと、
木材が組み上がり、小さな家が姿を現す。
「やっぱり何度見ても不思議ですね……」
「慣れないよな」
中は簡素だが、風を防ぎ、安心できる空間だった。
ルークは火を起こし、鍋をかける。
干し肉と野菜を刻み、香草を放り込む。
湯気が立ち、温かな香りが広がった。
「今日は肉も多めだ」
「贅沢ですね」
エリシアが微笑む。
森の中とは思えない、温かい食卓。
追われている身とは思えないほど穏やかだった。
「……こうしてると、旅みたいですね」
「実際、旅なんだけどな」
「逃げてる感じじゃなくて」
二人で小さく笑う。
食事を終え、静かな夜が訪れる。
「次の街がファンテンだ」
「王都へ向かう途中の、最後の大きな街ですね」
「ここを抜ければ、王都はすぐそこだ」
外は虫の音だけが響く。
二人は家の中で横になった。
久しぶりに、安心して目を閉じられる夜だった。
そして――
朝。
淡い光が森を照らす。
二人は静かに支度を整え、再び歩き出した。
王都へ向かって。
嵐が待つとも知らずに。




