第112話 広がる場所と、それぞれの未来
孤児院。
トリビエンの外れ。
少し前まで――
ただの空き地だった場所。
今は違う。
石造りの建物。
その横には、増設された木造の建物。
人の声が響いている。
「……こんなに変わるもんか」
ルークが呟く。
扉の前で足を止める。
中から聞こえてくるのは――
笑い声だけじゃない。
「そこ違う、3と5を足すんやろ!」
「だからそれは掛け算だって!」
“勉強している声”だった。
リーナが少し驚いた顔をする。
「……こんなになってるんだ」
扉を開ける。
「ルーク!!」
一瞬で空気が変わる。
子どもたちが一斉に振り向く。
そして。
駆け出した。
「帰ってきたの!?」
「遅いって!」
「見て!字書けるようになった!」
紙を突き出される。
少し歪んだ文字。
だが――
しっかりと読める。
ルークは目を細めた。
「……すごいな」
頭を軽く撫でる。
子どもが笑う。
「ルークさん!」
奥から声が飛ぶ。
パウロだった。
少し日焼けしている。
だが、顔は充実していた。
「戻られてたんですね!」
「今帰ってきた」
ルークが周囲を見る。
机。
黒板。
ノート。
簡易的だが――
完全に“学びの場”になっていた。
「どうなってる?」
ルークが聞く。
パウロが笑う。
「想像以上です」
「最初は孤児院だけのつもりだったんですが」
「噂が広がって」
一拍。
「平民の子どもたちも来るようになりました」
ルークが少し驚く。
「……外からも?」
「はい」
「親御さんも喜んでます」
「字が読めるようになっただけで」
「仕事の幅が変わるので」
ミカサが小さく頷く。
「そらそうや」
「読み書き計算できるだけで別もんや」
パウロが続ける。
「今は」
「基礎の読み書きと計算」
「それと――」
別の部屋を見る。
「職業別の指導も始めています」
「商人志望、冒険者志望、職人志望」
「それぞれに合わせて」
ルークが少しだけ息を吐く。
(……ここまで来たか)
旅に出る前。
ただ“作っただけ”だった場所。
それが――
ここまで育っている。
庭。
子どもたちが走る。
その中に、外から来た子も混ざっている。
自然に。
当たり前のように。
交わっていた。
(……いい形だな)
ルークは静かに思う。
「問題はあるで」
ミカサが言う。
即座に現実へ引き戻す。
「場所や」
周囲を見る。
「完全に足りてへん」
パウロが苦笑する。
「その通りです」
「もう受け入れきれなくなってきてます」
「簡単や」
ミカサが言う。
「広げればええねん」
あっさり。
だが核心。
「余裕あるとこからは金もろたらええ」
「月謝や」
ルークが少し考える。
「……来るか?」
ミカサが笑う。
「来るに決まっとるやろ」
「こんな場所、見たことないで」
「学校なんてな」
「貴族が行くもんや」
「でもここは違う」
指で子どもたちを示す。
「こいつらの“将来”のために動いとる場所や」
「職業に合わせて教える」
「こんなん、どこにもない」
一歩近づく。
「うちは好きやな」
少しだけ笑う。
「こんなん作ってまうルークはんも」
ルークが少し止まる。
一瞬。
間。
(……今の)
軽く。
だが確かに。
“好意”だった。
ミカサはすぐに視線を外す。
「……まあ」
「うちも似たようなもんやったしな」
ぽつりと呟く。
「勉強なんて、まともにできやんかった」
「そやから――」
子どもたちを見る。
「ほんま羨ましいわ」
そして笑う。
「で、本題や」
一気に商人の顔に戻る。
「国は巻き込まんほうがええ」
ルークが聞く。
「どうして?」
ミカサは即答する。
「動きにくなる」
「口出しされる」
「あれしろ、これするな」
肩をすくめる。
「後ろ盾としては強いけどな」
少しだけ目を細める。
「さっき王さんら見たけど」
「まあ……普通の貴族や」
「最終的には、上から吸い上げる側やろな」
静かな評価だった。
「勘やけどな」
「だから」
「今は自立や」
「支援金でもええ」
「月謝でもええ」
「自分らで回せる形にせなあかん」
ニヤリと笑う。
「そしたらな」
「めちゃくちゃ強い施設になるで」
「よっしゃ」
「増設の準備は任しとき」
「で、金は?」
ルークが即答する。
「ギルド長のヤンに任せてる」
「そこから工面できるはずだ」
ミカサが笑う。
「ほなヤンはんやな」
「会うてくるわ」
その間。
少し離れた場所。
リーナが子どもたちと遊んでいる。
笑っている。
自然に。
楽しそうに。
その姿を。
ルークは見ていた。
(……ああ)
胸が、少しだけ高鳴る。
(やっぱり)
(好きなんだな)
苦笑する。
ゲームの世界だと思っていた頃の自分は、もういない。
ここにあるのは。
守りたいものと。
守りたい人だった。
風が吹く。
孤児院。
子どもたちの声。
学びの場。
未来へ続く場所。
その中心に。
ルークたちは立っていた。




