第108話 片腕とツンデレと、これからの話
朝。
宿の一室。
カーテンの隙間から、やわらかな光が差し込んでいる。
ベッドの上。
ルークは眠っていた。
呼吸は安定している。
昨日、目を覚まし、鎮魂祭にも出た。
だが――
体はまだ完全ではない。
ガチャ。
扉が開く。
リーナが入ってくる。
「……まだ寝てる」
ベッドのそばへ歩く。
ルークを見る。
そこにいる。
ちゃんと、生きている。
(……ほんとに)
一度失いかけた命。
その記憶は、まだ胸の奥に残っている。
でも――
それを表には出さない。
リーナは小さく息を吐く。
「ほら」
肩を軽く叩く。
「いつまで寝てるのよ」
ルークがゆっくり目を開ける。
「……ん」
「朝よ」
体を起こす。
「まだ昼前にもなってないだろ」
「細かいことはいいの」
リーナは少しだけ視線を逸らした。
「……外、行こ」
ルークが軽く首を傾げる。
「街の様子、見に行くのか」
「そう、それ」
少し間を置く。
「……ついでに散歩」
完全に誤魔化しだった。
ルークは静かに頷く。
「わかった」
ベッドから立ち上がる。
足取りはまだ少しぎこちない。
片腕になった体に、まだ慣れていない。
リーナの視線が一瞬だけ左へ向く。
けれど、何も言わない。
「行こ」
先に歩き出す。
ルークもその後ろをついていった。
外。
ブロックンの朝は、すでに動いていた。
瓦礫を運ぶ人。
資材を積む荷車。
修復作業に追われる職人たち。
三分の一が破壊された街。
それでも――
人は止まらない。
「……すごいな」
ルークが呟く。
「なにが?」
「立て直すのが早くない?」
リーナが少しだけ笑う。
「要塞都市だからね」
「こういう時のためにあるの」
「そのために日々訓練もしてるんだよ」
「次の戦いと生活のために」
並んで歩く。
石畳。
補修中の城壁。
ルークの歩き方は、まだ少しだけ不安定だった。
「……無理しないでよ」
「無理はしてないよ」
「してるでしょ」
ルークは少し考えてから答える。
「慣れてないだけだよ」
リーナは立ち止まる。
「……そういう言い方」
「ちょっと嫌」
ルークが振り返る。
リーナは少しだけ眉を寄せていた。
「腕、なくしたのよ」
「簡単に言わないで」
少しの沈黙。
ルークは視線を外さずに言う。
「失ったものは仕方ない」
「でも」
「止まるつもりもない」
リーナは言葉を飲み込む。
悔しさと、納得と。
両方が混ざっていた。
「……ほんと」
「そういうとこ」
また歩き出す。
今度は、ルークの歩幅に合わせて。
市場の近く。
復興用の物資が並び、慌ただしい空気が流れている。
それでも。
パンの匂いがする。
子どもが走る。
街はまだ、生きている。
「昨日より顔色いいね」
「そうかな」
「うん」
「昨日はもっと酷かった」
ルークは少し苦笑した。
「魔力って、なくなるとああなるんだな」
「知らなかったの?」
「知らなかった」
リーナが呆れる。
「ほんと無茶するんだから」
ルークは少しだけ笑う。
その顔を見て。
リーナの胸がまた締め付けられる。
(……ほんとに)
(無事でよかった)
高台。
街を見下ろす場所。
復興の様子がよく見える。
「守れたね」
リーナが言う。
「全部じゃないけど」
ルークが頷く。
「でも、守れたものはある」
風が吹く。
少しの沈黙。
「片腕でも」
ルークが静かに言う。
「戦えると思う」
リーナが横を見る。
「マギアシューター」
「うん」
「すごかった」
ルークは右手を見る。
「剣は無理でも」
「別のやり方がある」
リーナが少し笑う。
「前向きだね」
「そうかな」
「そうだよ」
そして小さく。
「……嫌いじゃない」
「え?」
「なんでもない!」
橋の上。
風が抜ける。
人通りは少ない。
リーナが立ち止まる。
「ねえ」
「ん?」
少し迷う。
けれど――
言う。
「……付き合ってみる?」
言ったあとで固まる。
ルークも一瞬止まる。
沈黙。
そして。
ルークは少しだけ視線を落とした。
「……リーナ」
名前を呼ぶ。
それだけで、空気が変わる。
「こんな俺でいいのかなって思った」
リーナが目を見開く。
ルークはゆっくり言葉を続ける。
「この世界に来て」
「誰かとそういう関係になるなんて」
「正直、考えてなかった」
ルークは心の中で思う。
《ゲームみたいに思ってたところもあった》
《どこかこの世界や人々に対して、俯瞰で見ていた》
《でも違うんだよな》
《俺ももう、この世界に生きる者なんだ》
《日本にいた時の俺とは違う》
《ルークとして、今生きている》
《だから……》
リーナは黙って聞いている。
「でも」
ルークは少しだけ笑う。
「気づいたら、いつも隣にリーナがいた」
静かな言葉。
「今回も」
「倒れた時に浮かんだのは、リーナだった」
リーナの呼吸が止まる。
「寝込んでる時も、手を握ってくれてた」
リーナの耳が赤くなる。
(……え、意識あったの?)
「目を覚ました時も」
「そばにいてくれた」
ルークはまっすぐ見る。
「この世界で」
「一緒にいて安心できるのは、リーナだと思う」
リーナの目が揺れる。
「だから」
少しだけ間を置く。
「リーナから言わせてしまったのは、情けないけど」
ルークは言う。
「俺から言わせてほしい」
風が吹く。
街の音が遠くに聞こえる。
「リーナ」
「これからも、一緒にいてほしい」
まっすぐな言葉。
飾らない。
でも確かな意思。
「この先」
「また危ないこともあると思う」
「それでも」
「隣にいてほしい」
リーナは何も言えなかった。
ただ。
顔が真っ赤になる。
「……ばか」
小さく呟く。
でも――
今度は逃げない。
「……こっちから言ったのに」
「ちゃんと言い直すとか」
「ずるい」
少しだけ笑う。
涙が滲む。
「……いいよ」
「これからも一緒に」
「無茶ばかりするルークを見てなくっちゃ」
そして。
二人の距離が縮まる。
遠くで復興の声が響く。
街はまだ傷ついている。
でも。
前に進んでいる。
ルークとリーナもまた――
前へ進んだ。




