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封じられたギア

湊は机に広げたままの整備記録をぼんやり眺めていた。

どの文字も父・慧の筆跡だ。

何度読んでも、そこに書かれている「最終調整」の意味だけは掴めない。


——R32は、まだ何かを隠している。


そんなことを考えていた夜、家の前に“低いエンジン音”が止まった。

腹の奥に響くような、ただ者ではない車の音。

まるで長野の峠に昔よくいた“本気の走り屋”のそれだった。


インターホンが鳴く。

湊の心臓が跳ねる。


玄関を開けると、革ジャン姿の男が立っていた。

目つきは鋭いけど、どこか影がある。


「お前が湊だよな。

 ……親父さんのR32を継いだって、本当か?」


いきなり核心を突かれ、湊は息を飲んだ。


「…なんで知ってる」


男は一瞬だけ視線を落とし、拳を握った。


「俺は——慧に勝てなかったままなんだ。

 あいつは最後の最後で、まだ速かった」


その名を聞いた瞬間、湊の胸は熱くなった。

父の話題を避けて生きてきたはずなのに、

たった一言で、忘れていた痛みが全部戻ってくる。


「名前、教えてくれる?」


湊が絞り出すように尋ねると、男は静かに答えた。


「城ヶ崎 蓮。

 “あの夜”、親父さんと並んで走った最後の一人だ」


蓮——その名前は峠界隈の古い掲示板で一度見たことがある。

“影みたいに静かで速い走り屋”。

でも実在するとは思わなかった。


蓮は湊の目を見つめ、続けた。


「近いうちに、お前にも“招待”が来る。

 慧のR32を継いだなら、逃げられない夜だ」


それだけ言って、蓮は暗闇に溶けるように去っていった。


残ったのは静寂だけ。

でも湊の胸は騒がしくて仕方がなかった。


——父は、生きていた時、何を抱えて走っていたんだ…?

——蓮の言う“招待”って何だ…?


気づいたら、湊はR32の鍵を強く握りしめていた。


***


翌日の夕方。

蓮の言葉が頭から離れないまま、湊はR32の助手席を漁っていた。

そこで見つけた古い工具箱。

錆びてるくせに、妙に“触るのが怖い”重さがあった。


開けると、中には数枚のメモと、黒く油じみた小さな金属パーツ。


メモには父の字で、こう書かれていた。


——“湊が必要になったら開けること”

——“最終ギアの封印について”


息が止まりそうになる。


封印? ギアの…封印?

そんな言葉、普通の整備じゃ聞かない。


湊はメモを読み進めた。


——“制御の難しさから、普段は封じてある”

——“もし蓮が現れたら、そろそろ解く時期だ”


湊の指先が震えた。


父は、蓮の登場を予想していた…?

そして——湊がこの車で向き合う“何か”も。


そのとき、ガラケーが震えた。

画面には、知らない番号のショートメッセージ。


【夜、峠に来い。

 慧のR32を継いだのなら、確かめることがある】


まるで、父の影そのものが呼んでいるみたいだった。

湊はゆっくりとメモを閉じ、工具箱を抱きしめた。


——父さん。

 俺、行くよ。


R32の封じられたギアが、微かに光った気がした。


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