残念エルフ
悠記「う……うぅ…ん……あれ?ここは…?」
目が覚めると、俺は明るい部屋の大きな丸いベッドの上にいた。
悠記「俺って…どうなったんだっけ…?
たしかまたモンスターに襲われて…空高く飛んで…
落ちて……ってことは俺…助かったのか…?
はぁ〜よかったぁぁ……。」
かなりの高さから落下したにも関わらず、不思議なことに俺の体には傷は愚か、痛みすらまったくなかった。
俺は改めて己の身の安全を確認しようとベッドから起き上がろうとしたが、そのベッドは体全体が包み込まれそうなほどフカフカで低反発だった。
まるで寝具ちゃんのようだ。
あ、そうだ!
悠記「寝具ちゃん…?寝具ちゃん…?どこに行ったんだ…?」
俺は寝具ちゃんを呼びながら辺りを見回したが、この部屋にいるのは俺だけだった。
いや、まさかな。
上空にいた俺が無事で、地上にいた寝具ちゃんが無事じゃないなんてことはあり得ない。
でもこの落ち着かない感じはなんだろう。
俺がこの世界に来てから寝具ちゃんはずっと俺の隣にいた。
この未知の世界で、知らず知らずのうちに寝具ちゃんの存在が俺に安心感を与えてくれていたんだな。
あの子がいないだけで、こんなにも不安を掻き立てられるとは。
ていうか…あれ…?
あの高さから落ちて無事ってことは、何かクッション的なものがあったってことだよな…?
ぇ……もしかして俺…寝具ちゃんの上に……。
嫌な想像が俺の頭の中を駆け巡る。
居ても立ってもいられなくなった俺は、なんとかベッドから抜け出し寝具ちゃんを探しにいくことにした。
しかし、久しぶりに立ったからか、一歩踏み出そうとした瞬間、足がガクンッとなって俺は床に手をついてしまった。
するとその時、部屋に一つだけあった扉が横向きに開き、一人の人物が部屋に入ってきた。
??「ア エルナ サ メルフィ ナレン ソリ アリュネ?」
悠記「え……?」
部屋に入ってきたその人を見て俺は唖然とした。
果たして人と呼んでいいのか。寝具ちゃんと同じような雰囲気の言葉を話しているみたいだから、一応人ではあるのだろうか。
とにかくその人は寝具ちゃんではなかった。
そしてその人はおそらく全身が紫色をしていた。
いや、ラベンダー色と言うべきか。チューイングキャンディみたいな淡い紫色だった。
俺が驚いたのはそれだけではない。
その人には髪の毛がなかった。
代わりに頭から2本の長い触覚が生えており、その人の動きに合わせてクネクネしていた。
正直、気味が悪かった。まるで宇宙人みたいだ。
近未来っぽいシルバーを基調とした服が、よりそう感じさせたのかもしれない。
悠記「あの…あなたは誰なんですか…?」
言葉が通じないのはわかっていたが、俺は反射的にシンプルな質問を投げかけた。
敵か味方かわからない彼の出方を伺う意図も、無意識にあったのかもしれない。
⸻
すると、さっきまで口角を上げてリスのような一本の大きな前歯を見せていたその紫の人は、口をへの字にして俺に近づいてきた。
俺は一瞬身構えたが、やはり彼も謎の言語を話す俺のことが珍しいのだろう。
首を傾げながら俺の顔を眺めていた。
御歌ちゃんの異世界トークにはこんな特徴の人はいなかったはずだが、この異世界に存在する種族の一つなのだろうか。
そういえば寝具ちゃんは肌の色こそ俺と同じ肌色だったが、フードを脱いだら寝具ちゃんもこんな感じなのかな。
だとしたらなんか解釈違いだわ……萎えるな…。
それと紫の人が俺に近づいてきて、もう一つ気づいたことがある。
彼は耳が尖っている。
あれ、これもしかして“エルフ”ってやつでは?
異世界の住人の代表格!
本物か…?本物のエルフなのか…!?
エルフは排他的なイメージがあったけど、この紫エルフはアメリカの子供用アニメのキャラクターみたいに陽気でひょうきんな雰囲気がある。
この部屋に入ってきた時も口角を上げてニッコリしてたしな。
ひょっとしたら俺のことを助けてくれたのもこの人なのかもしれないなぁ。
あ、だとしたら…!
悠記「あの…!寝具ちゃんは…!」
寝具ちゃんの安否が心配すぎて、ついまた無駄にコミュニケーションを試みてしまった。
しかし、俺の声を改めて聞いた紫エルフはハッとして、すぐさま腕につけていた腕時計のような装置をイジり始めた。すると、ほんの数秒でその装置から突如青っぽい光と共にスマホより少し大きめの機械のようなものが現れた。
怒涛のように押し寄せる異世界感に俺は開いた口が塞がらなかったが、紫エルフはその機械を軽くイジったあと
「エス リオ サ ケルナ ナレン?」
と訳のわからないことを言いながら、その画面を俺に見せてきた。
俺が画面を見ると、そこには
「この文字が読めますか?」
と日本語で書かれていた。
悠記「えっ……」
⸻
言葉の通じなかった異世界の住人から突如日本語のメッセージを受け取った俺は、目を大きく見開き瞬時に紫エルフを見た。
彼の扱う機械になぜ日本語が表示されたのか、彼は日本語を知っているのか。
そんな具体的な疑問を頭の中で形成する余裕は俺にはなかった。
とにかくこの驚くべき状況に、ただただ「なんで!?」というシンプルかつ大きな疑問だけが俺の頭の中を支配しており、画面に表示された質問を完全に無視して、俺は紫エルフを見てしまった。
しかし紫エルフは、そんな驚きに満ちた俺の顔を見るや否や得意げにニヤリと笑い
「ナリエ ソルン メルタ」
と一言残して部屋から出ていった。
⸻
よかった。これ以上連続で突拍子もない事象が起こったら、俺はきっとどうにかなっていただろう。
それにしても思いもよらぬ奇跡が起きた。
ここが御歌ちゃんが行った異世界だとわかってから、何かしらここの人たちとコミュニケーションをとる手段があるはずだと信じてきたが、もしあの紫エルフに日本語が通じるとしたら
間接的に寝具ちゃんとも話すことができるだろう。
でも寝具ちゃんの安否はまだ……。
なんとしてもあの紫エルフから聞き出さなければ。
いやーでもまさかエルフがあんな残念な見た目だったとはな。
残念エルフだな。
名前がわかるまで残念エルフって呼ぼう。
⸻
数分後、例の残念エルフが再び部屋に入ってきた。
⸻
残念エルフ「お待たせしました!これで僕の言葉がわかるのではないですか?」
悠記「うわぁ!なんで!?わかる!わかります!」
残念エルフ「よかったです!耳慣れない言語でしたが、対応していました!こちらどうぞ!」
そう言うと残念エルフは戸惑う俺をよそに、何かを差し出してきた。
表面がシリコンっぽい素材でできているが、ずっしり重みがある、これも何かの機械だろうか?
でも白くて丸いシンプルなデザインに可愛い顔がついたキャラクターっぽい見た目をしている。歯医者のポスターに描かれている歯のキャラクターみたいな単調なデザインだ。
悠記「なんだこれ…人形…?」
残念エルフ「いえ、簡単に言うと翻訳機です。
あなたの側で浮かせておくことで、その翻訳機が拾った翻訳可能な音声は全てあなたの使っている言語に翻訳されます。
反対にあなたが話した言葉は、その翻訳機を介して僕たちの使っている言語で僕たちの耳に届きます。
はい、今自動追従機能の対象をあなたに設定したので、その翻訳機が壊れない限りあなたは私たちの言葉がわかりますよ。」
⸻
残念エルフはさっきの画面付きの機械をイジりながら説明してくれた。
おそらくその機械で自動追従機能というものを設定してくれたのだろう。
最後に残念エルフがパソコンのエンターキーを押すようにタンッと画面をタップすると、翻訳機はフワリと浮かび上がり俺の肩の上辺りで静かに浮遊し続けている。
悠記「うわぁ!浮いた!なんでぇ!?」
残念エルフ「“ソナィウウィトラント”という重力を無視する鉱石があるんですよ。
その鉱石を専用の装置と組み合わせて重力のかかり方を制御できるようにしています。」
悠記「えぇ…なにその技術……」
これすごくないか?
この翻訳機が近くにいるだけで、相手の言葉も俺の言葉も全部一瞬で翻訳して会話を可能にしてくれるそうだ。
しかも浮いたまま自動で俺に着いてくる!
しかもしかも、誰かが喋ると――つまりこの翻訳機が翻訳を行う時、通常はマドラーの先端ぐらいしかない口のような部分が大きく開く可愛らしいギミックもあるときた!
そうそう!こういうことだよな!異世界って!
こんなすごい技術があるなんて…!
でも、俺とコミュニケーションがとれないとアイツ自身も困るのはわかるけど、こんな軽々とアメをもらうみたいなノリでもらっちゃっていいのか?たとえ異世界でもこれはそれなりに価値のある技術のはずだ。
まぁ、ここで突き返したら100%後悔するだろうからありがたくもらうけど。いやこれは本当に感謝だな。
残念エルフなんて呼んだことを謝らせてほしい、申し訳ないっ!
⸻
悠記「いや、なんていうか…信じられないことだらけで頭が整理できてないんだけど…とりあえずありがとう。
この翻訳機もだし、俺を助けてくれたのも君なんだろ…?」
残念エルフ「いえ、気にしないでください!
外が騒がしかったので出てみたら、ちょうどあなたが落ちてきていたので…。
あなたを受け止めたのも“ソナィウウィトラント鉱石”を使った操縦できるクッションなんですよ。」
悠記「そうなのか…まったく様様だな…ソナ…ソナ………。」
残念エルフ「ソナィウウィトラント鉱石。」
悠記「そう、それ。」
⸻
悠記「あ、そうだ。まだ名乗ってなかったな。俺は淡井悠記。君の名前は?」
残念エルフ「あぁ、確かにそうでした!僕の名前は“オイスト”です!悠記さん、よろしくお願いします!」
悠記「オイストか…よろしく!
………なんか…嬉しいな…。この世界に来て初めて自己紹介ができたよ……は!そうだ!それどころじゃないんだよ!オイスト!
俺を助けてくれた時、近くにもう一人フードを被った女の子がいなかったか!?」
オイスト「あぁ、アリュゼルンさんなら今料理を作ってくれていますよ!」
悠記「………………無事ってことか…?」
オイスト「はい、悠記さんの体を洗ってくれたのもアリュゼルンさんですよ。」
悠記「……あ…言われてみればめっちゃさっぱりしてる……ってえ!?ぇ…え!?え!?え!?ぇ…え!?え!?え!?え!?」
⸻
なに俺…知らない間に寝具ちゃんに裸見られてたの!?嘘だろ!?恥ずかしいぃ!!
仮に穴があって入ったとしてもどうにもならない程の羞恥心だこれー!!
こんな精神ダメージ受けるくらいなら落下ダメージの方がマシだわ!!
ふぅー落ち着け、せっかく翻訳機能をゲットしたんだから聞きたいことを聞かないと…!
⸻
悠記「ていうかオイスト、今アリュ…なんて言った…?」
オイスト「アリュゼルンさんです。落ちてくる悠記さんを見て取り乱していた女性ですよね?
本人がそう名乗っていましたが違いましたか?」
悠記「いや、オイストと同じだよ。今まで言葉がわからなかったから聞けなかったんだ。」
オイスト「なるほど!そうでしたね!意思疎通が一切できないとなると、ここまでの旅路も相当苦労されたでしょう。」
悠記「あぁ、どうなることかと思ったけど、オイストがこの翻訳機をくれたからやっとあの子とまともに話せるよ。」
オイスト「お役に立ててよかったです!厨房に案内してから1時間ぐらい経つので、もうそろそろ来るはずですよ!」
⸻
オイストとの会話にも慣れてきたその時、再び部屋の扉が開き――
中へ入ってきたのは、見たことのない人物だった。
最後まで読んでくれてありがとうございました!
残念エルフことオイストはスレンダー体型です。あと本編にない特徴で言うとタレ目です。




