これって聖地巡礼!?
夜の闇に支配されそうな森の中、突如俺たちを群れで囲い込んできたそいつらは、二足歩行のオオカミのような見た目をしていた。
二足歩行に鋭い爪のついた短い手。それに、琥珀色の鋭い目。
実は俺はこの特徴をよく知っていた。
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悠記「御歌ちゃんが一番最初に戦った相手って、誰なの?」
御歌「一番最初か〜、あ! そうそう、あれだ! ルミアサエルヴァハルンだ!」
悠記「………………なに?」
御歌「ルミアサエルヴァハルンだよ! 二本足のオオカミみたいなやつなんだけどね、光にめっちゃ過敏で、夜になると光を頼りに狩りするの!
手は短い代わりに鋭い爪がついてて、噛みついた相手にさらに致命傷を負わせるために使われるの!
目は普段は綺麗な琥珀色をしてるんだけど、強い光を受けると赤色に光るよ! あの目はちょっと怖かったかな〜」
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そう、あれは御歌ちゃんが復帰してから初めてのオンラインベジグリ。
その第4部で御歌ちゃんが話してくれたモンスターの特徴に酷似しているのだ。
――まただ。
あのトサカ野郎のときと同じ。
でももしも、アイツらが御歌ちゃんの言っていたルミアサエルヴァハルンであるとするならば、今アイツらに囲まれている一番の原因は……俺のスマホだ。
アイツらは、俺のスマホの光を見つけて獲物として認識したのだろう。
なんてこった。
少し前までこのスマホの光は、闇に染まりゆく森を照らす希望の光だったのに。
あっという間に、絶望の灯火に様変わりというわけか。
いや、アイツらが光に反応して俺たちを認識したというなら、今すぐこの光を消してやればいいんじゃないか?
――うーん、でも正直うまくいく保証はない。
第一、スマホの光を消せば足元もほぼ見えなくなるから、俺たちもケガをする危険がある。
それに、アイツらがどれくらい光に頼って狩りをしているかもわからない。
スマホの光を消しても、動く物音で簡単にバレるかもしれない。
ここは慎重にならなければ。
選択の一つ一つが命に関わる。
しかし、ここまで追い詰められているとなると、もうスマホの光は消すほかないだろう。
スマホの光を消して思いきりまっすぐ走り抜ける。
これが、俺たちがこの場を切り抜ける最善だと思った。
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言葉は通じないが、せめてこの覚悟だけでも伝わればと思い、俺はゆっくり寝具ちゃんの方を見た。
やはり不安そうに固まっていた寝具ちゃんだったが、そのとき俺は彼女の手に何かが握られているのを見つけた。
――それは、俺がリュックに入れていたペンライトだった。
アポノの公式グッズで、アポノカラーの赤とメンバーカラーの5色に切り替えができるライブの必須アイテム。
おそらく俺がスマホを取り出したとき、物珍しくて手に取っていたのだろう。
存在を忘れていたが、寝具ちゃんのおかげで気づくことができた。
ルミアサエルヴァハルンについては不確定要素も多いが――これは使えるかもしれない。
俺はいつアイツらが飛びかかってきてもいいように警戒しながら、ゆっくり寝具ちゃんの手からペンライトを取ると、静かに灯をともした。
するとペンライトは紫に光った。
御歌ちゃんのメンバーカラーだ。
御歌ちゃんの尊敬するアイドルのメンバーカラーが紫だから、同じ紫にしたそうだ。
アポノ4周年記念ライブ限定デザインのペンライトだったが、背に腹は代えられない。
俺がそのままスマホの光を消すと、辺りは再び闇に包まれ、俺のペンライトの紫色だけが小さく光っていた。
俺は深く呼吸をした後、強く握りしめていたペンライトを思いきり後ろに向かって投げた。
ペンライトは低い放物線を描きながら、勢いよく回転し飛んでいった。
その瞬間、ルミアサエルヴァハルンの群れは、まるで合図を待っていたかのように激しく吠えながらペンライトの光を追いかけた。
俺は作戦の成功に満足する暇もなく、寝具ちゃんの手を取り、一心不乱にペンライトとは真逆の方向に走り出した。
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足元も進む先もほとんど見えない森の中を、俺は何も気にせず夢中で駆け抜けていた。
とにかくアイツらを遠ざけよう――そのことしか考えていなかった。
背後からは、ペンライトを追ったのに俺たちを見つけられず混乱しているであろうアイツらの、威勢だけはある鳴き声がずっと響いていた。
どうやら次第にアイツらのやかましい鳴き声は遠のいているようだったが、落ち着いたら落ち着いたで、今度はどこまで走ればいいのか、また追いつかれるのではないか、何かにつまずいて転んでしまうのではないか……と、様々な不安が脳裏をよぎった。
しかし、そんな俺の抱えた不安の数々は案外すぐに解消された。
先が少し明るかったのだ。
おそらく月明かりだろう。
森の出口なのか、そうでなくてもとにかくこの先に木々の生い茂っていない開けた空間があることの証明だった。
もちろんルミアサエルヴァハルンの脅威から解放されたわけではない。
ヤツらはまだ近くにいるだろう。
それでも、あの微かな明かりの下に辿り着けば何かがある――そんな気がした。
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休むことなくおそらく700メートルほどを死に物狂いで走り続けた俺と寝具ちゃんは、ついに月明かりの下に飛び出した。
この場所を無意識にゴールに設定していた俺は、木々の間から飛び出した瞬間、思わず倒れ込んだ。
手を繋いでいた寝具ちゃんもそれに釣られて倒れてしまった。
走っている間はそんな余裕はなかったが、俺はそのときようやく寝具ちゃんの様子を確認することができた。
相変わらず夜の闇とフードで表情はあまりわからないが、息を切らしているだけで痛みに苦しんでいる様子はない。
――とりあえず無事そうだ。
彼女にはかなり無理をさせてしまったが、こうして二人とも何事もない状態であのピンチを乗り越えられたと思うと、なんだか安心して、ホッとため息が出ると同時に微かに笑みが溢れた。
そんな俺の顔を見て、寝具ちゃんの口元も微かに笑っているような気がした。
俺は一息ついて立ち上がると、体いっぱいに月光を浴び喜びを噛み締めた。
――が、その瞬間。
俺の中のとある説が確信に変わった。
なんと、月がピンク色だったのだ。
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ピンク色の月といえば、俺の頭に浮かんでくるのはもうあの女の子の顔だけだった。
そう、帝攻略本の著者でもあるアイドル――帝御歌ちゃんだ。
しかもピンク色の月というのは、おそらく御歌ちゃんが異世界の話をするとき、一番最初に話した内容だったはず。
復帰後初の配信で、メンバーの四鼓律ちゃんに「異世界ってどんなだった?」と聞かれて、御歌ちゃんが一番に話していたのが、この月の話だった。
だから俺もよく覚えていた。
つまりこれは、帝攻略本の1ページ目の内容なのだ。
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「俺、マジで来ちゃったんだ……御歌ちゃんの行ってた異世界に……」
もちろん御歌ちゃんのことは信じていたが、実際に自分の目で確認したとなると、やはり驚いてしまう。
「待てよ……これってもしかして……聖地巡礼ってやつじゃないか!?」
今までアポノが番組などで訪れた店や施設、御歌ちゃんの地元などには行ったことがあったが、今回の聖地巡礼は今までのとは一味も二味も違う。
推しが行った“異世界”に聖地巡礼しているのだ。
でもそれなら、今までの死線も潜り抜けてきた甲斐があったってもんだ。
おそらくこの超特別な聖地巡礼が叶っているのは俺だけなのではないか?
――いや、俺だけなのか? 頼む、俺だけであってくれ!
興奮気味の俺を、寝具ちゃんが口を半開きにしてじっと見つめているのが見えたが、俺はこの昂る気持ちを抑えることはできなかった。
「帝攻略本で想像するしかできなかった世界が、今俺の目の前に……! すげぇ! マジですげぇ!」
こうなったらもう帰るのは一旦後だ。
御歌ちゃんが歩いたこの世界を、一ファンとして満喫させてもらう。
「まったく、とんでもねぇ推し活だな。」
そのとき、俺たちが出てきた森の方から、微かに嫌な遠吠えが聞こえてきた。
「やべっ!」
俺と寝具ちゃんは慌ててその場を離れ、目の前に広がる平原を進んでいった。
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時を同じくして、悠記と寝具がいる平原から遥か遠く離れた地に、巨大で荘厳な城があった。
その城の一室に、二人の人物の影があった。
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??①「ソルズォルン、やはりルナミオレンの申し子の予言通りだったようだ。我が子がギリギリのところで“冒険の扉”を妨害したと言っていた。」
??②「ヴェラサリオスか。で、例のセルア人はどうした? 捕らえたか? 殺したか?」
??①「それが、少々厄介な場所に転移したようだ。今、テックテックキルスの領土内にいる。」
??②「テックテックキルスだと? なるほどな。いきなり運を味方につけるとは……クアトライトのやつも案外真剣に人選したのかもしれんな。」
??①「一応うちの隠密部隊を刺客として向かわせたが、ヤツとやり合うには覚悟がいるからな。」
??②「まぁ、様子を見てみようではないか。セルア人の実力もまだ未知数だ。それに、テックテックキルスの連中に狩られる可能性もあるからな。」
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