寝具ちゃん
どれくらい歩いただろうか。
俺たちは周囲に警戒しながら、木々が鬱蒼と生い茂る森の中を
目指す場所もなくただひたすら歩いていた。
気づけば木々の隙間から見える空は、少し薄暗くなっているような気がした。
それにしても改めて考えると、なんて日だろう。
昼間までは日本で推しの帝さんと“おんかおんか”して、夢のような時間を過ごしていたというのに。
今は土と返り血に塗れた薄汚い身なりで、見知らぬ女の子と見知らぬ土地の森の中を彷徨っている。
俺はいったい、これからどうすればいいのだろうか。
⸻
でも、先ほど死線を潜り抜けたことで、俺の中で“これがテレビ番組のドッキリだ”という説は完全に潰えた。
あれがテレビだったらマジで倫理観終わってる。
そして代わりに濃厚になったのが――本当に御歌ちゃんの言ってた“異世界に来ちゃった説”だ。
あのトサカ野郎にはいろんな意味で驚かされた。
でも仮にそういう世界があったとしても
それなら俺が選ばれた意味がイマイチわからない。
特殊能力もなければ、勇者みたいな称号もない。
そんなやつ連れてきても異世界側からしたらメリットないだろ。
いや、でもそれについて考えるのは今じゃない。
とりあえず日本に戻る方法を見つける。そのためには、この森を抜けて何か町や人を見つけなければならないのかもしれない。
あー、でもコミュニケーションがとれないのか。
この女の子とも、普通ならロマンスが生まれてもおかしくないぐらいの経験を共にしたというのに、未だに名前すら知らない。
そういえばこの子、この土地に詳しくないのだろうか?
俺がこっちに来て初めて出会った人物だからな。
でも出会った時から今までの不安そうな態度を見るに、おそらくこの子にとってもここは未知の土地なのだろう。
そもそもこの子も俺と同じで、あの扉を通ってここに来てしまった可能性もある。
世界各地から同時に複数の人々を連れてきて――みたいな。
だとしたらこれって、デスゲームってやつじゃないか?
確かにそれなら、さっきの命からがらイベントにも納得がいく。
まあデスゲーム自体が漫画や映画でしか見たことないから、やっぱり非現実的なのは否めないが……。
今のところ、これが一番納得のいく説だ。
あれ?デスゲームとか生存率めっちゃ低くないか?
実感湧かないけど俺本当にここで死んでしまうんじゃないか。
嫌だ!アポノと、御歌ちゃんと出会ってからは幸せな日常を送っていたのに!
でもこれがデスゲームなら、ゲームマスターなる者がいるはずだよな。
死と隣り合わせの俺たちの様子は、今までずっと監視されてたってことだ。
世界中の富豪たちが豪華なソファに座ってワイン片手に、ニチャニチャ笑いながら俺たちを見てるんだろうな。
そう考えるとムカついてきた。
今この森を彷徨ってるのも、全部アイツらの思惑通りの可能性もあるってことだ。
⸻
思惑といえば、この子。
さっきから黙って俺に着いてきてくれるけど……大丈夫かな。
俺がどの道を選んでも何も言わないし、ここまで休みなしで歩き続けたけど、泣き言ひとつ言わない。
まあ泣き言言われても理解できないけど。
きっとかなりのストレスを抱えているはずなのに、全然反発してこないのは
そんな元気もないからなのか、それともどうすればいいかわからないから
せめて独りにならないよう着いてきているのか。
何はともあれ、この子と一緒にいたいのは俺も同じだ。
こんな途方に暮れた状況で、この子と衝突するのは絶対避けたい。
その点彼女の低反発具合はとても助かる。
まるでいい寝具だな。
あ、そうだ。
この子のことは一旦「寝具ちゃん」と呼ぶことにしよう。
自分の中でニックネームがあった方が、愛着も湧くからな。
いつか本当の名前がわかればいいが……。
⸻
いよいよ森の中が本格的に暗くなり始めた。
日没が近いのだろう。
だがこのまま森の中で夜を迎えるのは相当危険だ。
例のトサカ野郎に寝込みを襲われでもしたら、今度こそ助からない。
でもこのままだと、直に足元も見えなくなる。
そうなるとトサカ野郎とか関係なく危険だ。
小屋などは無理でも、せめて一晩落ち着ける場所を見つけなければ。
水場もあれば嬉しいけどな。体もだけど、眼鏡を洗いたいんだよな。
はぁ……リュックも背負いっぱなしで疲れたし……。
あれ? そうだ。
俺、リュック持ってたんだ。
じゃあベジグリに持っていってたものも、すべてこっちに持ってきてるってことか!
ということは中に、俺のスマホが入っているはず――。
⸻
「あった!」
トサカ野郎にリュックを噛まれたが、幸いスマホは無傷だった。
スマホのライトを使えば、多少は周囲が見えやすくなるだろう。
明るくなった画面を見ると、時間は“3時”。
……そんなわけない。おそらく狂ってしまったのだろう。
それと、ロック画面にはもう一つおかしなことがあった。
「あれ? これ、使える……?」
スマホはなぜか電波が入っていた。
いや、これはどう捉えればいいのだろう。
いいことなのは間違いない。
だが、現在俺の中で濃厚だった異世界説とデスゲーム説、両方が破綻してしまう気がした。
まず異世界でスマホは使えない。御歌ちゃんも連絡手段がなかったと言っていた。
それにそもそもデスゲームなら、私物のスマホなんて回収されるはずじゃないか?
いやいや、そんなことは後だ。
⸻
「今はこの幸運を最大限に活かさないと……! って、あれ……?」
俺の希望は簡単に打ち砕かれた。
電波はあるが、なぜか電話ができなかったのだ。
メールも同様に送ることができない。
「くそっ! どうなってんだよ!
そうだ! 地図は!?」
ダメだ。認識してもらえない。
地形のない真っ白な場所に、俺のアイコンがポツンとあるだけだった。
完全にぬか喜びだった。
こうしている間にも、完全な暗闇が刻一刻と迫っているというのに。
まあいい。新たに芽生えた希望が消え失せただけのことだ。
本来意図していたライトとしてなら、問題なく使える。
俺は自分の足元をスマホで照らし、改めて進もうと寝具ちゃんの方を見る。
すると寝具ちゃんはスマホに顔を近づけ、じっと見つめていた。
フードのせいで表情まではわからないが、珍しいのだろうか。
うーん、スマホが珍しいか。ここがどこなのか、考察が捗るなまったく。
⸻
愛らしい寝具ちゃんに少し緊張の糸が緩んだ俺だったが、
突如感じた違和感によって、その糸は再びピンと張り詰めた。
周囲から――複数の視線を感じる。
俺は足元を照らしていたスマホの光を、ゆっくりと遠くに向けた。
すると、光をキラリと反射させた赤く鋭い目が見えた。
俺は焦って光を別の方向に向けたが、そこにも同じ目。
それで済めば、まだマシだったのかもしれない。
すぐさま四方八方に光を向けてみたが、無数の鋭い目が
真っ暗闇を間近に控えた森の中に佇む光源を取り囲み
一斉に襲いかかるであろう瞬間を窺っているようだった。
ヤツらは隠れることをやめ、木々や茂みの陰から姿を現すと
さらにお互いの隙間を埋めながら、俺たちにじわじわと近寄ってくる。
完全に、俺たちの退路を封鎖しているようだ。
「あれ……こいつらって、もしかして……」
絵に描いたような絶体絶命。
しかしヤツらの姿が完全に見えたとき、俺の中で――微かに希望の光が見えた気がした。
最後まで読んでくれてありがとうございます!
女の子のニックネームは本名よりも先に考えて気に入っていたので書けてよかったです笑
次回「これって聖地巡礼!?」
よろしくお願いします!




