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推しが行った異世界に聖地巡礼  作者: げんげん


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3/5

帝攻略本ッ!!!!

[前回のあらすじ]

人気アイドルグループ「Apollo Notes」のイベント会場にて謎の扉に誘われ、突如見知らぬ土地に飛ばされた主人公「淡井悠記」。悠記はそこでフードを被った言葉の通じない女の子と出会う。なんとかコミュニケーションを試みていた悠記だったが、女の子は悠記に対して突然剣を構えたのだった。

意味のわからないことの連続だったが、明確に命の危険を感じることがなかったからか、今まで俺は妙に落ち着いていた。

――が、突如自分自身に向けられた一本の剣にひどく動揺したのか、俺は思わず尻もちをついてしまった。


 


これはドッキリじゃなかったのか!?

いや、ドッキリ以外では説明がつかない!

さっき心の中でテレビの悪口言ってたのが製作陣に聞こえてたのか?

なんでもいいけど、この女の子はどういうつもりなんだ?


くそっ、清楚系だと思ってたのに……。

御歌ちゃんにベジグリで褒められて以来、毎日筋トレをしているとはいえ、剣に対抗できるほど俺は護身術の心得がない。

ならばここは逃げるに限るっ!


 


俺はすぐさま立ち上がり、後ろに見える森に向かってまっすぐ走り出した。

ほんの少しの間浮いていたからだろうか、体が軽い気がする。とても走りやすい。


とにかく森の中に入れば身を隠せる。

あそこまで全力で走ろう。


そう思いながら後ろを向いたときだった。


 


女の子は俺を追ってきていなかった。

むしろ剣を握っていた手も下ろし、その場に突っ立っていた。


え、来ないの……?


拍子抜けすぎて俺も次第に減速し、立ち止まってしまった。


 


ついさっき見知らぬ老人と見つめ合ったばかりなのに、あれから間もなく今度は見知らぬ生娘と見つめ合っている。

いや、生娘かどうかは知らないが。


こうなってしまうと、あのときと一緒でどうやってこの状況を脱すればいいのかわからない。

実は相手には敵意がなかったのに、ビビって俺だけ全力で走り出したのも今になると恥ずかしい。


しかも、さっきのコスプレ老人ならまだしもこの女の子に関しては言葉も通じない。


完全に詰んでいる。


 


でも言葉が通じないなら、もうこのまま黙って走り去るほかないのではないか。


そう考えていた矢先――


 


女の子は突然こっちに向かって全力で走り出した。


 


「うわぁっ! 来た!」


 


罠だった。

さっきまでただ立ち尽くしていたのは、俺を油断させるための作戦だったのか。


俺は再び逃げようと後ろを向き直した。


 


しかしその時だった。


俺の目の前で、現代には存在するはずのない恐竜のような生き物が1体、静かにじっと俺を見ていた。


 


小柄だったが、俺が乗れるぐらいの大きさだった。


さすがに血の気が引いた。


今まで剣に怯えていた俺は、それを完全に上回る恐怖に声すら出せずにいた。


 


が、そのとき――


あの女の子が俺を強く押し、恐竜との間に割って入ってきた。


倒れ込んだ俺が見上げたときには、女の子は手に握った剣で恐竜を斬りつけていた。


そのとき俺の目には、恐竜から飛び散る赤い血が確かに映った。


 


斬られた恐竜は思わずのけぞり、空に向かって「オゥッオゥッ」と大きい鳥のような低く短い鳴き声を上げ始めた。


そんな恐竜には目もくれず、女の子は倒れていた情けない俺を無理やり立たせて腕を掴み、森に向かって走り出した。


その間も恐竜はずっと鳴き続けていた。


 


なんとか森に飛び込んだ俺たちは、しばらく夢中で走り続けたが

途中で女の子が息を切らして立ち止まったため俺も立ち止まった。


この子には感謝しなければならない。

この子がいなければ俺は死んでいたかもしれない。


それに彼女に助けられ腕を掴まれたあのとき、彼女の手は確かに震えていた。


おそらく剣は護身用で、彼女自身こういうのにはあまり慣れていないのかもしれない。


 


当然だ。

いくらここが日本じゃないとはいえ、うら若い娘が日常的に剣を振るっている地域なんてそうあったもんじゃない。


 


そんなことよりあの恐竜だ。


あんな至近距離で見たんだ。

質感、鼻息、動き、血――すべてがアイツを本物だと裏付ける要素だった。


そしてもう一つ気になったことがある。


アイツの頭には地味なオレンジ色をした立派なトサカがあった。

そして二つに分かれた器用そうな尻尾も、確かにこの目で確認した。


まだ確信したわけではないが、アイツは御歌ちゃんの言っていた恐竜に酷似している。


 


混乱する頭の中を必死で整理していると――


聞き覚えのある鳴き声と共に、木々の間を軽やかに駆け抜けヤツが追ってきた。


 


「リェ ノス カラ!」


 


女の子はそう言い終わるよりも先に、恐竜とは反対の方向へ走り出した。


だが不運なことに、向かう先からもう一体トサカ野郎が姿を現し、俺たちの行く手を塞いだ。


 


女の子は思わぬ障壁に動揺し、俺たちの行く手を塞ぐトサカ野郎Bに闇雲に斬りかかった。


するとトサカ野郎Bは、先が刃のようになった二つの尻尾を地面に突き刺し、尻尾だけで自分の体を持ち上げ女の子の剣をかわした。


すごい筋力を持った尻尾だ。


完全に両足が地面から離れ、体全体を尻尾だけで持ち上げている。


 


女の子もその奇怪な戦闘スタイルに圧倒され、次の行動をとれないでいた。


そのとき、トサカ野郎Bが浮かせた体を少し引いたのが見えた。


俺は嫌な予感がして、意思よりも先に体が動いた。


 


俺は素早く女の子とトサカ野郎Bの間に入り、女の子を庇うようにトサカ野郎Bに背中を向けた。


案の定、トサカ野郎Bは勢いよく俺が背負っていたリュックに噛みつき、俺をリュックごと浮かせた。


 


俺は去年のアポノ5周年記念ライブでメンバーが登場したときのごとく華麗に宙を舞い、そのまま地面に落下した。


草が茂っていて多少の緩衝性はあったが、この落下ダメージはさすがに痛い。


でも立ち上がらないとあの子が危な――


 


「ギャアァァァァオ!!!!」


 


甲高い鳴き声が森中に響いたので驚いて顔を上げると、あの女の子が持っていた剣をトサカ野郎Bの胸の辺りに突き刺していた。


今度は確実に深く刺さっており、さっきよりも大量の血が吹き出した。


トサカ野郎Bはゆっくり後退りしながら、自分の血に塗れた地面に倒れ込んだ。


 


突如決まったトドメの一撃に、女の子は放心状態だった。


無慈悲にもそんな彼女に、今度は後から追いついて様子を伺っていたトサカ野郎Aが襲いかかろうとした。


 


絶望的な状況に思わず目を閉じてしまった俺の脳裏に、ふとあの顔が浮かんできた。


 


帝攻略本(みかどこうりゃくぼん)を開きたくなったらまた来てください♡」


 


その瞬間、俺は近くに落ちていた自分のリュックを拾い、女の子に噛みつかんとするトサカ野郎Aの顔に投げつけた。


リュックはトサカ野郎Aの目元に命中し、トサカ野郎Aを怯ませることに成功した。


もしあのトサカ野郎が御歌ちゃんの言ってたやつと同じなら……!

もし御歌ちゃんの言ってた話が本当なら……!


 


俺は落下ダメージを抱えた体に鞭打ち、怯むトサカ野郎Aに急接近した。


そして頭についた立派なトサカを両手でつかみ、自分の顔をギリギリまで近づけた。


 


「頼むぞ……御歌ちゃん……いや……!」


帝攻略本(みかどこうりゃくぼん)ッ!!!!」


 


俺はファーストキスをトサカと済ませるのではないかという距離で精一杯叫んだ。するとトサカ野郎Aは一瞬体をビクッとさせ、トサカ野郎Bが刺されたときとは違う短めの悲鳴を上げて足元から崩れるように倒れた。


 


地面でピクついているトサカ野郎Aを見下ろしながら、俺は深く息を吐いた。


トサカ野郎Aもトサカ野郎Bも最初に女の子が付けた傷がなかった。

おそらく最初に出会ったトサカ野郎ジ・オリジンが仲間を呼んだのだろう。


怒涛の展開に俺はまだ夢見心地で、ただ立ち尽くしたままトサカ野郎Aを見つめることしかできなかったが、そんな俺を尻目に女の子は俺の脇を颯爽と通り過ぎ、トサカ野郎Aの首に剣を突き立てた。


また彼女の手は震えていた。


やはり彼女は戦いに慣れてはいないのだろう。

そんな中俺は何度も彼女の勇気と優しさに救われた。

俺は彼女がいなければおそらくここで死んでいた。

お礼を言いたいが”ありがとう”の一言すら伝わらないのが悩ましいところだ。



でも、だったらなぜ()()()女の子が一人でこんな危険な場所にいるんだろうか。

 


彼女は突き立てた剣を抜き、俺の目をまっすぐに見た。


このとき俺は、初めて彼女の言いたいことがわかった気がした。


 


今すぐここを離れよう。


俺は彼女に頷き、さらに森の奥へと入っていった。

最後まで読んでくれてありがとうございました。

次回、第4話「寝具ちゃん」お楽しみに!

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