奇跡を託す馬車馬
愛の国イムロヴィンで生存者を探すことにした悠記とアリュゼルンはリウボーフィ村を離れ、再びシングマンに乗ってイムロヴィン領内を進んでいた。
悠記「リウボーフィ村の物見櫓から見た感じ、この辺はもう誰もいなそうだね。」
アリュゼルン「はい、敵がいないのはいいことですが、イムロヴィンにいるのに同胞がなかなか見つからないのは少し不安です...。」
悠記「この辺りは見晴らしもいいから人影の一つぐらい見えてもいいのにな。
あ、でももし人影が見えても敵の可能性もあるよな。
迂闊に近づけないか....。」
アリュゼルン「いえ、それに関しては心配いりません。
ロヴェリシア様の加護を受けている者は
同じくロヴェリシア様の加護を受けている者を目視で認識することができます。
イムロヴィンの民は大体ロヴェリシア様の加護を受けているでしょうから、見つけさえすればその者が同胞かどうか一目でわかります。」
悠記「え、すご.......
なにそれ、そんなことできるの?」
アリュゼルン「はい!ロヴェリシア様を崇める者は皆ロヴェリシア様の子ですから!」
悠記「あ、そういえば、アリュゼルンの本名...
ロヴェリシア様の名前が付いてるよね?
セーラ様にも付いてたし、実は王族的なやつだったとか....!?」
アリュゼルン「....?
悠記さんの“淡井”という名前はどこから来ているのですか?」
悠記「え?うーん、これは先祖代々受け継いできてるんだよ。俺の親もそのまた親も、俺の一族はみんな付いてる。
“悠記”は俺の親が俺のために付けた名前だけど、“淡井”は俺の家族みんなが名乗るんだよ。
だから友達とか知り合いとか俺の家族以外はまた別の名前を持ってるよ。
ここは違うの?」
アリュゼルン「これは神子名です。
イムロヴィンの民は皆後ろにロヴェリシア様の名前を拝借しています。
ですので私が特別というわけではありません。」
悠記「へぇ〜そんなところまで違うんだな。」
神子名か....。
これは“ロヴェリシア様を崇拝する者は皆ロヴェリシア様の子”という概念から来ているものなのか。
アリュゼルンの同胞を一目で判別できる能力もそれ故に与えられた能力なのかもな。
しかし不思議だ。
こっちで言えば日本国民全員の名字が“天照”になるみたいなもんだもんな。
ヴァリオスのことをより知りたくなってきたな。
アリュゼルン「それにしても悠記さんの住む惑星はとても興味深いですね!
神様の存在もかなり抽象的みたいですし。
悠記さんの惑星にはどんな神様がいるのですか?」
悠記「うーん、詳しくないけど俺のいた国には“八百万の神”っていう考え方があって、自然にも家にも道具にも全てのものに神様が宿るって考えられてるんだよ。
さっき言ったように姿は見えないし、祈ったからといって助けてもらえるわけでもない。
俺の国の神様は命令も助言もしないけど、ただそこにいることになってる。
確かに神様を見たって言ったら頭おかしくなったと思われるだろうけど、八百万の神々は俺たちの暮らしと共にある。それを否定する人はあまりいないんじゃないかな。
だからこの世の全てに日々感謝して生きようってのが俺の国の信仰だよ。」
アリュゼルン「素敵です!
この惑星には異星人がたくさん移住していますが、私は身内に異星人がいないので、他の惑星の話を聞ける機会があまりないんです。
悠記さんの惑星、聞けば聞くほど行ってみたくなりますね!」
悠記「俺からしたらヴァリオスもまさに異世界って感じだけどね。
それにしても不思議な感じだな。
数日前まで会話すらできなかったのに、今はアリュゼルンと宗教の話をしてるなんて。」
アリュゼルン「たしかに不思議ですね。
オイストさんの翻訳機様々です。」
悠記「いやほんとすごいよねこれ。
いったいどうなってんだろ...」
ここまでのアリュゼルンの話が頭の中でまとまらないのはこの翻訳機のせいではない。
内容が奇想天外すぎたからだ。
それでもこの翻訳機は俺がアリュゼルンの口から紡がれる言葉そのものは理解できるように、すべてしっかりと日本語に翻訳し、おそらく俺が発した言葉も正確にアリュゼルンに届けてくれたのだと思う。
いくらテックテックキルスが高度な技術を持っているとしても、日本語まで取り扱える説明にはならない。
落ち着いたらオイストに聞いてみようか。
どんな些細な情報も今は大切だ。
悠記「あ、そうだ。コイツにも名前を付けてあげようかな。」
アリュゼルン「いいですね!その方が愛着が湧きますものね!」
悠記「そうそう。これからもお世話になるだろうから。
じゃあどうしよっかなー。ヴァリオスにおいてコイツは俺の分身みたいな存在だからな。俺の名前をちょっと入れたいな。
あ、そうだ!“ユウツー”にしよう!」
アリュゼルン「ユウツー!可愛くていいですね!じゃあよろしくね、ユウツー!」
悠記「よーし、ユウツー!さっきもナイスガッツだったけど、これからも俺にピッタリ着いて翻訳頼んだぞ!」
アリュゼルン「さっき?何かあったんですか?」
悠記「さっきシングマンで森の中爆走したでしょ?あの時も直向きに俺の後ろを着いてきてたんだよ。健気で可愛かったなぁ。」
アリュゼルン「あ、そういえば...
ふふ、それは見てみたかったですね。」
そんな話をしながら静けさと憂いを帯びたイムロヴィンの平原を進んでいると、不意にアリュゼルンがシングマンを止めた。
俺はその行動の理由を尋ねようとアリュゼルンの顔を見たが、アリュゼルンは顔を左側に向けて一点を真剣に見つめていた。
アリュゼルンが見つめている方向に目をやると、俺はすぐにアリュゼルンがシングマンを止めた理由を理解した。
俺たちが見ていた100メートル以上先には森があったが、その森の前に1人の人物の人影があったのだ。
表情まではよくわからないが、おそらく向こうもこちらを見ているような気がした。
悠記「あ、人だ!アリュゼルン...」
アリュゼルン「違います...。」
悠記「えっ?」
アリュゼルン「あの人、おそらくイムロヴィンの民ではありません。」
悠記「え!それってさっき言ってた...?」
アリュゼルン「はい...ロヴェリシア様の加護が見えません。」
悠記「え...!ヤバくない...!?敵ってこと...?」
アリュゼルン「わかりませんが、その可能性はあります。」
悠記「逃げた方がよくない...?
今回は人だからシングマンなら逃げきれるんじゃないか?」
アリュゼルン「そうですね...逃げましょう...!」
意見が一致し前を向いた俺たちは驚愕した。
目の前に1人の人物が立っていたからだ。
薄くて水色っぽい緑っぽい、子供の頃遊んだ粘土のような色のサラッとした髪、雪のような白い肌、同じく白を基調とした服に大きくて長い帯のようなリボンのような装飾、これは羽衣ってやつだろうか。
天女のような雅な服と一緒に、肩につかないくらいの髪の毛がサラサラと静かに吹く微風に靡いている。
その佇まいは息を呑むほど美しかったが、すぐさま俺は我に帰った。
そして俺とアリュゼルンは同じことを思ったのか、ほぼ同時に森の方を確認したが、そこにはもう誰もいなかった。
ということはつまり、今俺たちの目の前にいるこの人物が、俺たちがさっきまで遠目に見ていた人影の正体と考えるのが妥当だろう。
俺たちが森のある方角から正面を向いたのはほんの一瞬だった。
にも関わらず、この人は100メートル以上の距離を一瞬にして詰めてきたのだ。
とても常人とは思えない。
アリュゼルン曰く、イムロヴィンの民ではないとのことなので、イムロヴィンを滅ぼした敵勢力である可能性が高い。
人が相手ならシングマンで簡単に逃げきれると思ったが、そうもいかないようだ。
謎の人「珍しいじゃぁないのぉ。この辺で生者を見るなんて。」
男だ。
髪型や顔立ちから勝手に女かと思っていたが、声を聞く限り男だったようだ。
謎の人「お、異星人か。君はここの子だね。
君らはイムロヴィンの民かい?」
その男はさらにこちらに近づいてきながら穏やかに話し始めた。
しかし俺たちが警戒心から声すら出せずに固まっていると、それを見た男は軽く笑いながら話し続けた。
謎の人「ちょっとぉ〜寂しいじゃぁないのぉ〜。
安心しなよ。私は君たちの敵じゃないから。
仕事も終わったから帰ろうと思ってたけど、面倒なものを拾って困ってたんだよねぇ。
そんな時に見つけたのが君たちってわけだ。
ってことでこれ、君たちに託すよ。」
そう言うとその男はアリュゼルンの手に何かを握らせた。
見るとそれは卵形の水晶のようなものだった。
ちょうどニワトリの卵ぐらいの大きさで、透き通った透明の水晶。
これが何なのか俺にはわからなかったが、アリュゼルンはそれを見てとても驚いたような顔をしていた。
謎の人「さっきも思ったけど、その子は奇跡に愛されてるねぇ。大したもんだよ。
まぁ私が持ってるわけにはいかないからさ、どうかよろしく頼むよ。じゃね。」
何を言っているのかよくわからなかったが、男はそう言って俺たちの前から立ち去ろうとした。
その時
アリュゼルン「あなたは...誰なんですか...?」
ついにアリュゼルンが口を開いた。
考えてみればそりゃあそうだ。
正体はわからないが、イムロヴィンでようやく出会えた人なのだ。
そして本当かはわからないが、本人は俺たちの敵ではないと言っている。
これは情報を得る絶好の機会である。
謎の人「君こそ誰だい?」
アリュゼルン「へ....?」
ニヤリとしながら男は言ったが、思わぬ返答だったのかアリュゼルンはキョトンとしていた。
しかし、言われてみればたしかにそうだ。
“人に名前を聞く時はまず自分から名乗るべき”みたいなものだろう。
謎の人「ふふ、冗談さ。私はねぇ、しがない馬車馬だよ。おそらく君の期待には応えられない。
じゃあその子はよろしく頼んだよ。」
それだけ言い残すと少し強めの風が吹いた後、男は消えた。まるで風に溶けるように、俺たちが引き留める間もなく一瞬でその場からいなくなった。
悠記「....行っちゃったね。でも何もしてこなかったってことは、やっぱり敵ではなかったのかな?」
アリュゼルン「わかりませんが、そのようですね...。今生きているのが何よりの証拠です。
ですが、何も得られませんでした...せっかく人に会えたというのに...。」
悠記「ま、まぁ仕方ないよ!下手に刺激したらどうなってたかわからないしさ!
それにほら!その宝石みたいなやつ!めっちゃ綺麗じゃん!」
アリュゼルン「え?あぁ、これも悠記さんの世界とは違うんですね。
これは宝石ではなく卵なんですよ。」
悠記「へぇ〜!それ卵なんだ!
卵みたいな形だなとは思ってたけど。そんな綺麗な見た目の卵があるんだね〜。
で、なんの卵かわかるの?」
アリュゼルン「人です。」
悠記「................ん?」
アリュゼルン「人です。」
悠記「人って........?」
アリュゼルン「はい、私たち人の卵です。悠記さんのところはどんな見た目ですか?」
最後まで読んでくれてありがとうございます!
私は卵が他の子より小さくて心配したってお母ちゃんがよく話してました。




