五・今日から姫はスッ裸で過ごせ!
ババアクウー国『月の第二城』──中庭のガゼボ〔西洋風東屋〕で、鬼導 星二とルメス姫はティータイムを楽しんでいた。
執事の働きナマケモノのリックが、ティーカップに注いでくれた。蒼いブルーティーを飲みながら星二がルメス姫に訊ねる。
「そういやぁ前に、姫の体には『ババアクウー国の、大いなる力と宝の地図が隠されている』って言っていたな……それって、どんな時に体に現れるんだ?」
ティーカップを口元に運びながら、答えるルメス姫。
「感情の変化で、地図のようなモノが体のどこかに現れます……出現する箇所は決まっていません」
「そうか……よし、今日から、ルメス姫はスッ裸で過ごせ」
星二の言葉を聞いて驚いたルメス姫の口から、蒼い液体が勢いよく星二に向かって吹き出す。
「ぶはっ!?」
「うわっ、きったねぇな!」
咳き込むルメス姫。
「けほっ、けほっ、なななななななっ!」
何を言っている……と、ルメス姫は言いたいらしい。
蒼いシミが付いた服を、手の平で拭きながら星二が言った。
「今の感情の変化でも、体のどこかに地図は現れているな……脱いでパンツ一丁になれ」
耳まで真っ赤になったルメス姫が、声を震わせて言った。
「そそそそっ、それは、せっせっせっ……」
どうやら、東方地域の行商人から聞いた『セクシャルハラスメント』と言いたいが、言葉が出てこないらしい。
ルメス姫が困惑していると、丸くなったレザリムス・アルマジロを抱えた長身の『グザム王妃』と。
顔の前に黒い布を垂らして人相を隠した『クレロ国王』が現れた。
ルメス姫の母親で足癖が悪い、ビ・グザム王妃が言った。
「おやまぁ、楽しそうですわね……姫が口からブルーティーを勢いよく吹き出すのが見えましたが」
グザム王妃は、アチの世界のサッカーとよく似たスポーツで。ババアクウー国の国技となっている〝カッサー〟と呼ばれるスポーツの現役選手だった。
カッサーは、格闘球技と呼ばれ。ゴールに向かって蹴られたレザリムス・アルマジロを数人が受け止めて阻止するゲームだ。
蹴られた高速回転するアルマジロ球を、縦に連なった選手たちが次々と吹っ飛ばされて、アルマジロがゴールネットを揺らす場面は圧巻だった。
丸まったレザリムス・アルマジロを撫でながら王妃が言った。
「レザリムス・アルマジロは友だちです……怖くはありません。姫はどうして口からブルーティーを吹き出したのですか?」
動揺が続いていて言葉が出てこないルメス姫が、身振り手振りのジェスチャーで伝える。
娘の動きを見て、首をかしげるグザム王妃。
「ドレスを脱いで……下着だけで……お風呂に入って……えっ、違いますか?」
娘の伝えたいコトがなんなのか、理解できないグザム王妃に代わって。
顔を布で隠したクレロ王が、小声で言った。
「それなら、東方地域の渓谷にある町の知人が、変わった衣服を専門に扱う仕立て業の仕事をしている──【特定の条件で、一部が透けて見える繊維のドレス】を特注して作ってもらおう……そのドレスなら、姫も裸で過ごさなくてもよいだろう」
ザ・クレロ王は寡黙であまり話さない人物だが、ルメス姫との意思の疎通だけは、不思議なコトに親子で通じている。
星二が言った。
「それなら、オレもルメス姫の体に浮かんだ地図を確認できるな……今まで三回くらいしか見て、図形を覚えているがな」
星二は興味を持った事柄に限り、見たモノを瞬時に記憶する特技を持っている。
星二の服に残る蒼いシミを見て、リックが言った。
「星二さま、服をお着替えください……そのまま、放置するとブルーティーのシミが残ってしまいます」
「別にいいよ、シミが残っても……オレは気にしねぇ」
グザム王妃が言った。
「それはレディの心得として、あまりよろしくありません。あなたの体は借り物なのですから……わたくしが、姫のドレスを見立てますから、その間にお着替えを」
星二は、渋々グザム王妃の言葉に従い。ルメス姫の部屋で侍女と王妃の手でドレス姿に着替えさせられた。
ドレス姿の星二を見て王妃が言った。
「メイクもした方がいいわね」
グザム王妃の手で初めての化粧をされた星二は、手鏡に映る自分の顔を見て。
「……あっ」と、小さな声を漏らしてから。
照れを隠すような口調で。
「ちょっくら、町をぶらついてくる」
そう言って、城下の町に向かった。
◇◇◇◇◇◇
町の通りを歩くと、町の者たちは。どこのお嬢様さまだろう? といった顔で星二を見ていた。
歩きながら星二は思った。
(この体の本来の持ち主の、町娘のサーラもドレスを着て化粧をしたら、町を歩いてみたいだろうからな……さて、こっぱずかしいから城に戻るとするか)
城への近道をしようと、路地に入った時──星二は背後から何者かに襲われ、口と鼻に湿った布を押しつけられた……薄れていく意識。
(しまった! 古典的な眠り薬か、油断した! 木刀は城に置いてきた)
◆◆◆◆◆◆
次に星二の意識が戻った時──星二は横臥した格好で後ろ手に縛られ、納屋のような場所に寝かされていた。
背中側の方から、数名の話し声が聞こえてくる。
「おまえたち、ドジったね。ルメス姫かと思って拐ってきたのが、鬼導 星二だったなんてシャレにもならない」
「すみません、姐さん……きれいなドレスを着て町を歩いていたので、てっきりルメス姫だと思い込んで」
「拐うなら人相を確認してからにしな……さて、この娘どうしてやろうか」
鬼導 星二は、反動をつけて向きを変える、首から下を鎧に包んだ、男女がそこにいた。
「やっぱり、ルググ聖騎士団の連中か」
そこにいた、ルググ聖騎士団の女が言った。
「初顔合わせだから、自己紹介だけしておこうか……あたいの隣にいるのが、ルググ聖騎士団の師団長『ベレイ』……あたいは、その情婦の『ネル』……仲間内からは『彗星のマゾ』ネル姐さんと呼ばれている、鬼導 星二あんたのコトは知っているよ」
「そりゃどうも……で、他にいる数人が聖騎士団のザコどもか」
「オレたちは、ザコとは違うぞ! ザコとは!」
ザコ呼ばわりされて、憤慨した男たちが剣を引き抜こうとするのをベレイ師団長は、ひと睨みして首を横に振って制する。
「ここで剣を抜くな、縛られて丸腰の婦女子に剣先を向けるコトは、オレが許さんキュン」
ネルが、ベレイの威厳がある仕種に、胸キュンする。
「ベレイのその男らしさとギャップな語尾に、ネルはファンになったんだよ……さて、鬼導 星二、覚悟しな辱しめてやる」
ネルは、星二のドレスを破って胸を露出させて言った。
「どうだ、男の前で胸を露出させられて恥ずかしいだろう」
平然とした口調で、言い返す星二。
「胸なんて見られても、どうってこたぁねぇや……くっ、殺せ! なんて言うと思ったか。ぶぁかぁぁ! この借り物の体に、これ以上なにかしてみろ……ぶっコロがすぞ」
聖騎士団たちが戸惑っていると、納屋の屋根を突き破って白と黒のツートンカラーワイバーン『ジャジャ』が飛び込んできて聖騎士団を蹴散らして暴れる。
さらには、ジャジャの背中から飛び降りてきて、独楽のように高速回転して、星二を縛っていた縄を切断したリックが言った。
「ご無事ですか、星二さま!」
さらには、扉を蹴破って飛び込んできたグザム王妃の足技が、聖騎士団に炸裂する。
蹴られたアルマジロ球が、次々と聖騎士団のザコを蹴散らしていく。
「ざっっ!」
「じぃぃ!」
「ずぅぅ!」
「ぜぇぇ!」
「ぞぅぅ!」
「しゃん、ぶろうぅ!」
ネルが毒づく。
「アルマジロが空を飛ぶな! ちくしょう! 覚えてやがれ鬼導 星二!」
捨て台詞を吐いて、納屋の裏口に向かって逃げる聖騎士団たち。
裏口を開けると、そこに黒い布で顔を隠したクレロ王が立っていた。
布をめくり上げた、クレロ王の素顔を見た聖騎士団が悲鳴を発っして、王の横をすり抜けて全速力で逃げていく。
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
ザ・クレロ王の顔は、子供は脅え泣き叫び、大人なら悪夢にうなされるほど、恐ろしい顔をしていた。
助けられた星二は、リックや王妃、国王に頭を下げて礼を言う。
「すまねぇ、オレの勝手な行動で迷惑をかけた」
優しい言葉を、星二にかけるグザム王妃。
「あなたは悪くありません、女の子だったらオシャレをしたら、外出したくなるのは当然です」
星二が言った。
「男も大変だけれど、女も大変だな」