四・相棒の名は『ジャジャ』
中央湖の湖畔で神木から削り出した白木の木刀を振る、町娘メッ・サーラの姿をした鬼導 星二の姿があった。
三頭ユニコーンの姿と、レザリムス文字で『白き木馬』と彫られた木刀の形状が変化する。
クロスボウの形に変化した木刀から、木製の矢が飛んで岩に突き刺さる。
クロスボウの次は、砲筒に変化して木製の弾丸が岩を砕いた。
木刀にもどった神木を眺めて、呟く鬼導 星二。
「だいぶ、使い方が馴染んできた……リック、この木刀はどこまで進化するんだい?」
リックと呼ばれた、シルクハットにタキシード姿の執事。働きナマケモノのディアス・リックが言った。
「それは使う者の心次第です。どんな変化をするのか、わたしにもわかりません」
「ふ~ん、そんなもんか」
女の体にもだいぶ慣れてきた星二は、ハ虫類皮の部分防具を身に付けたスカート姿で。近くの岩に足を開いて座ると、城から持ってきた水筒の水で喉を潤した。
「最初は女の体って面倒なもんだと思っていたが、アチの世界に居るララの苦労がわかった」
ララと言うのは、星二の子を授かった妻の名前だった。
「この体の本来の持ち主、メッ・サーラって言ったか……オレの代わりにちゃんと、アチの世界でやってくれているんだろうな?」
「それは大丈夫ですよ……星二さまの肉体と幽体転生で、入れ替わった町娘は【幽体転生】を理解していますから。ちゃんとやってくれていますよ」
「そうか、中身が女ならララの気持ちも。男のオレよりも気遣いしてくれるな」
休憩が終わり岩から立ち上がった星二は、森の上空で一匹のワイバーンが、仲間のワイバーンから攻撃されているのを見た。
ホワイトワイバーンと、ブラックワイバーンに攻撃されている若いワイバーンは。体の左右が白と黒に分かれた、ツートンカラーのワイバーンだった。
ツートンカラーのワイバーンは、仲間から攻撃されても怯むことなく向かっていく。
リックが言った。
「ワイバーン同士の、淘汰行為ですな……白と黒が半々のワイバーンとは珍しい」
「淘汰?」
「あんな目立つツートンカラーのワイバーンが、仲間内にいると敵に襲われてワイバーンの群れも危険にさらされる……だから、追い払うか場合によっては殺してしまう」
「少しばかり、他と違っているだけで。仲間内から排除されるのかよ……ふざけんじゃねぇ」
星二は攻撃されている、突然変異種のワイバーンと自分の姿を重ねていた。
◇◇◇◇◇◇
やがて、攻撃されていたツートンカラーワイバーンが森へと墜ちていくのが見えた。
星二が言った。
「リック、墜ちたワイバーンの所に行くぞ」
「傷ついた手負いのワイバーンは危険ですよ」
「それでも、放っておけねぇ」
森を進むと、傷ついたツートンカラーのワイバーンがうずくまっていた。
墜落した時に、木の太い枝がワイバーンの片方の翼に刺さっていた。
星二が近づくと、ツートンカラーのワイバーンは、星二に向かって威嚇の唸り声を発した。
「危害は加えるつもりはない……翼に刺さった枝を引き抜くだけだ、じっとしていろよ」
星二が刺さっていた枝を抜くと、メスのツートンカラーワイバーンは、星二に噛みつくような素振りを見せる。
跳び下がって、ワイバーンの牙から逃れた星二は苦笑する。
羽ばたき、飛び立とうとするワイバーンだったが、痛みを感じて広げた翼を閉じてうずくまった。
「それだけ元気があれば大丈夫だな、傷が治るまで大人しくしていた方がいい……また明日来る、リックこの傷ついたワイバーンが他の動物に襲われる可能性はあるか?」
「そうですな……これだけ、成長して大きければ大丈夫でしょう」
「傷の手当てをしたいが……今は気が立っているからダメっぽいな」
「この、ワイバーンを助けて、どうするおつもりですか?」
「別に、助けたかったから助けるまでだ」
少し落ち着いたツートンカラーのワイバーンは、不思議そうな目で精二を見ていた。
◆◆◆◆◆◆
翌日から、星二は傷ついたワイバーンのところに通いはじめた。
昨日、与えた食べ物が木製の皿の中に残っているのを見て星二が、翼に包帯が巻かれたワイバーンに言った。
「おまえも強情なヤツだな、人間からの施しは受けたくないか……食べないと体力がもたないぞ、毒なんか入っていないから安心しろ」
近くにあった切り株に腰を下ろした星二が、持ってきた食糧を食べはじめると、ワイバーンも木製皿の食べ物を食べはじめた。
◆◆◆◆◆◆
数日が経過すると、ワイバーンの星二に対する警戒心もだいぶ薄れてきた。
星二が焚き火をしても怯える様子もなく、ツートンカラーのワイバーンは、じっと揺らぐ炎を眺めている。
「おまえ、火が怖くないのか……リックの話しだと、たいがいの野生動物は火を怖れるって話しだが……おまえ、変わっているな」
◆◆◆◆◆◆
やがて、ワイバーンは星二が体に触れても嫌がらなくなり──夜になると星二に体を寄せて、焚き火の温もりを感じながら安心して一緒に眠るようになった……そして、数日が経過した。
◆◆◆◆◆◆
包帯が外され、傷が完治したワイバーンが、嬉しそうに羽ばたき地面から少し浮かんだのを見た星二が言った。
「もう大丈夫だな……じゃあ、元気でな仲間からイジめられても負けるんじゃねぇぞ……おまえの体は個性だ、遠方にいてもオレが見つけられる」
そう言い残して、去っていく白木の木刀を背おった女性を、ツートンカラーのワイバーンは少し寂しげな瞳で眺めていた。
◇◇◇◇◇◇
森の道を、ルメス姫がいる『月の第二城』に向かって歩いている、星二の前方を阻む、首から下が鎧の巨漢男が現れた。
「女、鬼導 星二だな」
「それがどうした、その格好はルググ聖騎士団か」
「オレはルググ聖騎士団の『エ・ジール』……おまえを倒せば、聖騎士団内のオレの格も上昇する……勝負だ! 女!」
「おもしれぇ、オレにタイマンを張った、その度胸は認めてやる」
背中の木刀を毛皮の皮鞘から、引き抜き構える星二。
エ・ジールも幅広で先端が曲線になった、特殊な大剣を構える。
頭上に大剣を振り上げた、大男のエ・ジールの顔色が変わる。
エ・ジールは突然、悲鳴を発して逃げ出した。
「ひっ!」
星二が振り返ると、ツートンカラーのワイバーンが星二の背後に浮かび、エ・ジールを睨みつけていた。
星二は、着陸して体を寄せてきたワイバーンの頭を撫でる。
「なんだ、オレから離れたくないのか」
ツートンカラーのワイバーンは、星二に背中に乗るように催促する。
「乗ってもいいのか?」
星二が背中に乗ると、ワイバーンは空高く飛び上がり、星二を乗せたまま中央湖上空を飛行する。
心地よい風の中……星二が言った。
「おまえの名前は『ジャジャ』だ! 気が強いじゃじゃ馬だからジャジャ……これからもよろしくな、ジャジャ」
こうして『ジャジャ』と名付けられたツートンカラーのワイバーンは、鬼導 星二を背中に乗せて飛行移動する、星二の大切な相棒となった。