三・異世界転生なんざ!くそったれ!③
桟橋に、ずぶ濡れで立った星二は一息つく。
「ふーっ、いったい何がどうなって!? んっ!? スカート?」
星二は、自分の腕を見る……女の細腕だった。
濡れた髪も長い、そして服の胸元から覗く胸の谷間。
「女? なんでオレが女に……おい、ヨロイのコスプレ男。どういうことだ?」
ルググ聖騎士団の男は、星二に向かって剣を振り下ろしてきた。
実践ケンカの身のこなしで、切っ先を寸前で交わした星二は、すかさず木刀で男の脇腹を打つ。
鎧の隙間を的確に強打された、聖騎士団の男はそのまま桟橋から湖に転落する。
驚く聖騎士団の男たち。
「なんだ、今の太刀筋は? あんなの初めて見た?」
「気をつけろ、さっきと、まるで動きが違うぞ!」
理由もわからない状況なりに、女の声で怒鳴る星二。
「聞いただけで斬りかかってくるのかよ。上等じゃねぇか、やんのかこらぁ! かかってこいやぁ!」
星二は次々と、実践ケンカ剣で聖騎士団の男たちを打ち倒して、水中に叩き落とした。
全員、倒した星二は振り返ると。ペタンと座り込んだルメス姫に訊ねる。
「あんたなら、オレの質問に答えてくれるか? ここはどこだ? あんた誰だ?」
星二の険しい目つきにルメス姫が怯えていると、奇妙な生き物がヒョコヒョコと桟橋を歩いて近づいてきた。
「ルメス姫さま、ここにいらっしゃいましたか……お探しいたしました」
どう見ても、動物のナマケモノが服を着て人間のように歩いている。
「なんだぁ? おまえは?」
シルクハットを被り、タキシード服を着たナマケモノが言った。
「国王と王妃さまも、姫さまが城の神木の木刀を持ち出して、心配しております。城に帰りましょう……おやっ? あなたサマは?」
ナマケモノは、ジイッと星二の顔を凝視してから言った。
「あなた、幽体転生者ですね……わたしと同じ」
◇◇◇◇◇◇
星二は、ルメス姫と一緒に喋るナマケモノに案内されて『月の第二城』と呼ばれる、城に連れてこられた。
喋るナマケモノから、ここが異界大陸国レザリムスの『中央湖地域』であるコト。
レザリムスは『コチの世界』と呼ばれていて、星二がいた世界は『アチの世界』と呼ばれているコトを知った。
さらに、星二が今いるのは中央湖の岬の先端にある小国『ババアクウー国』だと知った。
濡れた服を脱がされ、ドレス風の衣服に着替えさせられ椅子で胡座をかいた星二は、働きナマケモノに質問する。
「ここが、異世界だというのはわかった……で、あんたいったい何なんだ? 喋るナマケモノなんて初めて見た」
「わたしは、月の第二城でルメス姫のお世話役をしている。働きナマケモノの『リック』 と申します……星二さんと、言いましたね。あなたと同じアチの世界にいた幽体離脱体質者です──もっとも星二さんとは別のアチの世界ですが」
「別のアチの世界?」
「はい、裏アチの世界です……この体のレザリムスでの幽体転生体は、裏アチの施設で作られた人間の遺伝子と動物の遺伝子を組み合わされて誕生した生物兵器だそうです」
リックの話しだと、遺伝子操作をされたナマケモノがハシビロコウの仲間と一緒に施設を抜け出して、レザリムスに来た……その時は知性がないナマケモノだった。
「桟橋で最初に会った時にも、同じ【幽体転生者】だと言ったな……どういう意味だ?」
「それは……」
リックが、答えようとする前に部屋の扉開けてルメス姫が入ってきた。
ルメス姫が星二に言った。
「お着替え終ったようですね、リックから聞きました『幽体転生』なされた方ですね──自己紹介いたします」
ルメス姫は、スカートを軽く摘んで、高貴な一礼をする。
「あたくし、ババアクウー国王女『ジ・オング・エ・ルメス』と言います、ルメスと呼んでください──助けていただいてありがとうございます……えーと、この場合、庶民に対するお礼は」
そう言って、ルメス姫はドレスを脱ぐような仕種をしてみせた。リックが慌ててルメス姫を止める。
「姫さま、いったい何を?」
「だって、こういう場合。庶民の方へのお礼は体で払うものだと……東方地域の商人が」
「あの行商人の言葉に耳を貸すのはお止めください! 姫さまの品格に悪影響を与えます」
ルメス姫は少し乱れたドレスを着直すと。星二に毛皮鞘に入った神木刀の『白き木馬』を差し出して言った。
「これは、あなたさまがお持ちください……お父さまに湖の桟橋での出来事をお話ししたら──星二さまが所有しているのが今は相応しいと……お願いです、あたくしの体を守ってください」
「どういう意味だ?」
ルメス姫は城の守護木刀を持ち出して、町へ出た経緯を星二に語った。
「あたくしの体には、ババアクウー国の大いなる力と宝の地図と鍵が隠されています……それを、ルググ聖騎士団が狙っていると知って──聖騎士団の代表の方に、あたくしの体を狙うのをやめて頂くように話し合いに向かう途中でした」
ルメス姫の話しを聞いた星二は、この姫さまは本当に世間知らずだな……と、思った。
ルメス姫の話しは続く。
「まさか町で出会った、聖騎士団の方が、あんなに乱暴な方々だなんて知りませんでした……神木の木刀は、町を歩くので念のために……だって庶民の町には、いろいろと危険なコトもあると聞きましたから」
リックがルメス姫の話しを繋げて喋る。
「最初は、わたくしが護衛役も兼ねて姫さまと一緒に町に出たのですが、町中で姫さまとはぐれてしまい」
膝の上に『白き木馬』を乗せた星二は、耳の穴を指でほじりながら。
退屈そうな口調で言った。
「どこにでもありそうな退屈な話しだな……で、オレの質問の答えは? 働きナマケモノさんよぅ『幽体転生』ってなんだ?」
リックは、星二に『幽体転生』の仕組みを説明した。
コチの世界の幽体離脱体質者と、アチの世界の幽体離脱体質者のみが、似たような状況で同調した場合に『幽体転生』が起こるコト。
幽体転生は、レザリムスの幽体離脱体質者が登録して条件発生して ……特殊なケースを除き。
アチの世界の幽体離脱体質者には、拒否権が無いことを伝えた。
リックが言った。
「わたしも、眠っている間に肉体から幽体が離れる特異体質でして……ナマケモノのリックさんと、コチの世界の幽体転生で入れ替わってしまいました……アチの世界のわたしの体に入った、ナマケモノ魂のリックさんは、本当に怠け者の人間になってしまいました」
「コチの世界の住人ってのは、ずいぶん身勝手だな……アチの世界の幽体離脱体質者の気持ちを無視して勝手に転生登録かよ……冗談じゃねぇ!」
女の怒り形相で怒鳴る星二。
「女房に子供が生まれるんだ! こんなワケわからねぇ異世界で、現実逃避のくだらねぇ異世界転生ゴッコにつき合っているヒマはねぇ! オレを今すぐ元の世界にもどせ!」
「それはできません、いつかは元にもどるかも知れませんが」
「あぁ!? もどれねぇだと……ふざけるな!」
星二の怒りの勢いに、怯えるルメス姫。
怒鳴って少し落ち着いた星二が、ポツリとリックに訊ねる。
「アチの世界に残っている、オレの体はどうなっている……死んだのか?」
「いいえ、死んではいません……幽体転生は、死亡してどちらかの魂が消滅すれば、片方の魂も消滅します」
「生きているんだな、オレのアチの世界にある体は」
「レザリムスの幽体離脱者の魂が、入っていますから」
「女房と生まれてくる子供の面倒を、あっちのオレは、ちゃんと見てくれるのか」
「はいっ、わたしもリックさんの意志を継いでレザリムスにいますから……大丈夫だと思います」
「そうか」
星二は、サーラの女体の胸に手を添えて穏やかな口調で言った。
「借り物の体なら、ちゃんとした状態で返さなきゃいけねぇな……とりあえず、オレがこの世界でやらなきゃならないのは姫さまの護衛か……ところで、オレはコチの世界でなんて名乗ればいいんだ?」
『幽体転生者』鬼導 星二の異世界での、奇妙な冒険がはじまった。






