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捨てられた怪物

『戦争は欲望の子にして、技術の母である』

 蒸気機関車が発明されて間もない頃に、とある哲学者が為した主張は、それから二世紀半が経過した今でも、褪せることなく、文明が進化し続ける理由を風刺していた。

 人が争うからこそ、科学は進歩する。

 悲惨な歴史の証拠として、戦時中は軍事産業に力を入れ、合衆国の武器庫とまで称されたファレーデ州には、平和な世界に不必要な──だからこそ現世には必要な"科学兵器"が、大戦の残滓として、大量に溢れていた。

 その一例が、硬化皮膚(ソリッド・スキン)技術だ。

 延長した神経を金属と接続する技術が確立され、人類は身体のあらゆる部位を金属で代替する()()()()を可能にした。

 用途に応じた自在なカスタマイズ──それこそ、飛行可能なスラスター付きの義脚や、百四本に細分裂する技指など、際限ない狂気にまで形を与えた。

 全て戦争が起因だ。

 硬化皮膚(ソリッド・スキン)技術が孕んだ鋼鉄の兵隊たちが、血を流して逝く時代に終止符を打ち、身体中から油を噴く新時代へと人類を導いた。

 しかし、大戦が終結へと向かい、世界に霜のような薄っぺらい表面上の平和が張られると、たちまち硬化皮膚(ソリッド・スキン)の兵隊を英雄視する者は急激に数を減らした。

 需要の減少だ。

 世界各国は"半永久燃焼燃料パーぺチュアル・フュール"や"枯れない農作物アンチ・ウィザー・プランツ"──資源問題や食料自給率等の解決に舵を切り、軍国主義は衰退した。

 時代が破壊よりも繁栄を訴求していた。

 ファレーデ州では、軍事力の放棄を掲げる反戦派の抗議もあり、硬化皮膚(ソリッド・スキン)を忌むべき戦争の象徴として扱い、差別する風潮が生まれた。

 硬化皮膚(ソリッド・スキン)を開発していた企業は、皮肉にも無数の命と引き換えに飛躍した科学技術を宇宙開発産業に転用し、ファレーデ州の経済を支えたが、兵役を終えた者たちは大半が三等地(スラム)に捨てられ、戦場よりも過酷な余生を強いられていた。

 その一人が、クランペットだ。

 終戦直後には、退役軍人に再就職先を斡旋(あっせん)する慈善団体の薦めで、小さな町工場に転がり込んだが、素行の悪さで即日解雇され、それからは浮浪者として三等地(スラム)彷徨(さまよ)い始めた。

 三等地(スラム)は地獄だ。

 何かを手に入れるためには──たとえそれが、一滴の水であろうと──危険を冒し、他者から掠奪する以外にない。

 蔓延まんえんする疫病は執拗で、万人が短命に散る。

 クランペットも、三等地(スラム)のあちこちに遺棄された死骸──()()()()()()()()()()()()()()()と同様に、凄惨な最期を迎えるに違いないと、肌で感じていた。

 しかし──。

「空域の英雄が、今では無様に物乞いですか?」

 飢えを凌ぐ日々に、突如、転機が訪れた。

 仲間を集めている、というマーチライトとの出逢いだ。

「……ンだァ?てめえ?あたしは食いたいメシを奪うだけ、物乞いなんてダセェ真似はしねえさ」

 二等地(シティ)近辺の廃病院を寝床にし、稀に通過するピザのデリバリーを襲う生活をしていたときだ。

 廃病院に現れたマーチライトは、クランペットが美味しそうに食べていたマルゲリータを一切れ口に運び、

「ではなぜ、一等地(オアシス)のレストランを襲わないのですか?」

 即座に顔を(しか)めて吐き捨てながら、訊いた。

二等地(シティ)の寂れたピザ屋よりも上質かと思いますが?」

 挑発的な口調だが、悪罵ではなく、疑念だ。

 不当な扱いに異議を唱えるニュアンス──"なぜ貴女ほどの強者が、不味いメシを食べているのか"という疑念。

「あァ?てめえは偉そうにぺらぺら喋るくせに、ファストフードの魅力もわからねエのかァ?誰だが知らねえが、随分と可哀想な野郎じゃねエか」

 クランペットがマーチライトをぎろりと睨んだ。

「だから無駄に高え服着て自分をアピールしてねえと気が済まねエわけだ。あたしからすりゃ、ひでえセンスだぜ?」

 マーチライトはにっこりと微笑みを返し、

「素晴らしい、実に素晴らしい負け犬っぷりですね」

 今度はきっぱりと軽蔑した。

 そして──、

「──なにしやがンだ、てめえ!」

 右脚をさっと上げ、ピザをぐちゃぐちゃに踏み躙った。

 クランペットが怒り狂い、吠えた。

「苛立ちましたか?──でしたらそれは、今のあなたが弱者だからでしょう。強者はゴミを漁るネズミの行為に苛立ちを覚えたりしません」

 引き千切る勢いでマーチライトの襟首を掴み、威嚇する。

「……ネズミに噛まれた経験は?」

「暴力ですか?やはりどこまでも愚かなネズミですね。感情的になり、憂さ晴らしと引き換えにチャンスを無駄にする。それこそ、空挺部隊の勲章を約束されていたあなたが、こうして三等地(スラム)で伸びている理由でしょう?」

 クランペットが歯を剥き、憤慨したが、

「聞きなさい、愚者」

 マーチライトは臆さなかった。

「あなたは武力という点に関して強者ですが、渡世に関する才覚はネズミ以下です。今のあなたを喩えるならば、ブレーキが故障した暴走列車、あるいは、首輪を外された狂犬──どちらにしても、そう遠くない未来で呆気ない死を遂げるでしょう。──しかし、それは私の提案を拒否した場合です」

「……てめえに媚び売った先には何があンだ?」

 マーチライトがふっと口元を緩めた。

「富と栄光、それからピザです。私は商談をしに来ました。あなたが従順でいられるのでしたら、私が傭兵として雇い、多額の報酬を──そうですね、生涯ピザが食べ放題になる金額を約束しましょう」

 セールスマンも脱帽の親しげな笑顔が告げた。

「……てめえをどう信じろってんダ?」

「私は信用を求めていませんし、提供する気もありません。信用は人類が提唱した概念的幻想です。取引は双方の利害が一致し、互いに裏切りのリスクを容認した場合にのみ成立します。つまり、誰から提案されたいかなる誘いであろうと、それが罠である可能性は拭い切れません。ネズミ捕りはいつだってネズミを歓迎しているものですから」

 クランペットは舌打ちした。

「──だがチーズを手に入れるためには飛び込むしかねエ」

「ええ、ピザにチーズは欠かせませんから」

「…………上等じゃねエか」

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