Showdown Your Heart!
レファリアが電磁張力車を降りた一帯は、一等地の中でも殊に絢爛豪華で、勝戦と繁栄のモニュメントとして乱立された超高層ビル群は、いずれも毳々しい金色に輝いている。
街全体に赤い絨毯が敷かれているような気品があり、街行く人々は皆ドレスコードに準じた正装に身を包んでいた。
まさに黄金郷だ。
その煌びやかな景観の中心点に、オールインクルーシブホテル──"星に手を伸ばして"は聳えている。
地上七十二階の高さにしてファレーデ州最大のランドマークを誇る外観は圧倒的で、四年に一度開かれる美術品の祭典──エピック・オークションを明日に控えたこの場所には、世界中から大勢の富裕層が押し寄せていた。
レファリアは宿泊客に扮して堂々とエントランスに入り、フロントでルームキーと館内パンフレットを受け取った。
「ようこそ、"星に手を伸ばして"へ」
フロントマンが深々と腰を折った。
五つ星ともあり、スタッフの対応は見事なものだ。
内装も他所のホテルとは一線を画した豪奢な仕上がりで、五メートルもある天井を支える天然石の列柱からコラベルタイル柄の絨毯まで、色相は高級感を感じさせる白亜を基調として差し色にグレーの組み合わせで統一されている。
中央には二人の天使が互いに弓を放つ巨大な彫像があり、数人の宿泊客が写真を撮影をしていた。
客層は大多数が壮年の紳士と婦人で、レファリアのような若い女も散見されたが、彼女たちは一人の例外もなく、首輪を付けられた飼犬のように男の後ろを歩かされていた。
レファリアは彼女たちを尻目にパンフレットを開いた。
館内の見取り図は予め完璧に覚えていたが、一人で訪れた新客がなんの案内もなしにズカズカと歩いては不審に思われかねないと懸念しての演技だ。
潜入捜査には慣れていた。
『触れられる夢を、敬愛なる皆様へ』
表紙には誇らしげな謳い文句が大々的に印字されており、一ページ目にはファレーデ州の由緒正しき歴史がびっしりと記されていた。
我々は侵略に屈服することなく、穢れなき精神を力に変えて独立を勝ち得たのだという内容が綴られた堅苦しい文体を見て、胸を張るべき歴史だと感じた。
それが戦勝国特有の卑劣な手法によって改竄された、偽りの歴史だという事実さえなければ。
各フロアの案内が記載された二ページ目以降に目を移し、オークション会場となる二階のコンサートホールは明日の午前八時まで入場ができないこと、レストランフロアの三階は二十四時に閉まること、屋上のナイトプールを利用するにはルームキーが必要になることを確認して、最後に地下一階に設けられたカジノエリアについての記載を睨んだ。
計画ではチェックインを済ませた後、カジノエリアに向かう算段になっている。
そこでターウィンズを待ち伏せするのだ。
レファリアは七機もあるエレベーターで二十三階に割り振られた自室に向かい、様々な仕事道具を入れたキャリーケースを置いた後、地下一階へと急いだ。
到着してエレベーターのドアが開いた途端、異世界に迷い込んだかのような感覚に襲われた。
狂騒のせいだろう。
賭場という強大な怪物が耳を劈く嬌声を轟かせていた。
華々しいクラシックジャズが揺蕩う中で、陳列されたスロットマシーンたちが狂ったように最高配当のファンファーレを奏で、トランプゲームの区画からはディーラーたちの無機質な宣告に応じて博打師たちが迸る雄叫びが耳を打った。
騒がしいどころではない。
銃撃戦が行われているのではないかと勘違いするほどだ。
実際に銃撃戦よりも激しい戦いを繰り広げている超高額のテーブルもいくつか存在した。
カジノは銃火器がない戦場だ。
戦略を誤れば容赦なく殺される。
レファリアは一等地でウィンドウショッピングをするときのように、トランプゲームのテーブルをまばらに眺めながらフロアを徘徊し始めた。
実際には座るべきテーブルが予め決められていたが、徘徊は賭場に慣れていない初心者を演じるための演技だ。
「狩りをするなら猛獣よりも野兎、野兎よりも初心者さ」
ノックバーが言っていた。
賭場で標的を罠に嵌めるためには、恰好の獲物を演じるのが得策なのだと。
ぶらぶらと歩き回り、フロアを一周したところで、計画とは無関係なバカラのテーブルに座った。
自分は本気で賭けに打ち込んでいる人の熱と興奮を正しく演じられているか、ディーラーを鏡として利用することで、予行演習がてらに確かめる必要があったからだ。
ディーラーたちの目は侮れない。
潤沢な軍資金を拵えているか、イカサマをしていないか、手練れか初心者か──そして、勝負に真剣か否か、鍛え抜かれた観察眼をもってして的確に見抜いてくる。
もし勝負に真剣ではない──つまり、ギャンブルで大金を掴む以外の目的があるということを見透かされてしまえば、たちまち不審な客として警戒されてしまう。
そうした確認にも、バカラというゲームは適していた。
バカラはカジノゲームの中でも簡単な部類に入る。
初心者でも楽しめる、カジノの定番ゲームだ。
情緒が揺れるポイントもはっきりとしている。
ルールは単純で、交互に二枚のカードが裏向きで配られるプレイヤーとバンカーのうち、どちらの手札が合計してより下一桁が9に近いかを予想して賭ける、大枠はそれだけだ。
レファリアはテーブルの上に数枚の紙幣を置いた。
ディーラーが慣れた手つきでそれらを掻き集め、チップに交換してくれた。
若々しくも落ち着いた雰囲気を持つ、男のディーラーだ。
比較的低いレートで、レファリアの他に客はいなかった。
レファリアは手慣らしに手元に積まれたチップから一枚を摘み、テーブルの手前側にプリントされた『プレイヤー』の文字の上に置いた。
カジノゲームでは基本的に、チップを置いた場所で自分が賭けた金額と内容を明示するシステムになっている。
基本の戦略となる『プレイヤー』と『バンカー』に加え、二枚のカードが同じ数字となることに賭ける十一倍配当の『ペア』や、プレイヤーとバンカーの合計値が同じになり、引き分けで決着することに賭ける八倍配当の『タイ』など、様々な賭け方と配当の倍率がプリントされたテーブル上に、各々が好きなようにチップを置き、結果に応じて払い戻しを受けるシステムだ。
ディーラーがゲームの開始を宣言した。
二枚ずつ配られた裏向きのカードのうち、レファリアが賭けたほうであるプレイヤー側のカードが渡された。
計四枚のカードは全て裏向きで、今回のように客が一人の場合には、客がカードを表向きにする順番を選択できる。
手元にあるプレイヤー側の二枚に関しては、"絞り"と呼ばれる、カードの端だけを小さく捲り、覗き見るようにして自分だけが先に数字を確認する方法もある。
たとえば、4〜10のカードはスートが縦に長く、短辺の付近まで印刷されているように、カードの角に印字された数字の部分を指で隠し、捲っていく過程でちらりと見えるスートからそこにある数字を推察して一喜一憂する。
絞りはバカラの醍醐味といわれているが、ゲームの結果には一切影響しない。
興奮と焦燥を増幅する余興だ。
レファリアはその作法も覚えていたが、そうはしないで、配られた二枚を淡々と表向きにしてディーラーに返した。
カードは♣︎7と♠︎J──バカラでは絵札は10として扱われるため、合計値は17、肝心な下一桁は7となる。
続けてディーラーがバンカー側のカードを開いた。
♣︎Aと♦︎5──合計値は6となり、レファリアの勝ちだ。
不意にレファリアの心に嬉しさが込み上げた。
勝ったことに対する嬉しさではなかった。
バカラを浅ましいと感じられた自分を、嬉しいと思った。
所詮は玩具でしかないトランプカードに運命を委ねたり、賽の目に祈りを込めたりするような愚かしい享楽に惑わされなかった自分の感性が誇らしかったのだ。
けれども、レファリアは嬉しさを払拭して"女が喜んだときの表情"でディーラーをちらりと見た。
それが今するべき演技だ。
賭博を低俗だと感じる者がカジノに出入りするはずもないのだから。
「おめでとうございます」
ディーラーは賞賛と共にレファリアにひんやりとした笑顔を向け、賭けたチップを二倍にして返してくれた。
ポーカーのような客同士が争うゲームとは違い、バカラを始めとしたカジノと客が対立する構図で成り立つゲームに関しては、カジノ側が客の勝利を祝福するケースも多い。
お客様が至福の一時を満喫し、勝利を手にすることを願っているというのが、カジノ側の建前であり、長期的なスパンで太客から搾取するための甘いマスクなのだ。
ディーラーがゲームに使用した四枚を破棄すると、レファリアは同額のチップを再度プレイヤーに賭けた。
同じ流れでカードが配られ、手元の二枚を表向きにした。
❤︎10と♦︎K──合計値の下一桁は0、最弱の手だ。
ディーラー側は❤︎2と♣︎K──合計値は2でレファリアに勝るが、双方の合計値がいずれも2以下の場合には、互いに一枚ずつ追加でカードが配られるルールがある。
これによりレファリアに配られた三枚目は♠︎5──下一桁を5にまで上げることに成功した。
続けて開かれたディーラー側の三枚目は♣︎9──合計値が21となり、レファリアの逆転勝ちという形で決着した。
レファリアは払い戻された、大金ではないにしても一人の女性が一夜で散財するにしてはかなり大きい額のチップを受け取り、それに相応しいリアクションを演じた。
その後は合計十三回ゲームに参加し、九勝四敗で勝ち越したところで席を離れた。
ディーラーたちの目を欺ける確信は得られていた。
最後に"騙されてくれてありがとう"の意を込めて、ゲームの進行を務めたディーラーに少額の祝儀を送った。
それから初めて都会の駅で降りた田舎者のような足取りでふらふらと歩き回り、しばらく時間を潰した後、マーチライトから指定されていたポーカーのテーブルに着いた。
テーブルではテキサスホールデムと呼ばれる形式のゲームが進行中で、最大十人が座れる半円形のテーブルには三人の先客が弧を描いて座っていた。
「どうぞ、お好きな席に」
ディーラーがゲームの傍らでレファリアに着席を促した。
ポップなミュージシャンを彷彿とさせる中性的な美声で、上機嫌な男の歓声にも、泣いている女の嗚咽にも聞こえた。
レファリアは素直にディーラーの指示に従い着席した。
ポーカーでは基本的に、途中参加が認められている。
空席に座ればそれが参加表明と見做され、次順から他のプレイヤーと同様に手札が配られるシステムだ。
少女は時計回りに数えて七番目の席に座った。
左隣にレザージャケットを着たスキンヘッドの男が座り、右側には空席を二つ挟んでサラリーマンらしい格好の線が細い男が、さらに二つ空席を挟んだ右端の席に派手なヘアスタイルをした年配の婦人が座っている。
この三人の中にターウィンズはいない。
現れるのはこれからだ。
レファリアは三人に向けて軽く会釈をした後、改めてディーラーへと視線を移した。
合図だ。
丸々とした薄水色の澄んだ瞳が特徴的なあどけない顔に、エギゾチックな雰囲気を演出する細やかな銀髪の子供がそこにいた。
面貌だけでなく、筋肉もなければ曲線美もない未成熟な体躯までもがそうであるように、風貌から声までなにもかもがえらく中性的で、姿態からは性別の判別ができない。
レファリアからは二十歳そこらに見えた。
けれども、そう見えるというだけで、彼が二十歳ではないことを知っていたし、能力で性別から年齢からなにまで自由自在に誤魔化し、誰にでも扮装してしまうことこそ、彼が冠する"素顔のない道化師"という異名の由来なのだということも、直々に聞かされていた。
えらく華奢な指で軽やかにカードを捌きながら、レファリアが現れるのを待っていた幼きディーラーこそ、計画に加担する五人目のメンバーなのだ。
男であると同時に女でもある彼は乱数かなにかのように、仕事を請け負うたび別人へと化けてきた。
彼を探し出してスカウトするのには、絶対の情報網を持つマーチライトでさえ苦労させられた。
マーチライトが初めて会ったとき、彼はハイスクールに通う女子学生に化けていたし、資産家の両親から「交通事故を起こしてしまったから相手に払う慰謝料を工面してほしい」という口実で大金を騙し取るためにそうしているのだと告げられた二日後には、被害者を騙る老父に化けていた。
滑稽に騙された夫妻が泣きついた弁護士も彼だった。
それから三ヶ月あまりが経ち、ハイスクールに通う女子学生と新米の弁護士の遺体が発見されたというニュースが報道されたときには、次なる詐欺のために不動産コンサルタントへと化けていた。
カジノディーラーの制服である黒色スーツの胸に縫い付けられたネームプレートにあるラミル・ヴィトゥという名前の持ち主も、彼に成り代わられた今では、既にこの世を去っているに違いない。
今は彼がラミル・ヴィトゥで、ラミル・ヴィトゥとは彼のことを指す固有名詞なのだ。
彼が本当の意味で"誰なのか"に関しては、レファリアたちでさえも知らされていなかった。
ラミルは博識で、カジノゲームに疎かったレファリアにルールやら基本戦略やらを丁寧に教えてくれたのも彼だ。
大学で理論物理学を扱う教授に変装した経験があると語ったラミルの指導は明瞭で、レファリアがカジノのあれこれを網羅するまでに一晩で事足りた。
席に着いてから初めて配られた自分の手枚──❤︎3と♣︎5が勝負するには心許ないことも、きちんと教えられている。
レファリアは手札を裏向きの状態でラミルに返し、フォールドを宣言した。
手札を放棄して今回の勝負を降りるという選択肢だ。
配られた手札は回収され、しばらくは待機となる。
テキサスホールデムは、最初にプレイヤー全員に対してそれぞれ二枚ずつ裏向きで手札が配られ、各々が手札を確認した後、ディーラーが三枚、一枚、一枚と三回に分けて合計五枚のカードを表向きでテーブルに並べていき、プレイヤーたちは配られた裏向きの手札二枚と表向きにされた五枚の合計七枚から任意の五枚を組み合わせた役を作り、その強弱を競うというのが、基本的な流れだ。
これを時間が許す限りで繰り返し、チップを奪い合う。
そこにゲーム性とギャンブル性を加えるのが、ポーカーの醍醐味でもある駆け引きだ。
全員に手札が配られたとき、三枚が公開されたとき、同様に一枚と一枚がそれぞれ公開されたとき、プレイヤー全員が時計回りに順番でアクションと呼ばれる選択をする。
選択肢は次の五つだ。
チェック──現在の金額を維持する。
ベット/レイズ──金額を任意の額まで引き上げる。
コール──相手と同額を賭ける。
オールイン──手持ちのチップを全て賭ける。
フォールド──賭けたチップを放棄して勝負を降りる。
先刻はレファリアが手札を配られた後、初回のアクションでフォールドを選択したという流れだ。
フォールドはポーカーの基本となる行動で、一般的には七割以上の確率で選択するものだとされている。
フォールドを選択しても、座っているテーブルでゲームに参加する資格が失われるわけではない。
"一回休み"のようなものだ。
次順になればまた手札が配られる。
今回の勝負は婦人が勝ちを収めた。
続いて配られた手札は♣︎Jに♣︎Qとかなり強い。
最上位のカードとなるAを含めて10以上の数字を二枚引き込めていれば上場で、今回のようにスートが揃っている場合には同一のスート五枚で成立するフラッシュという強い役も狙えるため、より強固な手札という具合だ。
少なくとも易々とフォールドするような手札ではない。
ポーカーでは一般的に、アクションを行う順番は手札が配られる毎に変わり、ボタンと呼ばれる"誰が最後にアクションを行うか"を示すカップケーキサイズの円盤は今回、婦人の前に置かれている。
ボタンは手札が配られる毎に時計回りに動かされ、アクションはボタンを所有する者の左隣から行う。
このとき忘れてはならないのが、強制参加料だ。
共用となる表向きのカードが開かれる前──手札が配られた直後に行われる初回のアクションに限り、ボタンの左隣とさらにその左隣は、アクションが強制参加料に固定され、自由な選択ができるのはボタンから数えて三番目に座るプレイヤーからとなる。
十ドルのチップをサラリーマンが一枚、レファリアが二枚強制参加料として手前に出し、スキンヘッドの男が五十ドルのレイズを返した。
最有利な位置とされるボタン保持の婦人が即座にコール、サラリーマンはフォールド、最後にレファリアがコールで初回のアクションが終了した。
レイズに対して更なるレイズが宣言されなかった場合には現在の金額で合意となり、ゲームが進行する。
ラミルがそれぞれが手前に出したチップを一箇所に集め、小さな賞金の山を作った。
そこに積まれた合計百三○ドルのチップが、現時点で今回の勝負に勝った場合に得られる金額というわけだ。
ラミルは二日前に徹夜で覚えたとは思えない達者な手捌きで三枚のカードを表向きにした。
♦︎A、♠︎Q、♣︎4だ。
現時点でレファリアはQのワンペアが確定している。
残りの二枚でJが出ればツーペア、Qが出ればスリーカードとなり、二枚連続で♣︎ならフラッシュ、Kと10の組み合わせならストレート、さらにはフルハウスやフォーカードが成立する可能性も残されているが、あまり現実的ではない。
今回はサラリーマンがフォールドしているためボタンの左隣はレファリアという扱いになり、様子見を選択した。
同様にスキンヘッドと婦人もチェックだ。
ラミルが四枚目のカードを表向きにした。
❤︎2だ。
フラッシュとストレートは否定された。
フルハウスとフォーカードも。
レファリアは呆然と、夢が潰えて薄味の中途半端な希望だけが残されるような感覚が、現実に酷似していると感じた。
自分には悪運しかない。
それなら静観だ。
再度チェックで一巡した。
五枚目は♣︎10だ。
結局、悪運以上のモノは与えられなかった。
レファリアは手札の二枚とテーブルに並べられた五枚を交互に見て、考えるフリをした。
様子見するべき場面だということは即座に判断できたが、目先の勝敗には興味がなかった。
今はターウィンズが現れるまでの前戯として、他の客から見て自然にポーカーを遊べているかを試している状況だ。
暗殺者だという事実が露呈しない範囲で上手く調整して、場に慣れる必要がある。
マーチライトから経費として預かった数十万ドルを増やしたところで、彼の財布が肥えるだけだ。
それで奢ってくれるようなタイプでもない。
レファリアは数秒潰した後で、チェックした。
「ベット、七十ドル」
スキンヘッドのチェックを受けて婦人が勝負に出た。
金額が変動した場合には再度順番にアクションする流れとなり、チェックを除いた四つの選択肢を迫られる。
レファリアは思考を巡らせた。
相手がAを持っているかという疑念ではなかった。
どうするのが自然かで悩んでいた。
婦人の手札が弱いことなど初めから見抜いていた。
なにもラミルと共謀してなにかイカサマのような行為に手を染めているわけではない。
かつて刑事として体得した嘘に対する嗅覚が、婦人から虚勢の臭いを嗅ぎ分けたのだ。
レファリアには確信が持てなかったが、尋問を専務としていた元同僚であれば、数字まで言い当てたに違いない。
下手をすれば、スートまでも。
ポーカーは初心者でも、敏腕の刑事だ。
レファリアは確たる自信に基き、応戦を選択した。
スキンヘッドはフォールドで、レファリアと婦人の一騎打ちとなった。
表向きにされた婦人の手札は❤︎8と♦︎8、互いにワンペアの場合には、より高位の数字でペアを成立させているプレイヤーの勝利となる。
ラミルが二人の手札を回収して、賞金をレファリアの手元に移した。
チップと勝利を手にしても、心は踊らなかった。
ギャンブルの快楽は抗不安剤の代替品になりえないのだ。
それだけ過激な薬物に依存している自分に対して嫌悪を覚えたが、同時に抗不安剤の粗悪なミントフレーバーが蘇り、舌を焦がすような恋しさに苛まれた。
どうしようもなく、脳が渇いた。
それから合計八回のゲームが終わったときだ。
チップを大幅に減らしたスキンヘッドが不服そうに席を離れたそのとき、入れ替わるようにして、その男は現れた。
「ごきげんよう、綺麗なお嬢さん?」