第9話 番外編① ブタの末路
ピグナルドは乱暴に叩き起こされた。
目の前には武装した騎士の姿。たしか、今日の魔物討伐に参加する予定だった者だ。ウィルたちの班が、彼の元で囮役を務めるはずだった。
「人を待たせて寝ているとはいい度胸だな。これだからFランクは……」
見たところかなり苛ついている。
「おお、お待たせして申し訳ない。しかしこれには事情がありましてな」
「黙れ! どんな事情があれば役目を放棄して寝ていられるのだ! 予定とは違うが、貴様らでいい。さっさと付いてこい! 夕方までには討伐を済ませるぞ!」
「わ、私たちがか? なぜ? 囮役はFランクどもにやらせればよい。わざわざ監督官の私たちが出向く必要など――」
騎士は鞭を振るった。ばしんっ! と間近の地面で砂が弾けた。
「貴様らがそのFランクだろうが! 寝ぼけているなら、目覚ましを食らわせてやるぞ! さっさと他の者も叩き起こせ!」
「な!? なにを言うか失礼な! 私はあなたと同じBランクだ! 監督官長のピグ――ぷぎゃ!」
言い切る前に、激昂した騎士がピグナルドを鞭で叩いた。皮膚が裂かれ血が弾ける。
「つくならもっとマシな嘘をつけ! ピグナルド監督官長殿がそんな格好をしているわけがあるか!」
言われて初めてピグナルドは気付いた。
Fランク民のボロ服を着せられている。さらに、触ってみて分かったが、髪も刈られて坊主頭だ。倒れている部下の監督官たちも同様だ。この見た目ではFランク民にしか見えない。
クラリスにやられて裸にさせられたあと、またウィルに殴られたのは覚えている。そこから記憶がない。おそらく、気絶している最中に細工されたのだ。
陰湿な嫌がらせだ。Fランク民は、性根まで腐っている。
「ち、違うぞ、騎士殿! これを見てくれ! 私は本当にピグナルドなんだ!」
痛みをこらえながら、右手の甲を掲げてみせる。能力値判定の際に刻まれたBランクの印だ。これを見れば、すぐ誤解だと分かるはずだ。
「気を失っている間に、こんな格好にさせられただけなのだ!」
「最下級民は目まで悪いのか? それはどう見ても、Fランクの印ではないか!」
「なっ!?」
驚いて自分の手の甲に目を向ける。たしかにFランクの印だ。
「これはっ!? やつら、こんなところまで細工を……! 少し待ってくれ、こんなもの、強く洗えば――あぐっ」
ピグナルドは再び鞭に打たれた。
「茶番に付き合う暇などない! 屋敷で妻子が待っているのだ。夕食を共にするとな! それを邪魔するなら容赦はせんぞ!」
さらにもう一発。いよいよ痛みに堪えられず、ピグナルドは地面に転がって悶絶した。
「や、やめてっ、もう打たないで……!」
「ならば、さっさと立て! 仲間を起こして付いてこい!」
ピグナルドは、この場での説得を諦めざるを得ない。まともに話を聞いてもらえないのだから。
Bランクの証明として魔法を使って見せたいが、それで通じるかどうか。この騎士は、身体能力に秀でた分、魔力はからっきしのピグナルドとは正反対のBランクだ。魔法の良し悪しなど分からないだろう。
それに、下手なことをしたら、また鞭が飛んでくる。あの鞭は、魔法の発動より早い。ピグナルドには防げない。
そして、あの痛みが恐ろしい……。Fランク民どもは、よく鞭で打たれても働けるものだ。痛覚まで劣っているのだろうか。
仕方なしに命令を聞き、部下たちを起こして騎士に付いて行く。
部下たちもピグナルド同様、能力は魔力に偏っている。今は騎士に従うしかないと諭し、機会が来たら誤解を解こうと話をつけた。
その機会とは、魔物討伐だ。
囮にさせられた自分たちが、BやCランクとしての魔法の実力で魔物を圧倒すれば、この騎士も話を聞いてくれるはずだ。
そう考えていたのだが……。
魔物の巣となっている洞窟への突入直前。騎士が口にした言葉に、ピグナルドたちの顔は真っ青になった。
「教えておいてやるが、これから相手をする魔物は魔法を無効化するらしい。使えたとしても魔法などに頼らず、せいぜい上手く逃げ回ることだ」
「そ――そんなッ!?」
予定変更。今すぐ誤解を解かなければ!
そう思った矢先――。
グルルルルル……ッ!
巣から魔物が姿を現していた。分厚い体毛に覆われた、モグラに似た形。その大きさは馬や牛の3倍はあろうか。そんなやつが数匹も出てくる。
すでにピグナルドたちは目を付けられている。誤解を解く暇などない!
全力でその場から逃げ出す。魔物はピグナルドを追ってくる。図らずも、囮の役目を果たしてしまっている。
「はははっ、いいぞその調子だ! そのまま引き付けていろ! 私が他のを殺すまで時間を稼げ!」
騎士は他の魔物と戦いだす。助けは期待できない。
ピグナルドは一縷の望みにかけて、魔物に魔法攻撃を試みるが、やはり通用しない。逃げる以外に手段はない。
だが、並以下の身体能力で、ぶくぶくに肥えた体だ。早くも限界に近づいている。
「はぁ、はぁあ、うぁあ! なぜ私がこんな目に遭うんだぁああ~!」
この日以降、ピグナルドが収容所に現れることはなかった。