第61話(最終話) 最大の功労者
「そしてもうひとり――」
おれの声に、みんなは静まった。
「――ルーク。ルーク・ファルニア、その生命でおれたち全員を守ってくれた。その献身、志を讃えて、『永遠の友』と呼ばれてくれ……」
その言葉に、応じる者はない。『昇華の叙任』も発動しない。するわけがない。
このスキルが、死人にも効果があったなら……。ルークにもう少し時間を与えられただろうか?
もしおれがこのスキルをもっと前から有効に使えていたなら、ルークは生命をかけなくても良かったのではないか……?
それ以前に、おれがもっと上手く立ち回れていたなら……?
……よそう。過去は変えられない。
後悔も、哀しみも、すべて未来へ歩むための力とするべきだ。
そうだろう、ルーク……?
黙祷のような静寂ののち、おれは踏ん切りをつけて顔を上げた。
「では、叙任式を終わる。続いて、今後の方針だが……」
「待って!」
手を上げたのはクラリスだった。
「功績といえば、誰か忘れてない?」
「いや? 誰かいるのか? おれが見ていないところで活躍があったのなら申告してくれ」
「もうっ、分からないの? 一番の功労者なのに?」
「それほどの者なら、分からないはずがないんだが……」
するとクラリスは肩をすくめた。近くでダンやエレンも苦笑している。
本当に分からない。誰だ?
考えていると、やがてクラリスはおれの前に出てきて、指でツンとおれの胸をつついた。
「ウィル様のことだよ?」
「おれ、か……?」
「そうだよ。わたしたちを助けてくれて、守るために何度も戦ってくれて、勇気も力も、希望もくれた……。ウィル様はわたしたちを褒めてくれたけど、そもそもウィル様がいなきゃ、わたしたちは戦うことだってできなかったんだよ。一番、褒められるべき」
「おれは、上に立つものとして当然のことをしてきたまでで……」
「そんなのどうでもいいの。わたしが……わたしたちが、ウィル様に言いたいの!」
クラリスが後ろのみんなにちらりと目を向ける。みんな、同意の目を向けたり、頷きを見せていた。
「ウィル様……ありがとう。これまでの功績を讃えて、感謝を込めて、わたしたちの『総統』にあらためて任命します。……なんて、もうそうしてくれてるけど」
クラリスの微笑みに、おれは笑みを返す。
「ああ。謹んで、拝命するよ」
「うん。本当は、褒賞品とかあげたいんだけど、まだ用意できてないから……代わりに、今あげられるものをあげるね?」
「そんな無理をしなくていいんだぞ」
「いいの。わたしがあげたいんだから」
するとクラリスは、じっと上目遣いで青く綺麗な瞳を向けてきた。なぜだか、少しずつ頬が紅潮していく。
しかしそのまま止まったまま。
なにをする気なのだろう?
「……クラリ――!?」
呼びかけようとした瞬間、意を決したクラリスが、一気に顔を近づけてきた。
その唇が、おれの唇に触れて、離れる。
それを見ていたみんなが、「おおー」とざわめく。
なんだ今のは?
キスか? おれはキスをされたのか? クラリスに?
顔がどんどん熱くなっていく。
「く、く、クラリス?」
クラリスは顔を真っ赤にしながらも、じっとおれを見つめ続けていた。
「ご、ご褒美だから。ウィル様、頑張ってたから、これくらいあってもいいよね?」
おれはクラリスを正面から見ることができない。
「あ、あぁ……あ、ありがとう……」
ありがとう、でいいのか? なにか他に気の利いた返事があるんじゃないのか?
……思いつかない。
おれが狼狽えてなにもでできずにいると、事態はさらに進行してしまった。
「それがウィルのご褒美になるのか? じゃあ、あたしもしてやるぞ!」
ミラが勢いよく抱きついてきたのだ。
急なことで対応できず、おれは押し倒されてしまう。そこにミラが顔を近づいてくる。
「おい、ミラ、待て待て」
「なんでだ? ご褒美だぞ、いらないのか? って、うん?」
「だめ」
クラリスがミラを捕まえて、その動きを止めていた。
「なにするんだよ、クラリス」
「わ、わたしがもうあげたからミラはいいのっ!」
「クラリスばっかりずるいぞ! ウィルにご褒美、あたしもあげたいのに。ウィルも、いっぱいもらえたほうが嬉しいよな?」
純真無垢な瞳を向けられても、おれにはなんと答えればいいのか分からない。
「あ、あのな、ミラ……これは、その……」
「エレン! アメリア! ゲン! 他のみんなもおいでよ! みんなでウィルにいっぱいご褒美あげよう!」
あろうことかミラは他のみんなにも呼びかけてしまった。
さすがに男性陣は苦笑して動かないが、女性陣はなぜか迷うような様子を見せた。
「えっとぉ……これ、私も行ったほうがいいのかなぁ?」
頬を赤らめ、満更でもない様子のアメリアである。
「いや、もうなに言ってんの。こらー、ミラもクラリスも、悪ふざけが過ぎるわよ!」
エレンがおれからミラを引き剥がしてくれた。ミラは文句を言っていたが、エレンに黙らされる。それからエレンはおれにジト目を向けてきた。
「まったく。しっかりしてよね、ウィル《《総統》》」
「面目ない……」
「次からは騒ぎにならないように、して欲しい子を個別に呼びなさいよね」
「……なぜする前提なんだ」
そんなこんなで賑やかになってしまい、今後の方針を話すまで時間がかかってしまった。
が、これはこれでいいとも思う。
自由で、楽しく、幸福感のある組織。
この組織を、その名の通り『永遠』に続けられればいい。
そう願い、決意することのできる、温かなひとときだったから――。