第52話 決死の巨大戦
ルークは、2体目の巨獣を見上げていた。
鋭い大きな1対の角を持つ青い鱗の巨竜、ブルードラゴスだ。すでに交戦中の赤い巨竜のテルミドラスよりは格下だが、それでも巨獣の最強格。ルークのゴーレムより強いことは間違いない。
このままでは、守りきれない。
ルークは横目に、秘密基地のほうを見やる。
基地を放棄して脱出するべきだと伝えたいところだが……。
連絡手段がない。
自分が伝えに行こうにも、ゴーレムから目を離せば突破されてしまう。すぐ秘密基地が焼かれてしまう。ウィルたちがいる、あの大切な場所が。
「このまま足止めしかない……か? 気づいてるよな、ウィル様……?」
ウィルなら、この状況にきっともう気づいている。巨獣が2体いることまでは分からなくとも、危機が迫っていることは察してくれるはずだ。
なぜなら、秘密基地を焼くならば、侵入したダミアンは巻き添えを食らう前に必ず脱出するからだ。ウィルがそれを見て、察せないわけがない。みんなに脱出を指示するはず。
ならば、この場を持ちこたえればいい。
ルークは2体を一度に相手にしないよう上手く立ち回りながら、牽制攻撃を加えて進行を阻止しようとする。
だが。
「ぐっ、ちくしょう……!」
さすがに相手は2体。何度も攻撃を受け、ゴーレムの体が砕ける。その隙に、一歩、二歩と秘密基地に近づいていってしまう。
先行したブルードラゴスに追いすがるが、そこにテルミドラスが突進してきた。ゴーレムは、ブルードラゴスごと地面に倒れてしまう。
すぐ起き上がったブルードラゴスは、さらに秘密基地へ歩を進める。
ルークは歯を食いしばる。焦りが、恐れが、心臓を高鳴らせる。
脱出には、最低でも10分はかかるだろう。もしまだゾルグやユリシスと交戦しているなら、もっとかかるかもしれない。
とてもじゃないが、そんな時間は稼げない。
「どうする……? どうすりゃいい……?」
頭の片隅に、方法は示されている。
見捨てて逃げるという選択肢。そして次の機会を待つ……。
あり得ない。
この一週間、ウィルたちといて楽しかった。満たされていた。家族と共に在るようだった。
まるで前世で、両親と妹が揃っていた頃のようでさえあった。
ルークの願いは、妹の無事と幸せだ。
だからこそ、妹と似た境遇の者を見捨てることはできない。家族を、もう見捨てられない。
選ぶなら、もうひとつの選択肢。
――巨獣を倒す。
できるはずだ。命さえ、懸ければ――。
「守る。ひとりでも、ひとりでも多く守る。守るんだ、オレは……!」
スキル『献魂の守護者』で、ゴーレムにさらなる力を注ぎ込む。
新たな力を得たゴーレムは、力強く起き上がる。巨体に似合わない軽やかな動きでジャンプ。ブルードラゴスの後頭部に、飛び蹴りを食らわせた。
その動きにテルミドラスが反応。突進してくるが、その力を利用して投げ飛ばす。地面に叩きつけられて、テルミドラスは苦痛に呻いた。
その隙にブルードラゴスの正面に回り込み、格闘戦を挑む。
圧倒……とまではいかない。だが互角。本来、大きく力の劣るゴーレムが、巨獣相手に互角に殴り合えている。そしてダメージを受けても、すぐ体を再生成して戦いを継続する。
ルークは胸を押さえ、歯を食いしばりながら操作している。
劇的なパワーアップを果たしたゴーレムだが、その力の源は、ルークの生命そのものだ。
ゴーレムは、魔力で動いている。しかしその巨体を駆動させるだけの魔力は、Aランクのルークでも持ち合わせてはいない。
その魔力の源は、生命だ。スキルによって、ルークの生命を魔力に変換して使っている。
普段は安全圏で使っていた。魔力はゴーレムの中で循環され、大部分は消費されない。ゴーレムが完全破壊されなければ、スキルを解除した際に、魔力は生命に再変換されて戻って来る。せいぜい寿命が数分から、多くても数時間減る程度で済む。
だが今は違う。ゴーレムに注ぎ込んだ魔力を、すべてパワーとスピードの増幅と再生に消費している。
《《消費》》しているのだ。
強い力を出すほど、素早く動くほど、ダメージを受けるほど、ルークの寿命は数ヶ月単位で削られていく。
必死の戦いの中、ルークは気づく。
テルミドラスの動きがおかしい。
基地に直進するわけでもなく、ブルードラゴスを積極的に援護しているわけでもない。むしろゴーレムとブルードラゴスの双方を、敵視しているような印象を受ける。ゴーレムが立ち塞がるから、ゴーレムの相手をしているだけという感じだ。
一方のブルードラゴスは、秘密基地に狙いを絞っている。
それで理解する。
今、ダミアンが操作しているのはブルードラゴスだけだ。テルミドラスは、操作が解除され、今は自由意志で暴れている。自身を脅かしうる他の巨獣とゴーレムがいるから戦っているだけなのだ。
ならば、こちらも狙いを絞れる。
ルークはテルミドラスを放置して、ブルードラゴスとの戦いに集中する。
お陰で勝機が見えた。一瞬の隙。
逃さず、ゴーレムの手刀で、ブルードラゴスの胸部を貫いた。
大量の出血とともに、ブルードラゴスの全身から力が抜ける。
仕留めた――!
ルークがそう確信しかけたとき。
――ガァァアアア!!
ブルードラゴスは息を吹き返した。頭部を振りかざし、鋭く大きな角でゴーレムを刺し貫いた。
頑強な胸部が砕け、ぽっかりと大きな穴が開く。
それは、ルークの胸に穴が開いたも同じだった。
「ぐ、あ……」
ブルードラゴスは今度こそ力尽き、ゴーレムとともに倒れる。
そしてルークもまた、その場に倒れ伏すのだった……。