第47話 天才Fランク魔法使い VS Bランク魔法騎士
「肉弾戦なら勝機があると思ったのか? 浅はかな」
Bランク騎士ユリシスと一騎打ちの形となったクラリスは、さっそく肉弾戦を仕掛けてみた。しかしユリシスの動きは軽やかで、通用しそうにない。
収容所の監督官長ピグナルドと同じ、魔法特化のBランクと聞いていた。それなら身体能力は劣るものだと思っていたのだが、違うらしい。
どうやら、目の前のユリシスとかいう騎士は、ピグナルドほど魔法に特化していないようだ。その分、身体能力は勝っているのだろう。
クラリスには、そのほうが不利だ。でも。
「わかってたもん。あわよくばって試しただけだもん!」
「まるで他に勝機があるかのような言い方だ。なにを企んでいるかは知らないが、ランクの差は絶対だということを思い知るがいい!」
ユリシスは距離を取り、一度に《《5発》》の火球を放ってきた。
ルークから聞いている。スキル『重複展開』だ
『二重魔法』に似ているが違う。あれは同時に2種類の魔法を操るスキルだが、これは1種類の魔法を同時に複数発動させるスキルだ。
ユリシスの放つ程度の火球なら、クラリスなら無効化できる。だが、ひとつを無効化する間に、残りの4発に当たってしまう。かといって回避も不能。5発全部が別々の軌道を通っているがために、クラリスの足ではどの方向に逃げてもどれかは命中してしまう。
ならば足以外も使えばいい。
クラリスは、ステップを踏むのと同時に魔力で地面を隆起させる。隆起の勢いが足に伝わり、高速での回避を可能とする。
すべての火球を見事回避しきってみせれば、ユリシスは目を見張っていた。
「ほう。そんなかわし方があったか」
「ランクの差なんて、絶対じゃないってわかった?」
「いや、ふふふっ、絶対だよ。その魔法を編み出すのにどれだけかかった? 実践できるまでどれだけ努力した? そこまでしなければ戦えない。それこそ、お前たちが弱い証拠だ」
「なに言ってるの? こんなの、今思いついて、すぐ試しただけだけど」
「なに?」
「ん?」
純粋に首を傾げるクラリスだ。
そういえばウィルは、そのことを凄いと褒めてくれていた。他の者にはできない、と。クラリスはあくまでFランクにしては凄いのだと思っていたが、どうやら――。
「あ、そっか。Bランクでも、即興で魔法作れないんだ? ふぅーん」
「う、嘘を付くな、そんなことできる者などいやしない! い、いや、魔力の質も量も劣るから、そんな無駄な才能で対抗するしかないのだ! ランクの差が覆ったわけではない!」
「負け惜しみ?」
「バカが、Fランクごときになにを負け惜しむことがある。だが、惜しいと言えば惜しい。お前の才能、ここで散らすにはあまりに惜しい。そこで提案だが」
「付いてこい?」
先読みして食い気味に問うと、ユリシスは笑って頷いた。
「そうだ。特別に生かしてやる。私のもとで働け。他のFランク民よりいい仕事をくれてやる。監督官の補佐だ」
どくんっ。クラリスの心臓が高鳴った。
「ここはもうすぐ全滅する。無能な仲間に囲まれているより、上位ランクに仕えるほうがよほど有意義だ。もしかしたら長生きすらできるかもしれんぞ」
どくん、どくんっ。嫌な鼓動だ。
ユリシスの言葉は、収容所時代を思い出させる。
ピグナルドに魔法の才能を認められ、初めはそれで少しはマシな生活になるかと思った。すぐに違うと思い知らされた。
ピグナルドには怒鳴られ、殴られ、他の監督官からも乱暴に扱われた。いつもの肉体労働に加え、ピグナルドたちの手伝いをやらされるから休む時間は減った。呼び出されればいつも仲間のFランクを痛めつけさせられた。そして仲間からは疎まれ、孤独になっていった。
実を言えば、ピグナルドをこの手で倒した今も、たまに悪夢を見る。あの嫌な怒鳴り声が幻聴で聞こえるときもある。
でもそれらの最後には、必ずウィルが現れる。クラリスを導き、ピグナルドを蹂躙して裸にしてやった勝利の記憶が、クラリスを支えてくれる。
だから、こんなことを言うやつには従わない。
「どうした。目をかけてやると言っている。喜んで尻尾を振れ。私の靴を舐めろ。身に余る幸運だろうが」
クラリスは思いっきり息を吸って、大きく舌を出した。
「べーっ、だ! あなたこそ、ウィル様に泣いて命乞いでもすればいいんだ。そしたら見逃してもらえるかもよ」
「こ、この私に、Fランクに命乞いしろと……!?」
「そうだよ、バーカ! ざぁ~こ! あなたなんか、わたしひとりにだって勝てないんだから!」
「ほざけ最下級民が!」
ユリシスは激昂して魔法を放った。今度は両手で、同時に10発の火球。
先ほどと同じやり方では回避できそうにない。
でも、回避の必要はそもそもない。
火球はすべて、クラリスから逸れて背後の壁や床に炸裂するのみだった。
「なんだ? なにをした。どうやって私の魔法を逸らしたんだ」
「わたしが逸らしたんじゃないよ。あなたが、自分で逸らしたんだよ」
「そんなわけ――う? なんだ、この感覚は?」
ふらつき始めたユリシスに、クラリスは薄く笑みを浮かべた。
「やっと効いてきたみたい。わたしが、ずっとあなたにかけてた魔法」
「魔法……? なんだ? いったい、なにを、したんだ?」
クラリスは笑ったまま、ユリシスを見下すように冷たく目を細めた。
「頭、パーになっちゃえ」