第45話 両親の仇、弱肉強食を語る者
ミラとママは、Bランク騎士のゾルグとユリシスに何度か追いつかれ、捕まりかけてしまった。
しかしそのたび攻撃魔法が飛来して、ミラは逃れられた。
ルークだ。ゴーレムで巨獣を抑える傍ら、ミラを援護してくれている。だが攻撃魔法を撃つたびにゴーレムには隙が生じ、巨獣に押されてしまう。すぐゴーレムの操作に戻ってしまうため、援護は断続的だ。
でも問題ない。もう辿り着いた。誘導先の、もうひとつの出入口に。
「ルーク!」
ミラは一声だけかける。ルークはこちらに一瞥だけして、ミラに親指を立てる。ゴーレムを操るのに必死らしく、反応はそれだけだったが心を通じさせるには十分だった。
秘密基地へ繋がる通路を駆け抜ける。
ユリシスとゾルグは迷いなく追いかけてくる。
「おうちに案内してくれたのか」
「今日は家に親がいないの、ってか? ならヤるしかねえなあ!」
「お友達はいるようだぞ」
ミラの進行方向に、仲間がひとり待ち受けている。ママを救ってくれた恩人のひとり。
「クラリス! 連れてきたぞ!」
「うん、やるよ!」
クラリスが通路を埋め尽くす炎の魔法を放つ。
ミラとママは、炎に呑まれる直前に左の通路へ逃れる。背後のゾルグやユリシスには、逃れられる隙間はない。
「ゾルグ、下がれ!」
ユリシスが防御魔法を展開。炎を防ぎ切る。
直後、ゾルグがミラを追いかけてくる。
「おいユリシス、そっちは任せたぞ!」
「いいとも。こっちの子も素材がいい」
ユリシスとやらは、クラリスとやり合うつもりのようだ。
これで分断作戦は成功だ。
あとは、それぞれが引き受けた敵を倒せばいい。
ミラは戦いやすい広い部屋にまでゾルグを誘導すると、ママから飛び降りた。あらかじめ配置しておいた骨の槍を手に取り、ゾルグを迎え撃つべく振り返る。
「鬼ごっこは終わりかぁ? へっへっ、よく見ると、やっぱりそそるぜぇ。最近はダミアンの野郎のせいでご無沙汰だったからなぁ。たっぷり楽しませてもらうぜ」
遠慮なく舐め回すようなゾルグの視線に、ミラは嫌悪から震えが来る。
仲間の男性陣から向けられるムズムズする視線とは違う。その感情を言葉にして吐き出す。
「気持ち悪いやつ」
「すぐ気持ち良くしてやるよ」
ぐるるる、とママが姿勢を低くして唸り声を上げる。
「まずは邪魔なペットをぶっ殺してやるかねぇ!」
ゾルグは剣を抜いたかと思ったら、即座にママに斬りかかっていた。ミラには見えなかった。きっとママ以外のウルフたちにも反応できなかっただろう。
だがママは剣を弾き返していた。甲高い音が響く。
「なんだ? 金属……!?」
ママの左前足が傷ついた。しかし血は出ない。義足を本物に偽装していた毛皮が斬られただけだ。義足そのものは無事。
一瞬戸惑うゾルグに、ママはその義足の爪で襲いかかる。
再改造で追加された『ヒートネイル』だ。
間一髪回避されるが、ゾルグの衣服の一部を引き裂いた。そして――。
「あっちっ、あち!?」
衣服に火が付く。すぐ叩いて火を消すゾルグである。そこにママがさらに追撃する。
剣でママの爪を弾きながら、徐々に後退していく。
「爪が、熱い!? 変な特殊能力を持ってやがる! しかも俺の動きに対応してんのか!? ダイアウルフごときが!?」
ぎろり、とミラを睨みつけてくる。
「てめえの仕業か!? 忌み子のスキルは魔物の強化までできんのか!?」
「そんなわけないだろ!」
隙を見て槍を突き出す。ミラの動きでは簡単に読まれ、かわされてしまうが、すぐママが追撃してくれる。
しかしながら、攻撃がかすりもしなくなってきた。ゾルグは、だんだんと落ち着いてきたらしい。
「チッ、忌み子をとっとと殺処分する理由がよくわかったぜ! でもよ……へへっ、いい女になるなら、生きてた価値はあったかもなぁ」
またミラの体を舐め回すような視線。べろりと舌なめずり。
ミラは嫌悪を込めて睨み返す。
「いいねえ、そんな目をするやつに解らせてやるのがいいんだよなぁ。って、ん? なんか似てんなぁ? おめー、名前はなんつーんだ?」
「ミラだ。文句あるか」
「ミラ! そうだぜ、思い出した。あんときの人妻、その名前を呼びながら泣いてやがった。お前だったのかよ、うちの領地で出た忌み子は。結構遠くまで来てやがったなぁ」
ミラは息を呑んだ。お母さんを、知ってる?
「お前に似ていい女だったぜぇ。へへっ、味見もしといたが、具合も相当良かったなぁ。こりゃあ娘も期待できるぜ、ぐひひひ」
「味見? 具? お前、あたしのお母さんを食べたのか!?」
「あん? くひひっ、そうよ、美味かったぜぇ」
「お、お父さんは、どうしたんだ」
「許してくれ許してくれって、あんまりしつっこいからよぉ、お楽しみを見せつけてやったぜ。へへっ、泣きながらおっ立ててたなぁ。男として情けねえったらねえが、まあ、弱肉強食ってやつだよなぁ! 強えってことはなにしてもいいってことさぁ!」
ミラには、ゾルグが言っている意味がよくわからない。
「お父さんも、食べたのか?」
「食わねーよ男なんざ。けどまあ、おめーをどこに捨てたのかだけは最後まで言わなかった。その根性だけは認めてやったよ」
言ってから、ぶふっ、とゾルグは吹き出す。
「認めてやった分、ずいぶん長く楽しませてもらったぜ。ひゃははははっ」
ミラには本当にゾルグの言葉がわからない。ただ、両親をひどく苦しめて殺したのだけはわかった。命懸けで自分を守ってくれた両親を。
ミラの心が、怒りに熱く燃えたぎる。
「お前は、殺す。もとからそのつもりだけど……絶対に殺してやる」
「あ~、いいねぇ。その目、そそるぜぇ」