第44話 上位ランク蹂躙
ミラとママウルフ率いるダイアウルフたちは、予定のコースで敵を引き付けていた。
追いかけてくるBランク騎士ふたり。その足について行けず、遅れているCランク上級兵たち。
頃合いを見計らって、ミラはウィルから渡されていた煙幕玉を、騎士と上級兵の間を狙って投げ込んだ。
ぶわっ、と煙が敵を覆う。
「無駄だ。こんなもので逃げられると思うな!」
影響の薄い位置にいた騎士たちは、煙幕を突き抜けて迫ってくる。
だがその背後、煙幕のど真ん中にいた上級兵たちはそうはいかない。森の中、視界を塞がれたまま走るなんて危険すぎる。少なくとも速度は落ちる。そしてミラたちや、騎士を見失う。
そこにママウルフを除いた5頭のダイアウルフが襲いかかる。
倒す必要はない。どうせダイアウルフでは倒しきれない。ただ注意を引き付ける。
煙幕が晴れる頃、ダイアウルフたちは再び上級兵たちから離れた。
「逃げるぞ! 追え!」
「ゾルグ様とユリシス様は!?」
「きっとこの先にいるはずだ!」
上級兵たちはダイアウルフを追いかけていく。
だが、ダイアウルフたちは、ミラたちとは別の方向へ誘導している。上級兵たちはそれに気づかない。
やがて森の中、大木の根の下に空いた洞窟に入り込む。
「ダイアウルフの巣か?」
「いやFランク民の隠れ家かもしれん」
「出入口はさっきのところじゃなかったのか?」
「情報じゃ出入口は複数あるらしい。口を割ったのは1箇所だけだったが」
「バカな狼どもだ。俺たちの知らない出入口に案内してくれたわけだ」
「どうせダミアン様は当てにならねえ。このまま俺たちでFランク民を殺っちまおう!」
「お楽しみはあるのか?」
「もちろん、女がいれば楽しんでから殺そうぜ! ゾルグ様やユリシス様には内緒でよ」
「いいねぇ!」
余裕の表情で笑い合う上級兵たちである。
実際、彼らは経験豊富な手練れである。5頭程度のダイアウルフはもとより、それより弱いFランク民が何十人いようが問題ではない。
その認識は、少なくとも、これまでは正しかった。
――ここでは違う。
暗い洞窟の中、上級兵たちは魔法の灯りを頼りに進んでいく。やがて石造りの通路に到達。
その先に、ぼんやりと別の灯りがあった。
「なんだ?」
上級兵たちが見たのは、複数人の人影だ。
「待ち伏せか!」
気づいたときには、攻撃が始まっていた。
待ち伏せていたのは、ゲンが指揮する保安班である。10人にも満たないFランク民。上級兵たちからすれば、問題にならない数のはずだ。
だがゲンたちの持つのは、新調された魔法銃。
それを全員で連射している。Cランクの上級兵と言えど動けない。
「魔法を撃ってきてる!」
「防御魔法を展開しろ!」
「落ち着け! どうせFランクだ。魔力はすぐ尽きる! そしたら蹂躙してやれ!」
上級兵は落ち着いて防御魔法で耐える。
「おい……まだか? あいつらまだ魔力がもつのか?」
「いや、もう切れたぞ!」
連射されていた魔法攻撃が途絶える。上級兵たちは魔力切れと判断し、即座に剣を抜いた。前進する。
しかしすぐ、再び魔法攻撃の掃射が始まった。
「ぐがっ!?」
勢いづいて先行したひとりが、何発も直撃を受けて倒れる。
「おい! くそ、もう一度防御を展開!」
「誰か治療魔法を!」
「なんなんだ? なんでFランクの魔力がこんなにもつんだ!?」
驚きと焦りがじわりと広がっていく。
彼らは知らない。ゲンたちが放つ魔法が、魔法銃によるものだと。魔力が尽きても、すぐ次の魔石を装填して撃つことができることを。
「耐えろ! 今度こそやつらの魔力は尽きる!」
「隙を見て撃ち返せ!」
「しかし、おい! こっちの魔力が……」
「こっちが先に魔力切れするなんてありえない! こっちはCランクだ! Fとはいくつランクが違うと思ってる!?」
上級兵たちは防御と攻撃の役割に分かれ、魔法で反撃を試みる。
しかし通用していない。
魔法銃に追加された、防御魔法機能がゲンたち保安班を守っているのだ。
「ちょっと待て! あいつら防御と攻撃を同時にやってないか!?」
「『二重魔法』!? バカな、そんなの使えればBランクだぞ!」
「でもよく見ろ! 全員がそうしてる!」
「なんでFランクごときが!?」
やがて再び魔法攻撃の掃射は中断されるが、今度は上級兵たちは動かない。やはり、すぐ魔法攻撃が再開される。
「お、おい? おかしいじゃないか……!? 相手はFなんだろう? 楽勝のはずだろ……?」
「あ、ああ、なんでFランク相手に、お、追い詰められてるんだ!?」
「だ、ダメだ……魔力が……!」
展開していた防御魔法が、次々に消失する。
それを確認したゲンたち保安班は、魔法銃を連射しながら前進する。
「うが!?」
「げぶっ!」
上級兵たちは、次々に直撃を受けて倒れていく。
「ち、ちくしょおおお!」
残った3人の上級兵は、やぶれかぶれとばかりに剣を振り上げ突撃する。
途中でひとりは倒れるが、ふたりはゲンたちに肉薄。いよいよ剣を振り下ろす。
しかし防御魔法に弾かれる。
そこに射撃を何発も受けて、最後のふたりも倒れた。
何人かはかろうじて息がある。ゲンはそれらの頭部に、二発ずつ撃ち込みトドメを刺していく。
最後のひとりが、震え上がって口を開いた。
「……あ、や、やめて……。殺さないで……。な、なんでもす――」
パン、パァン!
ゲンは聞く耳を持たず、射殺した。
「命乞いに情をかける必要はない……だったな、ウィル?」
ウィルの教えを、ゲンは忠実に守ったのだった。