第30話 無双する襲撃者
「ひぃいい~!」
あまりの力の差に、何人もの盗賊が恐慌して逃げ出そうとする。
襲撃者は見逃さない。凄まじい速さで接近、それらを背後から斬り捨てた。
「くそお、アメリア行けぇ!」
背中を押されて前に出されたのは、訓練所でしごかれていたアメリアだった。
押し出したのは、しごいていた連中だ。アメリアを盾にして、すぐ逃げ出そうとする。
襲撃者はアメリアに剣を一閃。そして逃げようとした連中を追い、やはり背後から仕留める。
逃げようとしていた者が、全員動きを止めた。逃げられない。むしろ、逃げようとした者から先に殺される。誰かを盾にしても、時間稼ぎにもならない。
恐怖と絶望が広がっていく。盗賊ボスも顔を歪ませている。
だが――。
「うっ、く、う……」
斬られたはずのアメリアが、起き上がろうとする。
誰もが驚くが、最も驚愕していたのは襲撃者だった。
「この私が、仕留め損なっただと……?」
アメリアはさすがに無傷ではない。左肩から右腰あたりまで斬られた傷は深く、出血がひどい。折れた剣を杖にして片膝になり、立ち上がろうとしている。
襲撃者は数秒の沈黙のあと、アメリアに歩み寄る。再び剣を振り上げる。
「今度は外さん」
「やらせるか!」
おれは咄嗟に、圧縮魔力を撃った。一瞬遅れてクラリス、ゲンも魔法を連射する。
襲撃者はこちらを一瞥もせず防御魔法を展開。すべてを弾く。そしてアメリアに剣を振り下ろす。
ダメか……!
いや? なんだと!?
アメリアは、またも生き延びていた。剣の軌道から体を逸らし、ギリギリ――服と皮膚が裂かれるほどのギリギリで回避していた。
それどころか、折れた剣を突き出してさえいた。
あいにくと鎧に弾かれ、襲撃者は無傷だったが、その精神的動揺は少なくないらしい。
「二度も? なんだ、こいつは?」
その動揺を盗賊ボスは見逃さない。
「今だ! 生きたきゃ殺るしかねえ、かかれぇえ!」
武器を振り上げ、絶叫する。
絶望していた盗賊たちは奮い立つ。全員で突っ込んでいく。
命令を下したボスが、それに乗じて逃げようとしていることにも気づかず。
襲撃者は、それを見過ごさない。
向かってくる者たちをかわして接近。ほんの一瞬で首を刎ねる。
勢いよく飛んだボスの頭は、部下たちの目の前に転がった。
「うぁあ、頭、頭がぁあ!」
再び戦意喪失。混乱する者、逃げようとする者、ヤケクソで挑もうとする者。そのすべてに襲撃者は剣を振るい、魔法を放ち、ひとりずつ、丁寧に殺していった。
その間に、アメリアは気を失ってしまう。
「まずい。クラリス、治療魔法だ」
「う、うん、でも」
クラリスが躊躇するのは分かる。普通に治療魔法を使っては効果が低い。かと言って開発中の治療魔法を使えば、アメリアの体力を消費してしまい、逆に危険な状態にしてしまう。
「大丈夫だ。これを使え」
おれは懐に入れっぱなしだった魔石を取り出した。例の高出力のやつだ。これなら普通の治療魔法でも充分な効果が得られる。
「応急処置でいい。完治させる時間はない」
「うん、分かってる」
クラリスが治療する間、おれはスキル『慧眼の賢者』でアメリアを解析しておく。
身体能力は低水準。魔力もほぼ持っていない。スキルもない。まさに絵に描いたようなFランクのスペックだ。
なのにSランクの攻撃を二度も凌いだ。
一度目の攻撃は、剣で防ごうとしたらしい。剣は折れてしまったが、わずかに斬撃の勢いを削いだ。さらに身をかわそうとしたことで、致命傷は避けられたのだ。
二度目は、おれたちの援護射撃で、ほんの少し襲撃者の動きが鈍った。そのお陰で回避に間に合ったのだ。さらに、身をそらす勢いを利用して折れた剣を突き出していた。
つまり、おれたちにはほとんど見えないSランクの動きが、アメリアには《《視えている》》。
そして適切な判断を下せている。
どちらもスペックには反映されていない、素晴らしい能力だ。
身体能力が低すぎるせいで、それらを充分に活かせていないようだが……。
「最後はお前たちだ」
盗賊たちを全員始末し終えた襲撃者は、ゆっくりとこちらに迫ってくる。
おれたちをジッと見つめ、やがて納得したのか小さく頷く。
「なるほど。一味違うFランク民。ビリオン領の収容所から脱走した者の一部だな」
おれは睨みつける。
「そう言うお前は、何者だ」
「私はダミアン・シンクレア。国王陛下の命により、貴様らを抹殺する」
「Fランク相手にいきなりSランクとは、過剰だな」
「貴様ら如きに陛下の御心は解るまい。さあ仲間の後を追うがいい」
「あいにく、周りで死んでる連中は仲間じゃない」
「そうだろうとも。お前たちの隠れ家は別にある」
「……ッ!?」
「盗賊どもを追っていて正解だった。やつらのひとりが、お前たちの隠れ家へ案内してくれたのだからな」
「……くそ、あいつ尾けられていたのか……っ」
「今頃、焼け死んでいることだろう。望むなら同じように火葬してやる」
左手に魔力の炎を出現させ、ゆっくりとこちらへ向けてくる。
その瞬間、おれは魔法銃を構えた。
「クラリス、ゲン! おれを支えろ!」
「なんだそれは? 武器か?」
わずかな戸惑いの隙に、おれは引き金を引いた。
バガンッ!
魔法銃が破裂して、大出力の火炎魔法が放たれる。
先ほどアメリアの治療に使った魔石を、ゲンの魔法銃に装填しておいたのだ。
支えてくれたふたりと一緒に地面に転がる。今のは、確実に直撃した。
「……やったか?」
「いや、まだだ」
ゲンの呟きを即座に否定する。Sランクがこの程度で倒せるわけがない。
激しい炎の中、人影が揺らいでいた。