第25話 番外編③ 脅威、接近中
脱走した37人のFランク民をひとり残らず抹殺せよ。
王より直々に命を受けたダミアンとルークは、ギルスの町に訪れていた。脱走事件のあった収容所は、森を挟んで向こう側だ。
「やっぱ収穫はなしかぁ。やれやれ、飲まなきゃやってらんねーかな」
昼間の酒場で、ルークは一杯やってしまっている。
仕事中にも関わらず、である。加えて、Aランクのルークが、Sランクのダミアンに利いていい口調でもない。
しかしダミアンはその態度を改めさせるつもりはなかった。ルークは特別だ。
低ランク庶民である両親から生まれたダミアンは、Sランクと判別を受けたあとは名家に養子として引き取られた。Sランクに相応しい一流の教育を受けるためだが、居心地は悪かった。
差別というほどのことでもないが、生家が庶民ということでいわれのない誹りを受けたことがある。社交パーティで仲間外れにされかけたこともある。下位ランクに陰口を叩かれているのも知っていた。
だがそんな中、ルークだけはダミアンを認めてくれていた。
自分より上のランクにも一切の物怖じをせず、下位ランクに必要以上に偉ぶることもない。誰にでも気さくに声をかける様子は、まるでランクの壁が無いかのようだった。
生まれたときからAランクの上級貴族として育ったはずのルークが、どうしてそんな性格なのかダミアンはいつも不思議だった。しかし彼のそばは居心地がいい。
友人として、多少のことには常に目をつむっている。
「収穫ならあった。森に面した町はここで最後だ。ここまで目撃情報がなかったということは、脱走者は未だ森に潜んでいると考えられる」
「予想が確定しただけだぜ。収穫と言えんのかね」
「問題はどこに潜んでいるか……。37人もいれば、身を隠すのも容易ではないはずだが」
思索を巡らすダミアンだったが、対象的にルークは笑う。
「ゴブリンとかその辺りの魔物に喰われて全滅しちまったのさ。ってことにして切り上げちまおうぜ」
「ルーク殿、それはあまりに無責任でいい加減ではないか。いつにも増してやる気がない様子だが、陛下のご懸念を忘れたか」
王は、下位は上位には決して逆らえぬという認識が崩れてしまえば、己の待遇に不満を持った者たちが次々と反乱を起こすかもしれないと考えている。由々しき事態だ。
「王様の言い分も分かるがな。過酷な労働やら、差別的な扱いやらに嫌気が差して逃げた連中を追い詰めるってのは、どうもね」
「それは私情だ、ルーク殿。あなたの分け隔てない心には私も救われたが、今は国家を一番に優先すべきときだ」
「オレはどんなときも私情を優先してーの」
片手で頬杖をついて、ため息混じりに返答するルークだ。
「テキトーでいいんだよ、こんな仕事。ダミアンくんはなんか理由をでっち上げて帰ればいい。あとはオレが上手くまとめてやるから」
「そうはいかない。ルーク殿、私もあなたの考えが少しは読めるようになってきた。察するに、脱走者の居所に目星がついているな?」
「……なんでそうなる」
「あなたは脱走者に情けをかけるつもりなのだ。それには、任務に忠実な私が邪魔なのだろう。だから早く帰らせようとしている。違うか?」
「さすがに違うって」
「では私は陛下に報告しなければならない。あなたが命令を軽視し、然るべき報告をせず、いい加減な仕事をしていたと。それでよろしいか?」
ルークは困ったように大きく息をついた。
「まったく。真面目なやつは融通が利かなくて良くねえや」
「目星について、話していただこう」
「居所の目星なんかついてない。ただ、オレはこの町の連中は、脱走者を目撃してると思ってる」
「まさか。町ぐるみでFランク民を匿っている、と?」
「そうじゃない。見た連中も、Fランクとは思わなかったんじゃないかな。最近ゴブリンを退治した、正体不明の連中がいたそうじゃないか」
「そんな話もあった。町の者は、どこかの貴族が正体を隠してゴブリンを討伐したのだと言っていた。ずいぶん酔狂な話だが、あり得なくもない。それが?」
「その正体が、Fランクの脱走者じゃないかってな」
「あり得ない。町の者も一瞬疑ったようだが、Fランクの者がゴブリンを倒せるわけがない」
「《《わけがない》》。そうだよな。《《できるわけがない》》んだよな」
「……なにが言いたい?」
「なにも言いたくない」
「そう言わず、考えを聞かせて欲しい。でなければ陛下に相談することになる」
「わかったわかった。言う言う。あのな、できるわけがないって言うなら、そもそもFランクがBランクの監督官長を倒して脱走なんてできるわけがないんだよ」
「……それは、確かに」
「だが実際にはやってのけた。なら、できるわけのないゴブリン討伐も、やれたと考えてもおかしくない」
「バカな……」
「そう思うなら忘れてくれ。オレのバカな妄想だとな」
「そうだな。行き過ぎた考えだ。Fランクを過大評価している。ルーク殿の想像力なら、劇作家としても活躍できそうだ」
「この辺じゃ盗賊も出るらしいしな。運良くそいつらと合流して、アジトに住まわせてもらってるってセンもある」
「それはありそうだ。まずは盗賊のアジトを探してみよう。どちらにせよ、盗賊は退治すべきだ」
「そうだな。それがいい」
「ではさっそく行こう」
「そう焦るなよ。まだ飲んでる途中だろ」
「アジト探しには手間と時間がかかる。取り掛かるのは早いほうがいい」
ダミアンは席を立つ。
「しょうがねえなぁ」
ルークはしぶしぶと残った分を一気に飲み干して、ダミアンに付いてきてくれた。