第13話 仕事と趣味
「おっ、ウィル様! 見回りかい?」
仲間たちに仕事を割り振ってから数日。秘密基地内を歩いていると、作業中の内務班に話しかけられた。
基地内の環境を整える者たちだ。食材の調理や、衣服や武具の作製もおこなう。魔法の研究など、生活や戦力の拡充に貢献する者もいる。おれやクラリス、エレンもこの班だ。
「まあな。なにか問題は起きてないか、見て回っている。どうだ?」
「ははっ、なにも問題なんかねえさ!」
彼らの今の担当は、基地内に灯りを増設したり、弱い箇所を補強したりといった作業だ。確かに見たところ順調のようだが……。
「予定よりかなり早いようだな」
「そりゃあ、みんなやる気いっぱいだからよ! なにせ、働けば働くほど自分の家が良くなっていくんだからな!」
そう言って楽しそうに笑う。収容所で働いていたときのように、生気のない目をしている者はひとりもいない。誰もが活き活きとしている。
「労働とは本来、そうあるべきものだ。いくら働いても自らに還元されない収容所での生活がおかしかっただけさ」
「……ありがとな、ウィル様。連れ出してくれたこともだけどよ、向いてる仕事をするのがこんなに楽しいって教えてくれて。なんていうか、生きてるって感じがするよ」
などとやっていると、入口のほうで元気な声が上がった。
「帰ったぞー! 今日もたくさん採れたぜー!」
食料調達班が帰ってきたようだ。
探索能力に秀でた者や、草木や動物に詳しい者たちだ。さらに外部での活動が主となるため、護衛として戦闘能力のある者も加えている。比較的魔物の少ない秘密基地周辺で、狩りや採集をしてきたはずだ。
そちらへ向かってみると、木の実やキノコ、野草に果物をどっさりと取ってきていた。加えて、小動物が数匹もある。
さっそく内務班の調理担当がそれらを受け取る。衣料・装備担当も、動物の皮や骨を目当てに駆け寄ってくる。エレンの姿もある。
その解体に、ゲンたち保安班も手伝いに加わる。侵入者の撃退を目的として、身体能力や戦闘センスの高い者を集めた班だ。
にわかに賑やかになっていく。まるでお祭り騒ぎだ。無理もない。これまで新鮮で美味い食事とは縁がなかったのだ。
「そろそろいい時間だな。お前も今日の仕事はここまでにしておけ」
話していた内務班員にそう告げたが、彼は難しい顔をした。
「いや、まだまだ。メシ食ったらすぐ続きを……」
「やる気があるのはいいが、働き過ぎるのはよくないぞ」
「働き過ぎって……。前と比べりゃまだ全然……」
おれはため息をついた。
「やれやれ。どうりで進みが早いわけだ。いいか、おれたちはもう使い潰される労奴じゃないんだ。代わりはいない。健康でなきゃ困るんだ。しっかり休め」
収容所では、過大な労働時間に対し、最低限の食事と休息しか与えられていなかった。規定の睡眠時間は6時間で、30分程度の食事休憩が2回。それに対し、労働時間は12時間を超えるのが常だった。残った時間は自由時間ではあるが、労働の準備や移動時間でほとんどが消える。
そんな過酷な生活で、健康が損なわれて命を落とす者もいた。魔物討伐の囮をされたり、鉱山採掘中の崩落に巻き込まれて死んだりする者と合わせて、Fランク民の平均寿命は短い。
長く収容所にいるほど死亡率が高まるので、生きているFランク民には若い者が多い。
せめてこの秘密基地にいる者たちだけでも、そんな環境とは無縁にしてやりたい。
「ウィル様はそう言ってくれるけどさあ、正直、他になにしてればいいのか分かんねえんだよな」
「好きなことをしていい。遊んでいいんだ。エレンなんかは、子どもたちに物を教える合間に服作りなんかしているぞ」
「いやでも、それ仕事みたいなもんでしょ?」
「いや違うな。おれは向き不向きで仕事を与えたが、これは自分の趣味嗜好で選んでいるのだから」
「じゃあ、オレの趣味嗜好で仕事を進めるってことならいいだろ?」
「そこまで言うなら構わんが……。趣味から新たな才能が開花することもある。できれば色々試すべきだと思うが……とはいえ、今の環境では選択肢が限られるのも事実か。ならば……うむ、よし」
その後、みんなで美味しく食事を取ったあとのこと。解散の前に、おれは声を上げた。
「以前より仕事時間が短くなったことで、暇を持て余しているやつが多いようだからな。そういうやつには、おれが最高の娯楽を教えてやろう。生活を豊かにし、一生楽しめる素晴らしい趣味だ」
「そんなのがあるの?」
「なになに? 楽しいこと?」
「ウィル様、その趣味って?」
興味津々の仲間たちに、おれは会心の笑みで告げる。
「学問だ」
「…………」
なぜか場がシンと静まった。
「さてと、お仕事の続きでもするかぁ」
「あたしもキリのいいところまでやっとこーっと」
ぞろぞろと解散していってしまう。
「ちょっと待て。なんだその反応は。学問は本当に素晴らしいんだぞ!」
「いやでもウィル様、オレたちが勉強しても、役に立つことなんてねーんじゃねーの?」
「そんなことはない! そうか、お前たち、読み書きのできない者も多かったな。さては食わず嫌いだな。許さんぞ、まずはやってみることだ。今日から毎日、労働時間後はおれが勉強を見てやる。全員参加だ。サボるなよ!」
「えぇーっ!」
「お前たちがおれをリーダーに選んだんだ。その決定には従ってもらうぞ。だが約束する。今後、必ず役に立つ日が来るとな!」
抗議の声は無視して、おれはさっそく読み書きと算数を教え始めたのだった。