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記憶にございません

作者: 里見 知美

「アナスタシア・レーノン公爵令嬢!私はそなたとの婚約を無効にする!」


 王立貴族学園のランチタイム。

 通常、王族は貴族学園には通わないのだが、その日第一王子アルフレッドが物々しく近衛隊を引き連れてカフェテラスに現れ、公爵令嬢に婚約無効を突きつけた。


「……無効?」

「え、破棄ではなくて?」

「というか、第一王子殿下がなぜここに?」


 最近巷では、婚約破棄の物語が流行っているらしく数人の生徒が持っていたカトラリーを落として、つぶやいた。アナスタシアも例に漏れず、口元まで持って行ったスプーンを握ったままポカンとした。侍従によってスプーンは取り上げられ、侍女によって口元を拭われて漸く我に返る。


「殿下。婚約につきましては、我が公爵家と王家との契約がございますので、お返事は王城にて後ほど。しかしながら、殿下のお気持ちはしかとお受け取りいたしました」


 さすがは公爵令嬢、というべきか。狼狽えることもなく真顔で立ち上がり、カーテシーの姿勢をとった。


「それから!」


 が、第一王子がそれ以上の爆弾を投下した。


「私は王位継承権を返上したから、そなたはエルドランの婚約者に収まるが良い」

「!?……エ、エルドラン、第二王子殿下ですか」

「そうだ。()()()()()()()()、それが良いと王には進言させてもらった。というわけだから、体を大事にして、あとはよろしくやってくれ!さらばだ!」


 駆け込んできたのと同じように颯爽と出ていく王子を、誰もがポカンと見送った。





 その後、カフェテラスは蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれた。


 第一王子は先だっての無血終戦をまとめた手腕を認められ、立太子もすぐそこ、と噂はされていた。実際、今回の終戦の後始末が終わり次第、継承の儀が予定されていたはず。


 第一王子アルフレッドの半年違いの弟エルドランも、参謀補佐官として実績を上げていたのだが、今回は軍事費用をかけすぎて、その策は却下されたと聞く。その為少々時間はかかったが、無血終戦に持ち込んだ第一王子の手腕に軍配が上がった。脳筋王家と揶揄られていたため、この結果に国民は大いに湧いた。戦争によって国が荒れることもなく、どの家も子供を奪われずに済んだのだ。


 この五年間で第一王子が上げた功績は一つではない。交易路を作り、バロー商会と連携し新しい食料保存方法を確保した、軽くて栄養効果の高い携帯食を作り上げた、瓶詰め工房と缶詰工房を作り、女性でも働ける職場を提供したなどあげればキリがない。平民に人気があるのも断然第一王子である。


 その第一王子が王位継承権を返上した?次の王は第二王子?


 いや、それよりも。


「今……腹の子、と言ったのか?」

「誰の、子?」

「第一王子殿下の、ではないのよね……?」


 レーノン公爵令嬢に視線が集まった。というか、その腹に。一斉に集まった視線を感じたアナスタシアはその頬をわずかに引き攣らせ、青ざめた。


「わっ、わたくし失礼致しますわ」


 さりげなく腹に手を置き、体を隠すと踵を返し慌てて逃げていく。その仕草から、疑惑は真実に変わった。未婚の公爵令嬢が。第一王子の婚約者である令嬢が。腹に子を宿している。しかもお相手は。


 終戦に全力を注いでいた第一王子は、公爵令嬢と顔を合わせる時間もなかっただろうが、第二王子はずっと国内に留まっていたし、公爵令嬢は王子妃教育と称して週に3日は王宮に通っていた。


 この二人が逢瀬を交わす時間はあっただろうか。


 あっただろうな。あったに違いない。


 だって、あの態度といい。なんで知ってるんだ、って狼狽した顔といい。


 これは、もう。


「マジか」

「なんて不純な…」

「浮気だわ」

「これって裏切り、よね?」

「王子二人を手玉に取っていたってこと?不潔だわ!」

「公爵令嬢がアバズレだったとは!」

「父に伝えなければっ!」

「そうだ、領地に帰って対策を練らなくては」


 貞操を重んじる貴族の令嬢が、婚約者ではない男の子を身籠った。しかも相手は弟王子ときた。それによって兄王子が継承権の辞退を告げ、弟が取って代わる。貴族の力関係が変わる。戦争が終わったばかりだというのに、まだこれから立て直しやら政策の変動も見込まれるというのに、派閥が変動する。それより、公爵令嬢の浮気は容認できるのか。王家としてどう動くつもりなのか。軍を動かそうとした第二王子と、話し合いで争いを収めた第一王子。どちらが次期王に相応しいのか。


 第一王子が放った一言は、大きな波紋となって全国に広がり、国はパニックに陥った。






+ー+ー+ー+




 俺、シマリア王国のアルフレッド・ムスターファ・シマリア第一王子。


 実は転生者である。


 転生した事に気がついたのは5歳の時。


 毒殺されそうになって倒れた時、前世を思い出した。転生前の自分の性別も歳もわからなかったが、これが前世で読んでいた小説の世界と酷似していることは気がついた。


 そして自分が、その中でザマァされる能天気王子アルフレッドだと知って愕然とした。


 毒から回復して鏡を見れば、なんとなく懐かしい黒髪、黒目の5歳児。


 ちょっとやつれているけど、顔立ちは父に似て、整っているようだ。とはいえ、めちゃくちゃ溺愛されているわけでもなく、虐げられているわけでもない。


 三つ上の伯爵令息エドヴァルドを側近と言う名の世話係として与えられ、割と普通の王子として教育されていたと思う。


 俺には、側妃が産んだ一つ下の弟エルドランと異母妹が数人いる。


 エルドランとも滅多に会うことはないが、仲が悪いわけでもない。


 ただ自分の父親、ヘイデン・アルヴァーニ・シマリア国王は顔も体格も良いが、金と権力を持つ男特有の悪癖がある。つまり女癖が悪いのだ。


 母である王妃も辟易としており、4人も側妃がいるのに、なぜメイドに手を出すのかといつも愚痴をこぼしていた。


 父王がメイドに手を出すたびに茶会に呼ばれて、愚痴られる身にもなってほしい。


 あ、ちなみに俺に毒を盛った側妃の一人は斬首刑にあった。


 だから側妃は3人になったのだけど、それを理由に別のメイドに手を出すのは違うと思う。エロ親父め。


 ともかく。


 物語では、成長するにつれ馬鹿になっていく俺は、父親を見習ってなのか、血がそうさせるのか、市井に降りては女を取っ替え引っ替えし、ある日ヒロインに出会ってしまう。


 とある商会で働く平民なヒロインは、麗しいオウジサマに翻弄されて金のある生活に慣らされて、終いには王妃になる夢まで見てしまうのだ。まぁ、当然といえば当然だよな。


 王子が国庫を使ってまで贅沢をさせ、愛を説き「必ず君を王妃にするよ」なんて言われれば、否が応でも期待してしまう。


 だが、そのせいで王位継承権争いが始まってしまうのだ。


 こんな奴を王にしても良いのかーって大臣たちが立ち上がる。いや、良くねえよな。


 公務もしないし、時勢もわかってない、脳筋でもなく、剣も勉強もダメと来て、女を侍らせて無駄遣いばかりするだけの男なんてさ。


 金の出どころを追及されても、使用理由を追及されても『記憶にございません』っていや、お前、どこの政治家だよ。思いっきり記憶にあんだろが。って、俺か。


 痺れを切らした俺の婚約者でもあるアナスタシア・レーノン公爵令嬢。


 まじめちゃんなんだけど、それが第二王子と連んで証拠を集め(まあ、簡単に集められただろうけど)俺を断罪するんだけど、その過程で実はこの二人、恋に落ちちゃうんだよ。


 良いけどさ、別に。


 俺だってこんな馬鹿な婚約者は嫌だと思うし。でもさ、貴族令嬢って貞淑であることを美徳とするでしょう?特に王妃になるような人間はさ。


 で、その間に敵国との戦争が勃発。


 というのも、俺がね。国庫を使い潰してるのがバレそうになって誤魔化すために戦争だーって隣国に宣戦布告もなしに突撃するんだよ。


 いやあ、馬鹿だね。猪みたいに猪突猛進して、計画性も何もないから、もちろん反撃されて、俺は逃げ出した。俺を庇って捕まった唯一の親友であり側近でもあるエドヴァルドを捨てて。


 その尻拭いに第二王子が颯爽と現れて、わずか数ヶ月で和解に持ち込んで、俺は断罪される。


 捕虜になってたエドヴァルドも、最終的に俺を見捨ててエルドランについた。当然だよな。


 俺は玉抜きされて、流刑だ。


 俺が国庫を注ぎ込んだ可哀想な平民のヒロインも、わけ分からんうちに家族もろとも処刑される。


 巻き込まれただけなのに、可哀想なことをした。


 まあ、ちょっと調子に乗って色々やらかしてたってのもあるんだけど。お金持つと人って変わるからなあ。


 あ、ちなみに、現実世界で父王は薬で断種されてたらしい。


 王子が二人できた時点で、これ以上いると骨肉の争いに発展するし、私ももう産みたくないし(王妃談)あちこちで王家の血を振り撒かれてもアレだし、というわけでこっそり主治医と共謀して断種。


 これは王妃のお茶会(愚痴り)でウッカリ話されてしまったことなので、秘密だ。


 だから、王に孕まされたという理由で後宮に入った残りの側妃たちの子供には、実は王の血が入っていない。


 托卵族がうちの後宮()にいるのだけど?!


 王妃曰く、側妃たちの産んだ子供達は、政略に使い「紛い物だから知らなくてもいい」だそう。


 だから会うこともなかったのね、妹たち。こわ。


 ついでに言うと。たった一人の弟も血は全く繋がっていない。


 これは、物語の終わりに後から語られるので、実は王妃も知らない事実だ。


 ……多分、王妃は知ってるような気もするけど。


 王妃が俺を妊娠中に、側妃を孕ませたという筋書きなんだけど、実はエルドランは王の近衛兵の子供だ。


 幸いというか、エルドランは側妃に瓜二つの上、側妃も黒髪の女性だからバレていないみたい。目の色が近衛兵なんだけど、まあ気付いてないなら、わざわざ教える必要もない。


 だって、俺が王になれば何も問題はないし、弱みはいざという時まで握っておいて損はない。


 物語のエンドで俺が流刑にされて、国王夫妻は離縁して別々に幽閉された。エルドランが王になり、王が心労から病床についた際、側妃が伝えるのだ。


 婚約者がいる身だったのに、無理矢理手篭めにされ側妃に迎えられた時から復讐に燃えていたのだと。王の血筋を途絶えさせるためだけに今まで生きてきたのだと。それを聞いた王は、あまりの怒りのため血圧が上がってぽっくり逝ってしまった。


 側妃は何食わぬ顔で「わたくしの役目は終わりました」と言って王の近衛兵だった男と共に王城を去る。近衛兵が元々の婚約者だったのかどうか、それはわからないけれど。


 今思うと、実は俺に毒を盛ったの、この人なんじゃ?


 やっぱロクでもないよな、俺の親。母王妃は「何のための人生だったのか」と寂しく呟いて、一人老生を送ったらしい。悲しきかな。




 まあ、それが物語の顛末なので、当然俺は態度も考えも改めた。


 親は反面教師だ。


 同じ轍を踏むものではない。それから俺は、毒殺されないように毒に慣れ、自己防衛のため肉体を鍛え、時勢を知る為に新聞を読み、勉強も頑張った。


 数字はあまり得意ではないが、何も完璧じゃなくても良いのだ。


 エドヴァルドの頭脳は明晰だし、実は剣術も優れている。脳筋の近衛たちも俺の身を守ってくれている。


 後、俺が欲しいのは影とか諜報員とかそう言う奴らかな。エドヴァルドに頼んで、一応側妃とエルドランの動向は監視させてもらうことにした。


 エドヴァルドは忠誠心の高い良い男だ。見殺しにした俺を最後まで信じていたのに、心折れて俺を断罪した。今の俺はそうならないように、エドヴァルドをそばに置いて決して裏切らないと決めた。


 まあ、あれこれ気をつけながら、小説とは違う行動をとっていたわけなんだが、俺が12歳の時、ヒロインとばったりあってしまった。


 いや、実は会いに行ったんだ。恋に落ちるとかそんなことは期待していなかったし、別に接点を作るつもりもなかった。ただ、物語では家族ごと滅ぼしてしまったから、なんとなく気になってたし、実在するなら避けるにしても相手を知っておくべきだと思って。


 もちろんヒロインは実在した。


 当時の彼女は10歳で、実家の商会の手伝いをしていた。


 ああ、ヒロインだなって納得できるふわふわしたピンク色の髪を揺らす美少女。


 けど、メガネをかけていた。あれ、そんな設定だったかな、と考えつつ見ていたら、あっちが先に気がついた。大きな目が顔から溢れんばかりに大きくなって、顔色を無くした。


「第一王子殿下だ」って呟いたから、ああバレた、と思った。




 

+ー+ー+ー+




 気がついたら、転生してた。


 生まれる前に、狭いな苦しいなって考えてたら、激流に呑まれて慌てて顔を上げて息を吸い込んだ。


 そこで出てきた息継ぎが「オギャア」だったもんだから、自分で驚いた。それからあれこれお世話されている間も、恥ずかしいからやめてとか、自分で出来ますとか心の中で叫び続けて。


 半年くらい経ってようやく気がついたのだ。あ、私転生してるって。なんでそんなに時間がかかったのかって言われても、知らんがな。赤ちゃんの脳みそシナプス少な過ぎて、たくさんのこと考えられなかったんじゃないかなと思う。


 ともかく何となく転生したんだなあ、と思って鏡の前に立った自分を見て愕然とした。


 ピンク色の髪がものすごくインパクトがあった。と言うか違和感と言ってもいい。こんな色どうやったら出せるのか。自然に生まれる色じゃないだろって。


 で、前世で読んだざまぁ小説の世界だと気がついた。


 私の名前はナリエッタ。バロー商会の一女だ。


 このまま行くと頭お花畑の尻軽女で、王子に恋慕して断罪される役目である。飛ばし読みをしたのか、詳細まであまり覚えていないのだけど、どこかしらで王子に出会い、恋をする。アホっぽい王子だったのを覚えていて、私の好みじゃないなと思ってた。


 やたらベタベタするし、金遣いも人使いも荒く、言うことなすこと馬鹿っぽい。これじゃ断罪されても仕方ないよな、と言うテンプレのノータリン王子だった。


 それに惚れて共に断罪されたヒロインも大概だけど。


 でも。


 私は極めて普通の商人の娘である。


 馬鹿っぽいピンクの髪をしていようとも、顔の半分くらい目なんじゃないのって言うくらい大きくても。って言うか、この目ちょっと怖い。拳が入りそうなので、細目で生きる努力をしよう。よくいるよね糸目の人。


 普通の商人の子供としてお手伝いに励み、「アタシ可愛いからぁ。将来は王子様のお嫁さんになるのぉ」みたいな行動は取らず、控えめにその他大勢に紛れ込む事に成功した。


 目を細めて歩いていたら目が悪いのかと勘違いされて、メガネを装着された。


 ま、いっか。


 商人根性丸出しの父は、「お前は可愛いからきっと貴族にも見初められるはず」だからもっと美容に気をつけろだの、愛想良くしろだの、セクハラっぽいことを言ってきたが、無視だ。


 年端もいかない少女に何言ってやがる。使われる前に家を出ていく勢いで勉学に励んで、腰を低くして目立たないように、だけど役立たずとは思われないように生きた。


 ちなみに前世の記憶はおくびにも出していない。


 いずれ家を出て一人で生きるために、さまざまなアイデアは隠し持っておくことにした。幼女がアイデアを出したところで、すべての名声はこのセクハラ親父が持っていくし、その所為で目をつけられて、どこぞのヒヒジジイに高く売られてもかなわないからね。


 そしてナリエッタ10歳。


 そこそこ努力はしたが、物語の強制力なのか、実家である商会の手伝いをしている時、王子にばったり出会ってしまったのである。


 小説の表紙と同じ顔。いや、ちょっと子供っぽいけど見間違いじゃない。黒髪黒目の王子様は見目麗しく、思わず見惚れてしまったのが運の尽き。


 第一王子殿下だ、と呟いてしまった。


 お忍びとして市井に降りていた王子を一目見て見抜いてしまったものだから、警戒され敵国のスパイなのではと捕まり、あっという間に連れ去られた。


 っていうかさ、見つかりたくなかったら変装とかしろよ!って今なら思う。平民にそんなキレイな顔と肌した男いないんだよっ!


 まだ10歳かそこらだったナリエッタは、ダバダバ泣きながら全てを暴露した。


 前世でも警察とか牢屋とか無縁の生活だったし、怖かったんだよ!頭がおかしいと思われた方が、敵国のスパイだと言って拷問されるよりマシだよ。


 だけど、王子からはとんでもない返答が来た。


「そっか、お前も転生者だったんだな」

「え”?」


 物語では、第一王子はバカである。


 考えなしのお馬鹿さんで、城下に降りては遊び歩き、王子ということを隠しもせずあちこちの女性に手を出し、そして運命のヒロインと出会うのだ。


 とはいえ、それはヒロインが16歳の頃の話なのだが、ヒロイン()が違う行動を取ったために物語が変わってしまったのだろうか、王子との出会いは早まってしまった。


 まさか12歳の王子と10歳のヒロインでは、間違いなど起きようもなく、王子もバカではなかった。


 そう。王子はバカではなく、転生者だった。


 私よりも物語の内容を把握していて、王家のいろいろな暴露話もあるらしく、「教えてあげようか」と言われたけど、遠慮した。私、現実見てる常識ある平民なので、そんな恐ろしいことに首突っ込みませんと言うと、とても黒い笑みを浮かべていた。こわ。


 アルフレッド様は物語を黒歴史として語り、戒めにしているという。


 だから敵情視察として市井に下りて来た。敵情って私のこと!?


「だからお前を愛することはない」

「何、その定番のセリフ!?」

「だからお前、俺に協力しろ」

「その『だから』の意味がわかりませんが!?」


 手駒が欲しい腹黒王子は私を雇い、市井を把握したいという。


 まあ、私も商人の娘なんで、情報の取り扱いについてはそれなりに学んできた。


 同じ転生者同士だし、「俺が王になった暁には、王家御用達の店にしてやってもいい」なんて言われたらね。当然セクハラ親父は飛びついた。こんなのでよければ、いつでもご自由にどうぞって、親父!


 後で、貴族に売れるとは思っていたが、まさか王子を釣り上げるとは!でかしたぞ!と大口開けて笑う親父がいた。これで恩は返した。残念だけど、私は独立するからね。


 アルフレッド様は、大人しく王座に鎮座するような性格でもなかった。血の気の多い王家に生まれ、血の気の多い教育係に躾けられた、いわゆる脳筋。どちらかというと血を好む性格をしていたのだ。


「脳筋いうな!血を好んでもおらんわっ。俺は頭脳派で通す!」


 どうやら自覚はあるようなので、ただの脳筋ではなさそうだ。アルフレッド様も私も転生者で、物語とは違う行動を起こしている。とはいえ、世界の流れにあまり大差はないようにも思えた。




 ナリエッタの物語の記憶では、戦争が起こるのがこれから五年後。


 継承権争いで、第一王子が利を挙げようと敵国に宣戦布告も無く、猪のように突っ込んで行く。


 ここにいるアルフレッド様は物語の王子像とは違うのに、敵国とのきな臭さは相変わらずで、双方睨み合いを続けていた。


「俺はね。今のところ、自分から物語を大幅に変えようとは思わないんだ」

「え、なんで?」

「幼い頃は色々考えたんだけどさ。俺の行動が大きく歴史を変えることはないように思えて。それにあまり物語を変えてしまったら予想がつかなくなるでしょ。だったらある程度、物語に沿って行った方が攻略もしやすい」

「私は死にたくないです」

「それはわかってる。俺から戦争は仕掛けないし、エドもお前も死なせない」


 私は、アルフレッド様の後ろに影のように立っている青年に視線を投げかけた。


 エドヴァルドは、第一王子の補佐官として登場する伯爵令息だ。幼少の頃からアルフレッドにつき、尻拭いに奔走し、戦争でアルフレッドを庇い捕虜にされる可哀想な男である。敵国で何があったのかは分からないが、第二王子に助けられた時には絶望を背負った男になっていて、冷酷にアルフレッドを断罪した。流刑だけど。ナリエッタもね。こっちは死刑だったけど。


 もちろん、エドヴァルドも物語の話は聞いていた。ナリエッタがダバダバ泣きながら暴露した時に、アルフレッドの後ろに立って聞いていたから。「私は何があろうと殿下を裏切りません!」と怒っていたけど。忠誠を尽くした相手に裏切られると、心も折れるというものよ。


 彼は初め、全く私を信用していなかったし、何なら敵国のスパイなんじゃないかと疑っていたのも彼だ。「アタシ、王子様と結婚するのぉ」と思ってたと言われた方が、まだ信憑性があるってもんだよ。


「話の中で戦争になるのはアゼンドラ公国だ。あそこはツンドラ地帯で食糧に乏しいがため、この国に目をつけている」

「うん。その代わり、鉱山に囲まれてるのよね」

「そう。エルドランが終戦に持ち込んだのも、そこだ。こちらから食料を輸出する代わりに鉱石を輸入する貿易条約を結びつけた。ただ、俺がやらかしたことで、割合比がこちらに不利になった。小麦10に対し、鉱石1といった具合にだ。それに加えて、現国王夫妻を下がらせて第二王子が国王になると取り決めた。これも向こう側に有利になるように仕向けるためだ」

「なるほど」

「だけど、今のエルドランを監視して、あいつの腹黒さが目についた」

「んー?」

「わかるかな?」

「まあ、普通に考えれば、第二王子は王様になりたかったんだよね?公女様と恋に落ちるわけだし、兄になり代わって公女様と結婚できてハッピーエンド?だし?私は巻き込まれて、処刑されるけど。自業自得ともいうけどさ」

「ふふ。お前は簡単には死なせんから大丈夫だ。あいつは腹黒く策略家でもあるけれど、やはり脳筋でね。婚約者も権力も名声も手に入れて、敵国にも味方だと思わせる。それで鉱石を手に入れて軍を強化して、攻め込むつもりでいる」

「えっ、それって銃とか、ミサイルとか核とか、そういうやつ?」

「……いや、核!?それはいくらなんでも。百年くらい先じゃね?あと、銃はまだ火薬がないから無理だろう」


 あ、そうなんだ。鉄も鍛冶場もあるからもうあるのかと思ったけど、そういえばまだ騎馬で剣とか槍とか持ってたね、うちの軍部。騎士と言わないのは、脳筋だから?


「今あいつが力を入れているのが、所謂チャリオットと、全身鎧だね。鎖帷子(チェインメイル)も構想に入れているかな」

「ああ…なるほど」


 この世界、なんというかとても中途半端なのだ。


 剣や盾はあるのに、鉄枠の馬車はない。荷馬車も幌馬車もすべて木材でできてる。鍋やフライパンはあるけど、缶はない。お玉もカトラリーも平民は木材のものを使ってて、陶器や金属製のものではない。銀製もあまり出回っていないけど、王族は使ってるのかな。


 シマリア国は、山あり、海あり、肥沃な大地に恵まれた国だ。四季がありさまざまな恵みが与えられるけど鉱山がない。敵国アゼンドラ公国は鉱山に囲まれたツンドラ地帯で、いつも食糧不足に陥っている。残念なことに、あの国の王様は他所から奪うことしか考えておらず、時折ちょっかいをかけてくる。寒いと頭も硬くなるのかな。そしてもっと残念なことに、この国はあまりにも脳筋すぎて、貿易で利を出すことを考えない。攻撃されたら防御して攻撃で返す、と言うのが主流なのだ。


「だから、あいつはおそらくアゼンドラ公国に戦争を仕掛けるんじゃないかと予想している」

「鉱石目当てですか」

「ああ。なんで、その前に交易路を作り、睨み合いを終わらせようと思うんだ、そのためにもバロー商会の力を借りたいんだが」

「なるほどー、まあ、戦争するよりよっぽど生産的だし」

「気になったんだが、なんでお前、前世の記憶をもとにして商品とか作らないの?覚えてるんだろ?」

「もちろん。でもねぇ。私がアイデア出しても、親父様に全部美味しいとこ持っていかれるじゃないですか。私の案なのに勿体無いでしょ。だったら自分で商会立ち上げてからの方がいいかなと思って」


 この時代、子供は親に逆らえない小道具のようなものだし、小道具が持ち主を出し抜こうとするのも許さない。だから平凡を装って、そのうち家を飛び出そうと画策しているんだからさ。


「……そうか。よく考えてるな」

「私、別に変革者になりたいわけでもないんで。商売って交わってナンボでしょう」


 革命家なんて最後は死ぬしかないからね。絶対、嫌。せっかく転生したんだから、この時代で生きてみたいじゃない、やっぱ。でも貿易は賛成だ。この国商売人はいるけれど、貿易商がいない。貿易商が時々やってくることはあるけど、なんだかんだ言って国内で賄えてしまうからなのか。


 うまくいけば、貿易ルートを使ってこの国から離れて、どこかで商売を始めてもいいし。そうなったら少しずつ、アイデアを世に出してある程度の生活基盤は作れるし。


「なら、俺が出資してやろうか」

「えっ?それは成人してからお願いします!でも今、貿易ルートを作るのは賛成なので、香辛料、繊維、農産物あたり輸出用に出してみます?」

「ああ、いいな。あと野菜や穀類、フルーツあたりか」

「瓶詰めの果実とか保存も利くし、できそうですよね」

「缶詰もいけそうか?」

「缶はブリキ加工が難しそう。(すず)が見つかればなんとかなるけど、缶切りも必要になるし。プルトップは夢のまた夢だろうし」

「うーん、そうだなあ」


 色々案を出していくと、エドヴァルドが焦ったように声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってください、殿下?ナリエッタも。瓶詰めとか、缶?ブリキカコウとか、それは一体?」


 私とアルフレッドはお互い顔を見合わせた。


「「あー、そこからか……」」




 それからアルフレッド様は、うちのセクハラ親父と話をつけて交易に向けて策を練った。


 その間に私は瓶詰めなるものを市場に生み出し、大量生産できるように工房を整えていく。


 お金の出所は当然王家だ。湯水のように使ってるけど大丈夫なのだろうか。軍費になるよりは良いとは言うけど、防衛は大事だと思うよ?


 え?貿易で売上が出たら防衛に回すからいい?


 金がなければ、国王が側妃を作らない?


 この国本当に大丈夫?


 エドヴァルド様が、「物語に沿ったやり方をするなら、第一王子(アルフレッド)平民の娘(ナリエッタ)に惚れ込んで、国庫を使い始めた、ということにすれば良いのでは」と黒い笑みを浮かべていた。


 そうすれば、第二王子も動き始めるであろうと読んでのことだ。


 12歳の王子が10歳の平民を友と呼び、時間を費やしていると噂が流れ始めた。


 その一年後には、王子が現を抜かし財産まで費やしている、とまことしやかに囁かれ、第二王子が動き始めた。


 第二王子も馬鹿ではないから、第一王子が何やら大きなことをし始めたと気付いているのだろう、慌ててチャリオットの具体的な構想を軍部に持ち込んだようだ。鎖帷子(チェインメイル)も具体案が上がっている。


 だが、材料の鉄が不足しているため、なかなか思うようには進まず、イライラしているようだ。そして、それを煽るように、第一王子が保存用の食品を作り始めた、画期的な技術だ、栄養もよく味も良いと、俄に褒め称えるような噂が流れ込んだ。


「エド様、すごいですねえ」

「アイツは頭がいいからな」

「かっこいいですねえ、出来る大人の男って感じで」

「……エドはやらんぞ?」

「何、その『ワシの娘はやらんぞ』的なセリフは!?要りませんけどね!?」


 こういった情報操作はすべてエドヴァルドが担っているようだ。 




 あの日から四年が経ち、アルフレッドにはアナスタシア・レーノン公爵令嬢という小説どおりの婚約者がつき、ナリエッタは14歳になった。


 15になれば成人で、着実に商人としての腕を上げて、独立に向けて精を出している。バロー商会も初の交易に向けて販路を広げつつ、ナリエッタの瓶詰め商品がラインアップされている。後追いで、香辛料や穀物、甘くないビスケット、乾パン、干した果物やワイン樽やウイスキーも用意されている。


 バロー商会は今や飛ぶ鳥を落とす勢いで成長して、そろそろ貴族家にも商品が届きそうで親父様はウハウハだ。


「瓶詰めは順調に生産されています。ここ最近は、ザワークラウトとピクルスが人気ですね。桃やマンゴーの瓶詰めは不動の1位と2位を誇っていますが。新商品としてトマトピューレ、ロールキャベツのトマト煮込みも上がってきてます」

「おお、三年でずいぶん商品が増えたな」

「最初の一年は瓶作りで手間がかかりましたからね。追い込んでいかないと交易に差し障りがあるでしょ」

「というか、お前。前世で商売してたのか?ずいぶん手際がいいし、ガラス瓶の作り方なんてよく覚えてたな」

「どうでしょうねぇ。元々、前世のことあんまり覚えてないんです。今思えば工場とかで働いていたのかも。そういうアル様も、なんですかこの携帯食(カロリーバー)。前世まんまじゃないですか」


 穀類とナッツを蜂蜜で固めた携帯食は旅人や商人、軍人に大人気になった。


 持ち歩きは簡単だし、栄養も抜群だ。動物の皮で作った水袋も、最近になってブリキで出来たフラスクを作り人気を呼んでいる。このブリキも使えなくなった盾や穴の空いた鍋を再利用して作っているため、材料に不足はない。


 二年前に、(すず)石が発掘されて以来、鉄の再利用が始まった。錫石なんてよくわかったなあと驚きつつ、多分前世で関わってきたのだと割り切った。そんなわけで、私はただいまブリキの缶詰を開発中だ。肉や魚の缶詰も考案中で、ツナ缶やコンビーフも現実味を帯びてきた。


 これはバロー商会ではなく、私が立ち上げる商会で売る予定。瓶詰めなんて一世を風靡するような商品をあげたんだから、十分親孝行したでしょう?でも、その地位に甘んじていると商会廃れちゃうから、気をつけてね。


 だって、私、瓶詰め商品のレシピも売る予定だから。


 さて、そうこうするうちに、公女様も動き出した。アル様が平民に夢中だと聞きつけたのに違いない。


 アル様は敵国との交易準備で忙しく滅多に王宮にいないため、多分私と逢瀬を交わしているのだと誤解しているんだろうけれど、私は私で缶詰工房と瓶詰めの商品管理に忙しい。まだレシピ公開をしていないため、限られた人数で出荷納品をしているからしょうがないのだけど。


 実際のところアル様より、エドヴァルド様の方がよく会っていたりする。



「あなた、第一王子殿下と仲がよろしいようだけど、そろそろ立場を(わきま)えていただけるかしら?」


 そう。


 今まさに私の目の前に大きな黒塗りの馬車を乗り付けて工房の前に降り立ったこの人。とても煌びやかで美しいお人形のような人だ。アル様と同じ年でアル様の婚約者。……今のところは。


 私はほとんど工房街に潜んでいて、街にはあまり顔を出さない。何度かエド様が公女が嗅ぎ回っているから気をつけて、と忠告をくれた。一応アル様からも護衛をつけられているから、無体なことはされないだろうけど、貴族様は結構過激派が多いから、あまり煽らないようにと注意された。


 えー、何言ってんですかー?私は無害な平民デスヨー。煽ったりしませんヨー。


「どちら様でしょうか?」


 白々しく小首をかしげると同時に、商品の売り込みもしてみた。もちろん、買うとは思ってない。いや、ちょっぴりいけるかなと期待したけど。


「瓶詰めの商品でしたら、こちらは工房なので取り扱っていませんが。発注でしたら承りますよ?」

「お黙り。平民の食べ物なんか興味はないわ。わたくしが言いたいのは第一王子殿下のことです。殿下はお優しいので、あなたのような平民にもお声をかけているようですけれど、所詮平民は平民。わたくしたち貴族とは相入れないものです。最近調子に乗った平民が王城付近をうろちょろして困ると聞いておりますの。そろそろ、立場を弁えなければどうなることか、わかっているのかしら」


 えー。平民の食べ物ですか。最近は軍人にも人気なんですけどねえ。

 お貴族様の食べ物だって、元を正せば平民が作ってますけどねえ。お野菜もお肉もねー。ひょっとしたらデザートのケーキのトッピングにうちの瓶詰め使ってるかもしれませんよー?……なんて言いませんよ?


「えっと。第一王子様は庶民の食べ物も大好物で、我がバロー商会のパトロンでもありますね。瓶詰めのマンゴーが大好きだそうですよ?最新作のロールキャベツも召し上がりますが?おひとつ如何です?」


 わざわざお昼時にやってきたんですものね、お腹空いてませんかね。いい匂いでしょ。トマトとニンニクの。


「い、いらないといっているでしょう!全く、これだから平民は、言葉も理解できないようなので、はっきり言いますわ。邪魔なのよ、あなた。小汚い小娘が王城に近づくんじゃありません。わかったわね。二度と、わたくしの婚約者の周りをうろうろしないでちょうだい!」


 言いたいことだけ言って、公女様は扇子でパタパタと仰ぎながら、また馬車に乗り込んで走り去っていった。この凸凹道を馬車で進むのって結構きつい気がするなあ。公道の整備もお願いしたいなあ。


 うーん。悪い人ではないのかもしれない。ちょっと世慣れしていないのか、お子様っぽい発言だけど。けどまあ世の中の16歳ってあんなもんなのかな。とりあえず、注意勧告だけだったし、まあ問題ないけど。問題なのは、最後の扇子。何かしらあの仕草。……。


「も、もしかして、私くさい?」


 よし。石鹸だ。花の香りのする石鹸を作ろう。うん。





 

+ー+ー+ー+






「ようやく動き出したか」


 ナリエッタにつけていた護衛から、アナスタシアが動き出したことを聞きつけた。ナリエッタは割と図太いから心配はしていなかったが、商売人根性がすごい。公爵令嬢にロールキャベツを売りつけるとは。まあ、アナスタシアは蝶よ花よと育てられ、王妃になるべく教育をなされている。王妃の器か、と聞かれると微妙なところだが、おそらくこのままエルドランに近づき、小説どおり恋に落ちるんだろうな。男慣れしてないし。


「それで。殿下はどうされるおつもりですか?」

「どうって?前にも言った通り、戦争は交易路をつなげることで回避。婚約者殿はエルドランとよろしくやってもらい、俺は……まあ臣下に降りて辺境伯でも作り上げて、国境でも守るか?」

「そううまくはいきませんよ」


 チラリとエドを見ると、こちらをみて眉を顰めている。エドヴァルドからすれば、面白くはないだろうなと思う。次期国王だから側に付けと言われた男が、王位に興味はなく、しかも転生者だのなんだのと訳のわからんことを言い、平民の女と商会を立ち上げようとしているんだから。


「あなたが王にならなければ、交易路を広げようと和解しようと、第二王子がいずれ戦を仕掛けるでしょう。鉱石が手に入り武器を作り、今度はどこを攻めるかわかったものではない。あなた以上の功を立てようと躍起になり、周りが見えていない視野の狭い男ですから」

「とは言ってもな」

「それに、ナリエッタの知識は国の宝となりえるでしょう。あなたが権力を持たなければ、彼女は守れませんよ?今でさえ、貴族からの申し出が溢れてるそうですから」

「……なに?」

「彼女はまだ14歳ですからね、親の庇護下にあり、我々の契約のお陰で婚約は止められていますが、成人すれば親の意思に関係なく婚姻も結べてしまう」

「えっ、親の承諾はいらないのか」

「平民ですからね。国の承諾も要りません」

「でも、あいつは、」

「国を出ていく可能性もありますね」

「……っ!」

「最近ますますキレイになりましたしね。人柄も良いし、頭も良い。アイデアの宝庫で引き手数多。伯爵以下の次男三男たちの間でも噂が上がっているようで、護衛も気を抜けないと言ってましたよ」

「………」


 真顔になったアルフレッドの顔を見て、内心ほくそ笑むエドヴァルド。


 5歳で毒を盛られてから、少しずつ生き急ぐようになっていったアルフレッドに付き添いながら、エドヴァルドは逐一を王妃に報告していた。


 エドヴァルドをアルフレッドにつけたのは王妃で、()()()()()()()()必ず守れと言付かった。エドヴァルドの家は代々王家の影として仕えている。主を守りながら手を汚すのは自分の仕事でもあるが、ナリエッタに出会う前までの主は、どこか人を寄せ付けず、陛下を親の仇でも見るかのような目で見つめ、自棄になっていたようにも見えた。


 数年前、我が主が転生者だのとおかしなことを言い出した時は、どうしたものかと思ったが、ナリエッタに出会い二人ともが転生者だということで意気投合し、目標を持ったおかげか、目に見えて生気を取り戻した。ナリエッタは謙ることなく対等にアルフレッドと会話をする。それがおそらく心地よいのだろう。


 だけど、彼は王になる人間だ。責を放って自由に商人になれるなどとは、きっと考えてはいないはず。王妃陛下もおそらくそんなことはさせないだろう。彼だけが正統な王の血を引く王子なのだから。


 となると、考えられるのは、ナリエッタを引き上げるか、消すかのどちらか。


「ナリエッタを私の妻にすることもできますが」

「な!?」

「我が家は代々王家に仕える伯爵家です。王妃陛下も彼女に使った国費を考えれば、悪くないとおっしゃってくださっていますし」

「なんで母上が、王妃がここで出てくる」

「殿下お一人で、全てを動かせたとでもお思いですか?国費は民の血税からできているのです。王太子でもない一王子の一存で、あれほどの金を動かせるわけがないではないですか。物語の通りのお馬鹿さんではないのでしょう?」


 今更ながらに気が付いたのですか。王と王子には大きな差があるのですよ。随分気が大きくなっていたとみえる。まだまだですね。それとも、彼らの言う物語の強制力が働いて、殿下を考えなしの馬鹿にさせてしまったのかもしれませんね?


「そうでなければ、交易路が成功し次第、彼女にはどこかの貴族があてがわれます。金の卵をみすみす逃すわけありませんからね。王命で、ですよ。もし失敗すれば、王子を誑かし国庫を荒らした平民として一族郎党死罪が待っています」

「馬鹿な!今の売上だけでも国の経済は動き、新風を起こした功績はあるだろう!」

「それ以上に使ってもいますからねえ。借金奴隷として返すのなら別ですが」

「巫山戯るな!そんなこと……っ!!」

「では、あなたの妃に迎えますか?この貿易がうまくいけば、彼女の家にも彼女にも叙爵の機会が与えられます。とはいえ、せいぜい男爵位ですが、それからの功績に応じて陞爵も考えられますし、養子に入ることもできますね。我が家でしたら、養子の受け入れも万全ですよ?」

「お前っ………!最初からそれを分かってて俺に黙っていたのか!」


 ほら、やっぱりアルフレッド殿下には、激情がお似合いだ。彼は脳筋と馬鹿にしますが、その血が国を纏めてきたのですからね。侮れませんよ。転生者だのなんだのと言っても、策略や色恋に鈍く、世界平和などと夢を見がちだ。まだまだこの世界をよく理解していない。まあそれも若さゆえ、と言えるのかもしれませんが。


 あと四年もあれば、おそらくはもう少し理解も深まるでしょうか。私の力量にも関わってきますがね。


「奸計が、ございます。聞きますか?」

「………クソが!聞かせろ!」


 いやはや。平民と関わると口も悪くなるのでしょうか。いや、元からか。





 

+ー+ー+ー+






「え、アル様。本当に王位継承権、返上するんですか?」

「ああ。交易路は無事開通した。アゼンドラ公国との和平条約は今後百年。交易国として落ち着くだろう。これによって、エルドランの軍部武装計画は潰れたし、しばらくは無駄な事を考えられないほど忙しくなるからな」

「それは、そうかもしれませんけど…」

「それで、この功績を以てバロー商会が叙爵される。すでに国から召喚状が届いていると思う」

「ああ、はい。ものすごくはしゃいでいました。大丈夫なのかなあ、うちの親が貴族って」

「ちなみにナリエッタ、お前にも叙爵の予定がなされている」

「はい!?」


 あれから一年も経たず、アル様はアゼンドラ公国と会談を行い、三週間と言う速さで和平条約を結んできた。


 あちらは本当に飢餓状態に陥る寸前で、薬や医療の融資、緊急の物資も併せて最低でも3ヶ月、国民が生活出来るだけの食糧の保障をし、今後百年の優先交易を結ぶことに成功した。相手は属国になることも視野に入れていたようだが、まずは立て直しを図ることになったそうだ。


 ナリエッタは15歳になり、今年は成人の儀が行われる。その時に父と共に王城に呼ばれ叙爵される予定だという。考えても見なかった、貴族。


「貴族って、商人になれるのかしら?」

「もちろん。貴族令嬢が働くということは、今まであまり推奨されていなかったけどね。ナリエッタのおかげで女性の進出もこれから浸透していくと思う。母……王妃がとても喜んでいてね。そういう新世代が欲しかったのだと言って。それにお前は令嬢じゃなくて歴とした男爵になるからな」

「男爵……私が」


 親父様がバロー男爵になるとしたら、私は何になるんだろう。缶詰男爵とか、ブリキ男爵とか言われたらやだな。


「それで、……ナリエッタ」


 アル様がいきなり私の手を握ってきた。ギョッとして顔を見ると、真っ赤に染まっている。


「チッ、くそ。ちょっとお前、他所向いてろ」

「ええ?手、握ってきたのはアル様でしょう!?」

「そうだけど!ああ、くそ。いいかよく聞け。俺は、お前が好きだ。だから結婚してくれ」

「は?」

「だ、だから!俺と、」

「聞こえました!聞こえたので二度はいいです!って、いうかなんで?私のことは愛することはないって言ったじゃないですか!」

「う、き、記憶にない!」

「どこの政治家ですか!」

「あの時は、愛することはないって思った。小説みたいに馬鹿になってたまるかって。だけど、お前と。お前と過ごした五年間、楽しかった。色々考えて、頑張って、商品とか、販路とか交易とか、がむしゃらに走ってきて。でも、お前が隣を一緒に走ってるんだって思ったら、それだけで頑張れた」


 アル様が私の目をじっと見る。こっちも息が止まりそうで、顔も真っ赤になってると思う。


「だから、これからも、ずっと隣で一緒に、走って行きたい。だから、国王にはならない。臣下に降りてお前と一緒に、その商会を経営してもいいし、他のこと始めてもいい。ナリエッタと共に生きたい」


 ダメか?って子犬みたいに小首を傾げるから、絆されてしまった。多分。


 私も大きな口きいてたけど、将来は不安だった。いつ結婚しろって言われるかビクビクしてた。大人になったら家を出て、一人でやっていけるのかアル様に会えなくなるのかと思うと、寂しかった。でも、アル様は次期国王だから、私は平民だから。いえなかった。


 好きです、なんて。


 小説のように、処刑されてしまうかもしれないと思って。それでも、一生に一度の恋なら、これで死んでも、いいかもなんて考えて。


「私も、アル様と一緒に生きたい、です」

「ナリエッタ……!」

「でも、やっぱり死にたくないです」

「死なせるもんか!よし、今すぐ結婚しよう!」

「えっ!?ちょ、ちょっとそれは早すぎっ」

「いや、待てない!だってお前、家に帰ったら婚約の手続きが待ってる!エドが仕入れた情報だから絶対だ!」

「ええっ!?さては、あのセクハラ親父!」

「お前はもう15歳で成人だ。だから親の承認はいらないだろう?結婚しよう!」

「そういうわけにはいかないでしょう!アル様まだ王族でしょう!?それに婚約者!公女様はどうなったんですか?」

「しまった!まだ、それがあったか!」

「忘れてた!?」

「エド!学園に行くぞ!婚約破棄だ!近衛もよべ!」


 はっと振り返ると、エドヴァルド様が額を手を押さえて頭を振っていた。ずっとそこにいらしたのですか!?気が付かなかった!一世一代の告白も聞かれてた!



 その後、思い立ったが吉日とばかり、婚約を破棄でも白紙でもなく、無効にし、王位継承権を返上した上で、その日のうちに婚姻届を出してしまったアル様と私。


 目まぐるしさで何が起こったのかわからないまま、王宮に連れて行かれて危うく初夜まで済まされるところで、王妃様のストップが入った。濁流に飲まれた感じでちょっと溺れかけてました、私。王妃様、ありがとう。


 女性の結婚をなんだと思っているのかと雷を落とされ、自分の意思はしっかり持てと私まで雷を落とされたものの、結婚自体は認められた。結婚式は二年後、それまでは初夜もなし、王族としての最低限の教育は受けてもらうと言われ、アル様は泣いていた。


 いや、結婚はもうしてるから、心配しなくてもと慰めていたら、王族は離婚ができないんだと聞かされて、私もなんか腑に落ちない気分になった。


 まあ、結婚したばかりで離婚とか考えてないからいいんだけど。王宮に部屋を用意されて、お風呂でしっかり磨かれた。やっぱり臭かったのか、私?!


 それでも信じられないほどフッカフカのベッドを用意されて、搾りたてのオレンジジュースとクロワッサンとオムレツを夜食にいただいて。


 王位継承権を放棄しても王族は王族だもんね、とかのんびり考えていた翌日。


「エルドランに王位継承権はない」

「どういうことですか、父上!」


 王様の私室(!)に呼ばれて伺ったら、家族会議が始まっていた。


 両陛下、アル様、第二王子殿下、公爵令嬢に公爵様ご夫妻、エドヴァルド様。


 それに加えて、真ん中で土下座をしているのは、誰かしら?


「エルドランは私の子ではない」

「う、嘘だ!」


 げ。断罪の真っ最中だった!



 なんと土下座をしていたのは側妃様と護衛の方。これ、もしかして第二王子殿下のご両親!?


 側妃様は王妃様の侍女をしていたのだけれど、王様の護衛騎士と恋に落ちてしまい、隠れて密会を繰り返していた、らしい。


 ある日、国王夫妻が不在の際、誰もいないからと、お二人はついうっかり燃え上がってしまい、王様の執務室のカーテンの陰で致してしまった。そこへ王様がお戻りになり、護衛騎士は慌てて隠れたものの、おっぱいポロリの側妃様は見つかってしまった。そこで王様も燃え上がってしまったらしい。


 って、ええ?自分一人で逃げたの、騎士様?恋人ほっぽって?


 うわー、ないわー。そりゃないわー。王様も、裸の女が部屋にいたから燃え上がるって何、その発情期の猿みたいな思考は。普通は疑うでしょ。もし刺客だったら、王様、今頃刺されて死んでるじゃん。やだわー、男の人ってみんなそうなのかしら。やだわー不潔だわー。生まれた子供もかわいそうだわ、そりゃあ。あ、それがエルドラン第二王子殿下?ないわぁ。


 その3ヶ月後、妊娠が発覚。側妃様は王妃の侍女から昇格(?)して側妃になったのだとか。ところが生まれた子供エルドラン様は側妃様に瓜二つ。どちらの子だかわからないまま、側妃様はずっと黙っていらした。


 エルドラン様はそんなことはつゆ知らず、ほんの半年違いなだけで、兄が国王になるなんてずるい、ずるいと思っていた。そりゃまあ、正妃様の産んだお子が王になるのは普通だけれど、エルドラン様は自分の方が優れていると思い込まれた。そこで、功績を上げれば我こそが王ぞ!と力んだのだ。


 が、最近になってアルフレッドが急にイキイキし始めて、工房を立てたり、平民の商会を重宝し始めた。


 その時期が、アナスタシア・レーノン公爵令嬢が婚約者になったからだ、と思い込んだエルドラン様は、兄から婚約者を奪ってしまおうと画策。そして時間をかけて攻略し、とうとう公女様をも手に入れた。が、なんという星の巡りか、そのたった一回で公女様が妊娠してしまわれたのだ。


 王妃の条件その一、乙女であること。それが婚姻前に奪われた。


 あかんわー。ダメなやつー。公女様、護衛とかいなかったの?っていうか、エルドラン様、鬼畜!


 いや。エルドラン様、思い込みが多すぎません?なんですか、そのずるい、ずるいって子供みたいな言い分は。そもそも兄の婚約者だから奪ってしまえって、何考えてんですか。女性をモノか何かと勘違いしてません?そんな暇があったら、ちょっとは国益になる事、考えましょうよ。


 公女様もおいくつ?17歳?子供じゃあるまいし、第一王子殿下の婚約者だったんですから、何流されてるんです?意志が弱すぎません?第二王子と恋に落ちちゃったから身体許してもよかったと?そりゃ、確かにアル様は商売に夢中になってましたけどね?一応公務で戦争回避に集中してたでしょ?なんで、お手伝いしようとか思わなかったのかな?まあ、この国の男尊女卑の風習じゃ、それも難しかったとは思いますけど。平民平民って馬鹿にするから、どれだけ偉いのかと思えば、


「あー、ナリエッタ?」

「あ、はい。アル様、なんでしょう?」

「えっと、全部口に出てるから」

「え”?」


 はっと気がつくと、全員がこちらを見てる。土下座をした側妃様と護衛の方も顔だけずらして、すっごい目でこちらを見てる。公女様は顔を両手で押さえてシクシクと泣いていた。


「あっ……あ、ご、ごめんなさい。すみません。私ったら、なんてこと!」


 どこから!?どこから声に出してたの、私!


「発情期の猿あたりから?」

「また声に出てた!」


 王妃様は涙を流してお腹抱えて笑っていたけど、王様はちょっと苦虫を噛み潰したような顔をしていた。もう、もう、死罪確定でもしょうがないよね、私。不敬よ不敬。

 

「落ち着けナリエッタ。俺は発情期の猿にはならん」

「そこじゃないのよ、問題は!」


 アル様も笑いを堪えていたけれど、こほん、と咳払いをしてエルドラン様に向かい合った。


「エルドランとはあまり会話らしい会話もしたことはなかったが、お前の目の色は、お前のお父上とよく似ていると思っていた」

「……!」

「それと眉の形もだ。髪の色は側妃様と同じだが、遺伝というのは髪や瞳の色だけではなく、爪の形、耳の形、骨格にも反映される」

「「「「は……?遺伝?」」」」


 全員が声を合わせて怪訝な顔をしたことで、失言に気がついた。


「あ、しまった、これはまだ早かったな」

「ダメですよ、アル様。情報は時代に合わせて小出しにしないと」

「すまん。つい熱くなってしまって。まあ、つまり、何が言いたいかというとエルドランの顔は、よく見ればそこの男によく似ているということだ」

「!!」


 エルドラン様は、はっとして護衛騎士の顔を見る。そこで何か気付いたのだろう。彼はがくりと膝を付いた。


「それじゃあ僕が今までしてきたことは…」

「無駄にはならないから、安心しろ?」


 確かにこれまで黙っていたことは、王を謀ったことになるかもしれないが、節操なくおっぱいポロリに飛びついたのは王の方だ。畏れ多くて言えなかった側妃様は、きっと毎日いつバレるかと気が気でなかったに違いない。でもだったら少なくとも子供に真実を伝えるくらい、


「はいはい、また口に出てるから」

「しまった!」


「ああ、おかしい!あなたいいわ、最高よ」


 とうとう王妃様までが口に出した。


「ナリエッタのいうとおり。わたくしも気付いておりましたし、王も気付いておりました。信頼する護衛がいつ名乗り出るか待っていたんですけどね。エルドランには申し訳なかったけれど、これも王の戒めとしてあなたをそばに置いたのです。()()()()()()()()()()()()()()()こんなことになるのだと。ただ、今になって明らかにしたのは、うちの子を差し置いて、エルドランが王座を望んだからなのです」

「お、王妃陛下……」


 うちの子を差し置いてって、めっちゃ私情挟んでますよ、王妃様。


「アナスタシア・レーノン公爵令嬢、お前は自分の軽さを恥じねばね。王妃となる身として、許してはならない一線を越えさせてしまったのは、そなたの弱さにもあるのです。いくら恋に落ちたとしても、せめてアルフレッドとの婚約を解消するまでは待つべきでしたし、子をなす行為は婚姻するまで待つべきでした」

「わ、わたくし、わたくしは!無理矢理だったのです!エルドラン様に襲われてっ!」


 あ、公爵令嬢が悪手に出ました。公爵様ご夫妻も真っ青です。もう、ここまでくると物語のシナリオめちゃくちゃですね。


「………あら。聞いていた話と違うわね。それが本当なら、エルドランには死罪を言い渡さなければ。そして身籠った子も、かわいそうですが堕胎させます。歴史ある公爵令嬢の子が罪人の子などと、家の沽券にも関わりますからね。あなたは修道院行きかしら。その辺りは公爵、あなたの裁量に任せるけれど。そして次期王妃候補に無体を働いたエルドランの連帯責任として、側妃のアナベル、父親のリューベルトも死罪になるわね」

「!!あ、あ、そんな、」

「む、無理矢理なんかじゃない!アナ!僕はあなたを愛していると告げたし、あなただって僕を真実の愛だと言ったじゃないか!」

「わ、わたくし、わたくしっ」

「さあ、わたくしの影が嘘を言ったのか。それともアナスタシア嬢、あなたが嘘をついたのか、どちらかしら?」

「影……っ」

「アナスタシア、正直に告白しなさい!」

「そうよ、ナーシャ、お腹の子がどうなってもいいというの!?」


 ご両親にも叱られて、公女様は泣き崩れて嘘をついたことを詫びた。最初から嘘など言わなければよかったのに。これでエルドラン様との間にもヒビを入れてしまったに違いない。


「よろしい。誰にも、嘘を述べたくなる一瞬というものは、あるものです。今回は許しましょう。エルドラン。公女の子を不義の子にするわけにはいきません。あなたは公爵家へ早急に婿に入り、公女を支えなさい。これは王命です。離縁は許しませんよ」

「……はい」

「では、下がりなさい」


 公女様と公爵ご夫妻、エルドラン様とそのご両親が部屋を後にして、両陛下に私とアル様、そしてエド様が部屋に残った。


「さて。アルフレッド」

「はい」


 王妃様はヘニョリと眉を下げて、アル様を見つめた。


「母はうまくやったかしら?」

「おおむねは」

「……全く、とんだ爆弾を落としてくれたものね。腹黒息子が」

「母上こそ。全てを知っていた上で無言を通すとは意地が悪い」

「お前が学園で暴露しなければ、内うちで済ませたものを」

「それでは、エルドランの計画を阻止出来ませんでしたから」

「全く、身内にも容赦がないこと」

「あれは身内ではないとおっしゃったのは母上でしょう。私は私の守りたいものを守ったまでです」


 王妃様はアル様とのしばしの応戦の後、はあ、とため息をついた。


「ナリエッタさん、あなたこんな腹黒でも本当にいいの?」

「今更何をいうんだ、母上!俺たちはもう結婚した!」

「あんたはそれでもいいかもしれないけど、この子はあんたの腹黒さを知らないでしょう!かわいそうに、すっかり騙されちゃって!」

「え、えっと?」


 いきなり口調が変わって口喧嘩になっているのを、私はポカンとして見比べた。王様は我関せずの体で哀愁を漂わせ、窓際に立ちすくんでいる。


 あれえ?


「ナリエッタ、これがこの方々の地です。だから本当に救済のつもりで、私があなたを貰い受けようとしたのですが」

「ふざけんなよ、エド!ナリエッタは俺の嫁だ!」


 ダッシュで駆け寄ったアル様は私を抱き抱えて、エド様から距離を取る。


「ああ、ほら、盛りのついた猿みたいに……」

「俺は親父とは違うっ!ナリエッタ一人だ!」

「私も、王妃一人なんだけどな?」

「あなたはお黙り」


 あ、王様が何か言ってる?愛してるのは王妃様一人?じゃあ側妃様達は?え、側妃のアナベル様は酔ってて魔がさした?いやあ、それあんまり信憑性がないですねえ。






 まあ、そんなこんなで。


 いつの間にか、私伯爵家の養女になってて。うちの親父様も文句の一つも言えずに私を手放した。ま、自身も男爵になったしね。


「これからはエド兄様と呼んでくださいね、ナリエッタ」

「はい、エド兄様」


 溺愛してくるエド兄様と共に、私名義の商会を立ち上げて缶詰と瓶詰め品のレシピを売り、花の香りのする石鹸とエッセンシャルオイルも商品にした。そのうちガラスの器や色付きグラスカップなども売り出す予定だ。


 なんだかんだで、結婚式も二年後から三年後に延期され(アル様は激怒してたけど、平民からの王妃教育はさすがに二年では無理だったので)王子妃教育かっ飛ばして、王妃スパルタ教育を三年で終えながら、ようやく結婚式が挙げられた。


 いつの間にか王様の側妃たちは王女たちも含めて居なくなり、「あれは紛い物だから気にしないで」と王妃に言われて。え、追及はしませんでしたよ?托卵って言葉が何処かから聞こえてきたので。


 気がついたら、アル様は戴冠式を終えて王になってた。


「ねえ、王位継承権、返上したとか言ってなかった?」

「記憶にございません」

「またそんなどこかの政治家みたいなこと言って」

「まあ、俺も政治家だからなあ」


 とかなんとか言いつつも。


 結構幸せになりましたとさ。



 =完=

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。誤字脱字報告ありがとうございます。とても助かります。


王様、全く話す隙がありませんでした。

女好きだけど、割といい人です。

王妃と息子の嫁からのパワハラにあってちょっと萎れてました。


ちなみに公爵令嬢と第二王子は結構うまくやっているようです。生まれた子供は女の子でした。

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