見回りに来る者
こちらは百物語九十六話の作品になります。
山ン本怪談百物語↓
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もう何年も前の話。
日本がまだ「バブル期」と呼ばれていた時代の話です。
当時、私は有名出版社の本社ビルに勤めていました。
当時若手だった私ですが、同期で一緒に働いていたM子とF美と一緒に1つの企画を任されることになりました。
新しい部屋と仕事道具も用意され、私たち3人は晴れ晴れとした気持ちで新しい仕事へ挑むことができました。しかし…
「ここの部屋は残業禁止だから。夜の警備員さんが来るまでに絶対仕事を終わらせてね」
先輩が私たちへ部屋の鍵を渡す際、警告するようにそう言いました。先輩は真剣な表情で言っていたのですが…
「そんなの無理じゃん。この書類を1週間で終わらせるとか…」
「無理だよねぇ~あの人仕事内容わかってないんだよ」
ぶっちゃけ、相手にしていませんでした。
当時は仕事がとても忙しく、残業が当たり前のような状態だったので、私たちは先輩の意見を無視して毎日残業ばかりしていました。
ある日のこと。
時間は夜中の11時過ぎ。いつものように残業していると…
「ちょっとコーヒー買ってくるねぇ~」
M子がデスクから立ち上がると、コーヒーを買うために部屋を出て行きました。特に気にするようなことではなく、M子がコーヒーを買いに行くのはいつものことでした。
しばらくすると…
カチャ…
部屋の扉を開けてⅯ子が戻ってきました。私とF美はパソコンの画面をずっと見つめていたので、声だけかけました。
「おかえり」
いつものM子なら、ここで軽く冗談を言いながら買ってきた缶コーヒーを私たちへ配ってくれるのですが、今回はどういうわけか缶コーヒーを配ることなく、黙って自分のデスクへ戻っていきました。
「えぇ~?私たちのコーヒーないのぉ?ケチ~!」
F美のクレームにも動じることなく、M子はデスクでパソコンの画面と向き合っているようです。私とF美も大して気にすることなく、仕事を続けていました。
しかし、しばらくすると部屋の外から激しい足音が聞こえてきました。
何かあったのかなと耳だけ傾けながら仕事を続けていると…
「ごめ~んっ!コンビニでアイス買ってたらあのセクハラ部長に捕まっちゃってさぁ!」
部屋の扉を勢いよく開けてⅯ子が飛び込んできた。
「えっ?」
私はM子の顔を数秒見つめた後、すぐにⅯ子のディスクへ目を遣った。
そこにさっきまでいたはずのⅯ子はもういなかった。
私は咄嗟にF美と顔を見合わせた。F美も驚いた様子で私のことを見つめていた。
こんな奇妙な体験が、何度も何度も何度もあったのです。
誰かがいきなり私の肩を揉んできたり、温かいお茶を入れてくれてそっとデスクの上へ置いてくれたり…
私はすぐに振り返ったのですが、毎回そこには誰もいませんでした。
全て残業中の出来事です。
怖くなった私たちは、あの時警告してくれた先輩へ相談してみることにしたのです。
私たちの体験を聞いた後、先輩は大きくため息をつき、少し呆れた様子で私たちに向かって話し始めました。
「うちの会社には昔自殺した女子社員がいたの。不器用な子で毎日上司から怒られてたわ。仕事も遅いから毎日残業してたんだけど、結局それが苦しかったみたいで自殺しちゃったの。あなたたちが使っているあの部屋でね」
先輩の話を聞いた途端、私たちの顔から一気に血の気が引いていきました。しかし…
「それ以来、あの部屋で女の人の幽霊を見たっていう人がたくさん出てきてね。あの部屋で残業すると絶対に出てくるのよ、あの子。優しい子だったから、頑張ってる子が気になるのかもね」
そう話していた先輩の顔は、なんだかとても寂しそうに見えました。
この話を聞いた後、私たちはあの部屋にお花とお供え物を置き、毎回全員で手を合わせることを日課にしていました。
残業も出来るだけやらないように努力しました。
結局私たちは2年間あの部屋で仕事を続けましたが、企画が終わるとすぐに前の部署へ戻ることになりました。
あの部屋はそれ以降一切使われておらず、倉庫のようになっていると聞いています。
あの部屋にいた女子社員は、今でもあの部屋を彷徨っているのでしょうか。
彼女の魂が少しでも早く安らげる場所へ向かえることを、私たちは今も願い続けています。




