第九話 アウラ=シュー
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「なあ、ほんとにやるのか?」
「もうこれしかないからな! それにドラン、こういうのって意外と儲かるんだぞ!」
アウラが遊んでいたせいで一文無しになった俺たちは、街道のど真ん中を占領していた。もちろんなんの策も無しにここにいるわけではない。今から、先ほどアウラと話した『とっておき』で金儲けをするのだ。
俺は両手で持てるぐらいの、道端に落ちていた空き缶を持って、アウラはさっきやっと説得して八百屋の店主から借りたほうきと、リュックに入っていた地図やペン、そして長めのロープを抱えている。アウラは箒以外のそれらを地面に置いて、大きく両手を振った。
「よってらっしゃい見てらっしゃい! 奇術師アウラの大道芸〜!」
「やりやがった……」
薄々勘付いてはいたが、アウラは自分から見せ物になることにしたらしい。俺もいつかはこんな事をやるのだろうかと思っていたが、まさかこんなに早くにその時期が訪れるなんて。このまま行けば、近いうちに餓死するだろう。
俺たちは今、円になった大勢の群衆に囲まれ、拍手喝采の中にいる。恥ずかしさよりも、人生が終わったという絶望が心に突き刺さる。もしこれが群衆に受けなかったら、俺たちはこの町では終わりだ。
「まずは手始めに、空を飛んで見せましょう!」
「ほんとにできんのかよ〜!」「見せてみろー!」「できたら金やるよ!」「初めて見るぜ、大道芸!」
群衆の叫ぶ声が聞こえ、アウラはそれに答えてゆっくりと一礼、そして左手を前に出し、場に静寂をもたらした。
張り詰めた空気に、糸をピンと張ったような緊張感が漂う。深呼吸したアウラは、目を閉じ、魔女さながらに箒に跨った。固唾を飲んだ群衆たちは、アウラに注目している。足を曲げて体勢を低くし、やがて膝が地面につくぐらいになって、そこでアウラは目を開いた。
「飛べ」
短く一言、アウラは箒に命令をするように声を発し、直後に地面を力強く蹴った。
あの時の、居合の時と同じだ。空気が変わったと感じる瞬間、バカそうに見えるアウラが、誰にも想像できないような事をする瞬間。その場にいる誰もが目を惹く、圧倒的な存在感。俺は次の瞬間、ただ唖然とするしかなかった。
「ーーーは」
俺の視界から突如としてアウラが消えた。俺は直前の緊張感に意識を集中させられ、気付くのが遅れた。
ハッとして空を見る。そこには、こちらに向かって悠々と手を振る、アウラの姿があった。……あり得ない。剣でならず者を切ることは、きっとアウラに剣の才能があったからできたのだろうと、そう思っている。だけど今回のは、そういう類のものじゃない。
箒で空を飛ぶという芸当は、努力でなんとかなるものではない。
あんぐりと口を開ける俺をよそに、群衆たちは空飛ぶアウラを見て熱狂していた。空中で一回転、低空飛行からの急旋回。箒の上で逆立ちしたり、時には飛び降りて、それを箒がまるで生きてるみたいに滑り込んで受け止めたり、もう何が何やらわからない。
「ドラン、ドラン!」
アウラの俺を呼ぶ声に、俺の意識は引き戻された。何回か瞬きした後に、アウラを目で追おうとした。でも、それはできなかった。
俺に向かって、雨霰のように投げつけられる大量の硬貨が、俺の視界を妨害したからだ。
アウラの素晴らしい空中浮遊に感心した観衆が投げてくれたのだ。それはありがたい。
ありがたいが、量が多すぎて感謝してる余裕がない。
「いた、いたたた! 絶対俺狙ってるだろ!」
たまらず俺は両手で顔を覆い、持ってた空き缶を地面に落とした。すると今度は、カンカンと高い音を立てて空き缶に硬貨が命中し出した。魔力で多少強化された体とは言え、痛いものは痛い。
ありがとう、ありがとうと言いながら、俺はだんだんその場から離れていった。
しばらくしてアウラが戻ってきて、他の芸もやろうと群衆に言い出したが、俺はそれを静止し、とりあえず日銭は稼げたのでまた明日、ということにした。
よほど感動したのか、群衆の中にいた貴族や金持ちたちは、明日にでもアウラのために大舞台を用意するそうだ。これでしばらくは、安泰である。
集めた金を数えてみたら、最初に俺が持ってたよりも多くの金額になっていた。物好きな金持ちが多くて良かったと、俺は失礼かつ素直な感想を抱いた。
さて、日銭を稼ぐことができ、その金で少しばかり遊んでから宿に帰った。夜になり、食事を終えた俺たちは、あとは寝るのみとなった。
おやすみなさい、と1日が幕を閉じるわけではない。金を数えたり、なんやかんやあって、俺はアウラに肝心な事を聞いていないのだ。
「なあ、アウラ」
「ん〜?」
「お前さ、昼間はどうやって箒で空を飛んだの?」
「あー、言ってなかったっけ?」
枕の位置を調整していたアウラは、俺の方を振り返った。ベッドに座ってアウラの方を見る俺は、こくこくと首を縦に振った。アウラは人差し指を唇に当ててウインクし、声をひそめて言った。
「ここだけの秘密だぜ?」
「おう」
「実はな、俺は……」
アウラはもったいぶって、周囲を見渡す仕草をし、再び向き直って笑顔で言い放った。
「神様がくれた力、魔力があるんだ!」
「まりょ、魔力!?」
「そうだ、すごいだろ! 俺実はこう見えて人間じゃあないんだよ! 特別な存在、悪魔なんだ!」
俺は衝撃の事実を聞かされたわけだが、こっちからも言わないといけないことがある。
「いや俺も魔力はある!」
「なんだって!?」
あんまりおどろいた俺は、目をまんまるくして思わずアウラに聞き返した。魔力。そんなのを持ったやつと会うなんて。普通に考えて、ミーシャ以外に悪魔は存在すると思っていた。でもまさか、こんなに早く別の悪魔に出会うなんて。
でも、びっくりしたのはアウラも同じみたいだ。俺が魔力を持っていると言ったら、アウラはびっくり仰天して、ベッドから転がり落ちてしまった。
「そうかー……。お前も」
「ああ。ミーシャって悪魔がいてな。それで俺は……」
「なに、ミーシャ!? ミーシャ=エドガルドか!?」
「そうだけどいきなりなんだよ!?」
ミーシャの名前を出した途端、俺の話を遮って、アウラが口を挟んだ。その勢いの凄まじさに、今度は俺がベッドから転がり落ちた。
「ミーシャ、ミーシャは俺の親友なんだ!」
「は……人生って、何があるかわからないな」
その夜は、俺に魔力があることよりも、ミーシャのことでアウラから話を聞かされた。その熱量は凄まじく、こっちがうとうとしても叩き起こして聞かせるほどだ。
完全に寝不足になった俺は、アウラの話が終わるなりぶっ倒れて、また長時間寝てしまった。このままでは、生活時間が狂い続ける。
アウラが話したミーシャの話、それはまたいつか、俺が話すことにしよう。