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幻獣-DEVIL−  作者: もる
第一章 カルガリア・リグレット編
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第八話 事故

 俺とアウラはパスポートを受け取り、無事にリグレットへと入ることができた。

 いや、訂正しよう。入れたはいいが、全く無事ではない。このリグレットという都市は、簡単に言ってしまうと治安が悪かった。最初の検閲はなんの意味があるのか、街はひどい荒れようで、半壊した建物がいくつもある。だがその反面、街の奥の方には綺麗な建物も見受けられる。おおよそ、入り口はならず者が占領していて、奥にはまともな人たちの居住区があるのだろう。


「なあ兄ちゃんたち。俺たち今金に困ってんだよ。ちょっと貸してくんね?」


「終わった……」


 さっそく柄の悪そうな男に目をつけられ、俺たちは今まさに身ぐるみを剥がされそうになっていた。最初に訪れた街でならず者に絡まれるなんて、俺はつくづく縁がない。せめて抵抗しようと思って剣に手をかけたが、建物の影から俺たちを覗く無数の視線に、その闘志までへし折られた。こいつを倒しても、また次のやつが現れる。

 詰みというやつだ。俺は諦めて荷物を置いていこうとした。


「は? 金なら自分で稼げよ、おっさん」


「ちょ、え、アウラ?」


 だがこの男、アウラは諦めなかった。俺が降ろそうとしたリュックを手で掴み、ついでに俺の剣まで持って、ならず者を睨みつけている。男もまた、不機嫌そうにアウラを見下して鼻を鳴らした。

 その間に挟まれる形になった俺の気持ちは筆舌に尽くし難い。男の視界にはアウラしか入っていなくて、アウラも俺のことなんか何も気にしていない。俺はほとんど部外者とおんなじような状況になった。

 そのまま、これ幸いと体勢を低くしてそそくさと離脱し、少し離れたところから状況を見守ることにした。建物の陰に隠れている別のならず者達も、俺と同じように見物を決めたらしく、誰も手を出そうとはしなかった。


「なあおっさん、俺強いから力じゃ解決できないぜ」


「は? 何言ってんだ? お前みたいなガキにやられるわけがないだろう!」


 挑発に乗った男は激怒して、アウラに飛びかかった。圧倒的な体格の差、アウラはまるで象が蟻を踏み潰すみたいに、なすすべなくやられてしまうだろう。脳裏に血まみれで倒れ伏すアウラの姿が見える。でも俺は、目を瞑ることができなかった。

 アウラが大きく開いた両足で地面をしっかりと踏み締め、腰のあたりまで剣を引き、体勢を極限まで低くした。

 そう、居合のような姿勢をとったからだ。

アウラはその構えに至るまで、無駄な動きが一切なかった。男がその太くたくましい腕でアウラの頭を掴む直前、アウラは目にも止まらぬ速さで剣を抜いた。

 俺の目には、銀色の光が男の腹のあたりまで伸びたように見えて、直後に盛大な血飛沫が舞った。


「ええええ!?」


 俺は予想外の出来事に驚愕し、今まで出した事がないような声を出した。これには建物に隠れていた他の男たちも驚いたのか、周囲から同じような声が聞こえた。アウラはそんな外野の声は気にせず、無表情で男を一瞥したあと、急に微笑んで言った。


「だから言ったじゃん、強いって」


 動かなくなった男からは、当然返事は返ってこない。アウラは剣を軽く振って、血を落とした後で鞘に収めた。あまりにも綺麗すぎて、早すぎる決着。一見不利に思えたアウラは、誰も予想しなかった勝利を獲得した。

 命を一つ刈り取ったのに対し、それに見せた美しい微笑。それが、彼の強さを狂気的に表現した。仲間である俺でさえ、そこに恐怖を感じるほどに。

 いつの間にか、俺たちを取り巻いていた気配が消えた。おそらく、俺と同じ結論に至ったのだろう。


 アウラはこの場で一番強い、と。


 荷物を持って、アウラは俺にゆっくりと近づいて来た。一瞬固まる俺に、アウラは安心させるように笑いかけた。


「あはは、びっくりしたでしょ。俺剣には自信あってね」


「……ああ、心強いな」


 内心ビビっている俺は、少し強がって答えた。アウラから見たら滑稽に映るかもしれないが、俺はそれでもアウラに対する態度は変えられないだろう。当然だ。あの一瞬で、どっちが上かなんて分かりきったのだから。

 もちろん、アウラは俺との上下関係をはっきりさせたいだなんて思ってないだろう。それが返って恐ろしいのだが。


「さあ、危機も去った事だし、さっさとこんなとこ抜けよう」


 俺たちは荷物を持って、速やかに街の奥まで入っていった。今度は誰にも絡まれることはなく、街のあちこちからあの青髪はやばいだの、寝癖で油断させてるだの、変な話もちらほら聞こえた。ともかく、噂が素早く伝わったことで、俺たちは襲われなかった。


 整備された道路や建物が見え始め、とうとうここを抜けられると思った時、俺たちの前に思わぬ困難が立ちはだかった。

 なんと街をふたつに穿つ、俺たちの身長をゆうに超える柵があった。柵の周りには穴が掘られており、柵本体は棘のついた金網が張り巡らされ、とても上らせる気は無さそうだった。一難去ってまた一難、俺たちはここで立ち往生することになった。

 結局柵に沿って出口がないか見て回ることになり、そうこうしているうちに昼になってしまった。だが幸いなことに、出口は見つかった。そこにも衛兵が立っていて、パスポートを見せたら通してもらえた。


「もう疲れた、寝る……」


 俺は宿に着くなり、ベットに大の字になって眠った。

 俺の無計画も悪いが、それ以上に運のない1日だった。

 よほど疲れていたのか、起きたら昼間になっていて、丸一日が経過していた。

 俺は着替えを済ませて、昼食を食べようと思いリュックを漁った。そこで異変に気がつく。


「あれ、小遣いがない……」


 俺はリュックを逆さまにして何度も上下に振ったが、当然そんな事をして見つかるわけもない。幸いにも、そばにはリュックから出された食料があったので、それを食べることにした。きっとアウラが出しっぱなしにしていたのだろう。


「そうだ、アウラだ!」


 アウラなら、俺よりも先に起きていたかもしれない。俺はパンを水で無理やり流し込んで、急いで宿から飛び出した。

 街の入り口の方とは違って、整備された街道は出店が立ち並び、大勢の人で賑わっていた。

 俺はきょろきょろと辺りを見回し、特徴的な青髪を見つけて走り出した。


「アウラ! 大変だ、俺たちの金がなくなってる! このままだとかなりまずい!」


「え? ああ! ごめんごめん! 全部使っちゃった!」


「……は?」


 早口に捲し上げる俺に対し、へらへらと笑ったアウラは楽観的に答えた。

 全て使ったと。

 一瞬、俺は何を言われたのかよくわからなくて、とぼけた声を出した。だが、時間をかけて理解できた。

 アウラはバカなのだ。最初に出会った時、俺たちは2人だけでいてはならないと思ってた。俺たちよりもしっかりした、まとめ役のもう1人が必要だと思っていた。取り返しようのないミスが起こる前に。


「アウラ何してんだお前ぇぇぇーーー!!」


 俺は頭を抱えてその場に座り込んで、叫んだ。文字通り真っ暗闇の未来に、絶望しか見出せなかったのだから。

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