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幻獣-DEVIL−  作者: もる
第一章 カルガリア・リグレット編
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第六話 旅立ち

 俺は何にも思いつかないまま、とうとうミーシャが帰る日になってしまった。この一週間、俺は何もしてこなかった。屋敷にある珍しいものに目を奪われてただけで、これからのことは考えないようにしていた。


 一週間後に、絶対に答えを出さねばならない。


 俺はそれが痛いほど分かった上で、自分の気持ちと、自分の将来に向き合うことができなかった。

 そして迎えた運命の日。

 俺はぼんやりと、これまでの思い出を振り返りながら、屋敷の当主からもらった服を着て、ミーシャが乗る馬車の前に見送りに行った。屋敷の前にはたくさん貴族と、世話になった当主がいた。俺はなんとなく当主の横を通り抜けて、馬車の近くまで歩いて行った。


「ドラン、本当に来ないの?」


 ミーシャは悲しそうに俺を見て言った。胸が締め付けられるような感じがした。言おうとしていた言葉が、喉の奥につっかえて出てこない。最後の瞬間にはできた決心が、今、ここでは、できない。


「ドラン?」


「……ああ、俺はいい。俺はこれから旅に出ることにしたんだ」


「旅?」


 俺の口から出た言葉は、全く俺が考えていたものとは違った。思ってることと言ってることが違うのに、俺は困惑したけど、それでも口が止まらなかった。


「俺はこれからいろんなところを旅して、いろんなものを見るんだ。いつかまた会ったら、話を聞かせてやるよ」


「……そっか。じゃあここで一旦お別れだね。寂しくなるなあ」


「なに、大丈夫だろ。お前は家族と一緒にまた幸せに暮らせるさ」


 俺は貼り付けた笑顔をミーシャに向けて、言葉の裏側に隠れた俺の本心に問いかけた。お前は何を言っているんだ、と。答えは返ってこない。当たり前だ。最初から考えなんて何にもないんだから。

 ミーシャは何にも話さなくなった俺の方をじっと見ている。その瞳に映る俺は、どんな表情をしているだろうか。

 ミーシャと別れることの悲しみと、俺自身を見たくないのとで、俺は下を向いた。下を向いたまま手を振った。


「元気で」


「……うん。またいつか」


 絞り出した言葉が、ミーシャとの最後の言葉になった。俺たちの別れの挨拶を合図に、馬車は出発した。馬車が出発してからやっと実感が湧いて、俺は思わず顔を上げた。ミーシャは窓から身を乗り出してこっちに手を振っている。

 俺も手を振った。なんだろう、泣きたくないのに涙が勝手に出て来て、どんどん出て来て、止まらなくなった。

 やがて馬車は見えなくなって、屋敷の前には俺と当主だけが残った。まだ泣き止めない俺の肩を、当主が優しく叩いて言った。


「本当に旅に出るなら、いつでも私に言いなさい。君はエドガルド嬢を助けてくれたんだ。いくら礼をしても足りないぐらいだからな」


「……わがったぁ……」


 俺はしゃくりあげながら、当主の言葉に頷いた。彼は優しいから、きっといつまでだってここにいられるし、彼が言ったみたいに、旅に出るなら用意を抜かりなくしてくれる。


 俺はその夜、本当に旅に出ようと決心した。



 次の日、俺は無茶を言ったのに、当主は旅の準備をしてくれた。本当に準備が早い人だった。結構大きめのリュックと、かなりの大金をくれた。リュックの中には、何日か分の食料と水、この辺り一帯の地図や、ランプまで入っていた。それと、本来は衛兵に渡すような剣を俺に与えてくれた。剣を鞘から抜いて、刀身を指で撫でながら、俺は感心して当主に尋ねた。


「これ、本当にいいのか?」


「いいとも」


 当主はにっこり笑って、快く頷いた。俺は剣を鞘にしまうと、リュックと一緒に背中に背負った。口をついて出た言葉、思ってもいなかったことが実現してしまった。俺はなんだか、流れに身を任せてるみたいに進んでいく気がした。


「馬車も用意できるが……」


「流石にそこまでは頼めない。地図によると……リグレットっていう町が近いみたいだから、そこまで歩いて行くよ」


 ミーシャが出て行ったのとは逆の方向に進むことにした。ミーシャとあんなに泣きながら別れたのに、おんなじ方向に進んで鉢合わせになったら気まずいし、追いかけて来たと思われたらそれはそれで恥ずかしい。


「それじゃ、もう行く」


「ああ。ドランも元気でやってくんだぞ」


「俺は大丈夫さ」


 俺は鞘に入ったままの剣を振って、当主に別れを告げた。ポケットの中からボロボロになった身分証を取り出して、俺は街の関所までゆっくりと歩いて向かった。整った服を着て、たくさんの荷物を持って、俺は混み合った大通りを進んでいる。路地裏から見ていた光景、俺が堂々と通れなかった大通り、歩けた今は、意外と感動していない。

 なんだ、こんな感じか、といった思いだ。


 俺は関所を抜けて、生まれ育った街から出て行った。感慨はあんまりなくて、俺は振り向きもせずに歩いて行った。いつも街の外に出て遊んでいたから、それとおんなじような感覚だ。街の外は少し離れたところに森があるだけで、そのほかには目立ったものはないもない。

 俺は剣で肩をとんとんと叩きながら、方角を確認しようとした。


「北だから、えーと、どっちだ?」


 残念ながら、俺は何にも教養がないから、方角はわからなかった。最低限文字が読めるだけで、それ以上の知識はなかった。


「まあなんとかなるだろ」


 俺はため息をついて、考えるのを諦めた。わからないものは仕方ない。気楽にやっていこう。

 ここでも俺の悪い一面が出てきてしまった。

 

 そんなふうにして、俺とミーシャは別々の道を進むことになった。

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