第五話 分かれ道
俺はミーシャに案内され、長い廊下を渡って、服がいっぱいある部屋に通された。どうやら俺は、病院で眠っていたのではなく、とある貴族の屋敷で眠っていたらしい。俺は貴族が嫌いだけど、命が助かったんだから、とりあえず屋敷の当主に礼を言った。
まあ、嫌いと言っても、食わず嫌いみたいなもんだった。
嫉妬とか、そこから生まれる怒りとか、そう言ったものに支配されていて、俺は貴族が嫌いだと思っていたのだ。
「うわ、こんなの見たことないぞ……。あ、これも、これもだ。すげぇ……」
俺はたくさんの服に囲まれて、目を丸くしていた。ミーシャと俺の後に続いて来たメイドみたいな人たちが、こっちの服が、いやこっちの方がと、いろんな服を勧めて来て、俺は混乱しつつ、やっと一つの服を決めれた。表通りを歩く男がよく来ていそうな服だ。服まで着せようとして来たけど、それは断っといた。
今度は食堂まで通された。見たことないぐらい長い机に、椅子がたくさんあって、机の上にはパンとかシチューとか、今まで食べたことないものとか、いろんな食べ物があった。俺はミーシャの隣に座った。
「え、何これ……。俺たちなんかしたか?」
「何にもしてないよ。私が王族だったから、こんなふうになっただけ」
「そう言えば言ってたっけなあ……」
俺はぼけっとして、持ち方のわからないナイフとフォークはほったらかして、手を使って食べた。俺の様子を見ている他の貴族たちはくすくすと笑っていて、一緒について来たメイドが食事のマナーを俺にあれこれ教えた。
俺は別にいい、とその行為を断ろうとしたが、こっちを見ているミーシャがドン引きしているのを見て、素直にテーブルマナーを学ぶことにした。
食事を終えると、俺たちはまた元の寝室まで返された。俺は今までにないぐらい新しいことを体験した。こんなこと、俺の人生にはありえないと思っていた。信じられないことが起こりすぎて、俺は罠さえ疑った。
「ねえドラン、君が良ければなんだけど」
「あ?」
「私ね、奴隷にされちゃったけど、君が買ってくれたから生きて行けたんだ。だからね、お礼をしたいと思って」
「時計見つけてくれたじゃないか」
「あんなんじゃ返しきれない! ……ずいぶん時間が経っちゃったけど、私、これから自分の国に帰れることになったんだ。だから、ドランも一緒に連れてって、一緒に暮らすこともできるんだ」
ミーシャが国に帰る。俺の心にその言葉が突き刺さった。ミーシャは安全な生活を送れるから、それでいいはずだ。さらに俺もそこにいけるなら、異論などない。だけど、俺はそれがなんか違う気がした。
俺は親もいない、家もないただの孤児なのに、王族と暮らしていていいものなのか? 俺の心は、ミーシャと一緒に行きたい心と、俺がそんなところにいてはふさわしくない! と言う二つの意見で割れていた。
「……考えてみる」
「うん。出発するのは一週間後だよ。それまでに決めてね」
俺はその場で答えを出せず、結局決断を先送りにした。俺はベットに大の字になって寝転んで、これからのことを考えた。どう考えてもミーシャと一緒にいた方が生活が安定するし、ミーシャと一緒にいると楽しい。だけど、俺はその中で生きる価値を見出せるだろうか。ミーシャと一緒にいるだけで、俺は何もせずにただ日々をだらだらと過ごしてしまう気がする。
それは俺が、退屈な人生を送っていると言うことになるのではないか。思い出せ。ミーシャと出会う前に、俺は何をしたかった? どうやって生きたかった? 何を望んだんだ?
「……思い出せねぇ」
俺は左手で顔を覆って、何も思いつかない自分に絶望した。俺はこの先、何も成し遂げない。やりたいことなんてないもない。ミーシャと出会って、ミーシャのことしか考えなくなった。
俺の思考力は著しく落ち込んで、ミーシャという存在をただただ追いかける、そんな存在になってしまった。
こうしてベッドに横になって考え事をしている時間さえ、無駄に感じる。人生を浪費し、平凡な人生を歩んでいく自分の未来を考えたくなくなって、俺は考えるのをやめた。