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幻獣-DEVIL−  作者: もる
第一章 カルガリア・リグレット編
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第三話 思い出

「あ!ドラン遅いよ〜!」


「悪いな。やることがあった」


 男との会話を済ませたあと、俺は急いでミーシャの元へ向かったのだが、あいつは俺の予想よりも早くナリを整えていて、かなり待たせてしまったようだった。


「じゃあ、行こうか」


「ちょっとまって」


「なんだ?」


「ドランも、身なりを整えてからの方がいいよ。ほら、服がよれよれだよ」


 そう言われて見てみると、確かに俺はひどいナリだった。

 こんなナリであの男の前に出たから、あんな笑い方をされたのかもしれない。

 今まで羞恥心とは無縁だった俺は、なぜかその時、頬がほてっていた。

 それはおそらく、ミーシャの前でみっともないナリでいたこと気づいたからだ。

 俺は、だんだん俺の気持ちが理解できてきた。


「ドラン、ほっぺが真っ赤」

 ミーシャはくすくすと笑いながら、俺にそう言った。恥ずかしくてミーシャの方を見れない。


「ミーシャ、俺はな」


「うん?」


 俺は恥ずかしいので、話題を服のことからそらすことにした。


「お前がこの先、なに不自由なく暮らせたらいいのにな、って思ってる」


「え? ドランと一緒は楽しいよ」


「そうじゃない。俺は、汚れてる。汚れた生き方をしてる。だから、きれいなお前には、きれいな生き方をしてほしいんだ。ほら、今のナリを見てみろ。貴族顔負けだぜ」


「……それはないよ、ドラン。私はもともとがダメだから、着飾っても変わんない」


 そんなわけねえだろうが! と言いたかったが、俺の口から出た言葉は別の言葉だった。


「……そうかもしれん」


 クソすぎる。俺は最低だ。なにがそうかもしれん、だ。

 一瞬、言おうか迷った言葉、それをいうべきだった。

 今、目の前のミーシャはどんな顔をしているだろうか。

 俺は、ミーシャを悲しませてしまっただろうか。

 俺の顔が、また急速に赤くなっている気がした。


「……そっかあ……。ドラン、君はいつも私のことを褒めてくれてたよね」


「そうか?」


「そうだよ。……だから、褒められなかったのって、初めてかもしれない。でもね、それでいいんだよ」


「どうゆうことだ」


「ドランは、いつも適当に褒めてる感じがするんだ。そっぽを向きながら褒めるし……。だから、否定してくれた時は、ドランの本心が現れてるんじゃないかって思うんだよ」


「俺はいつも本心から言ってるぞ」


「そうかな? ……じゃあなんでだろう……私には、ドランの気持ちがいまいち伝わって来ないんだ」


「……そう、か。ごめんな」


 俺は、なんだか今までの行動全部がミーシャを不快にさせていたんじゃないかと、とても不安な気持ちになって、ミーシャを真正面から見れなかった。


「こっち向いてよ」


「ーーーー」

 俺はミーシャから顔をそらしたまま、適当に時計台を見ていた。

 こんな会話をしているうちに、時間が経ってしまったなあと、無理に他のことを考えながら。


 俺は今、きっと、こいつの方を見れない。

 もし見てしまったら、なぜだかわからない緊張と、ミーシャとの思い出がフラッシュバックして、とても複雑な気持ちになる気がする。


 それこそ、いつものミーシャと話す時みたいに。

 でも今、俺は、いつも以上に激しく動揺していた。

 心臓も早鐘のように鳴っていて、苦しいぐらいだった。


「向いてってば〜」


「なんでだ」


「いいじゃん」


「無理だ」


「え〜……まあいいか」


 俺はその場をなんとかやり過ごして、自分の気持ちを少し整理して見た。

 どうやら俺は、俺が昔動物の生態やら姿やらを観察するのが好きだったように、ミーシャの生態やら姿やらを観察するのが好きらしい。

 心の底では図鑑にしたいとでも思っているのだろうか。


「あ、そうだミーシャ」


「え? なに?」


「ほら、せっかく着飾ってんだ。街の中心まで行ってくるといい。貴族に会えるぞ」


「え〜……やだなあ」


 ミーシャは、俺が貴族の話をしたら心底いやそうな顔をした。


「行け」


「……じゃあ、ドランは貴族に会えるよーって言われて、会いに行きたいなって思うの?」


 するとミーシャは、俺がミーシャに言ったのと同じ質問をしてきた。

 そんなの、答えは決まってる。


「……やだな」


「でしょ? 私も今、そんな気持ち」


 俺は、貴族が嫌いだ。

 何か悪いことをされたかと言われれば、別にされていないと答える。

 それでも、俺は本能的に、あいつらを嫌っている。

 あいつらは裕福で、この街を取り仕切ることができるくせに、ろくな政治をしてない。


 俺には政治はわからない。

 俺が理解できないだけで、今が最善の状態なのかもしれない。

 でも、路地裏での生活は、今も昔も変わらないそうだ。

 ならば、俺にとって貴族なんて好ましい存在じゃない。


 俺がここでの生活の仕方やルールを教えたから、少しばかり俺の思想がミーシャに写っていても仕方ないのかも知れない。

 ならば必然的に、ミーシャも貴族がきらいという訳だ。


「……じゃあ、俺とそのへん散歩でもするか?」


「うん! それがいい!」


「どこ行きたい?」


「路地裏!」


「路地裏!?」


「路地裏探検!」


「路地裏探検!?」


 俺はミーシャの意見は尊重したいとは言え、ドレスを着てるくせに路地裏に行くなんてばかげていると思った。


「……それも、知りたいな」


「うん?」


「あ、いや、なんで路地裏に行きたいんだ?」


「いや〜実は私、この街の路地裏を全て手中におさめたいなー、なんて思ってて」


「なるほど」


 ミーシャは案外、ばかなのかもしれない。


 俺はそのあと、ミーシャと一緒に路地裏を探検した。

 気づけば俺たちは街の中心まで来てしまっていて、日も落ちてかなり暗くなっていた。

 幸い、ミーシャが探検中に描いた地図を持っているので帰り道には困らないはずだ。


「なあ……ミーシャ、そろそろ帰るぞ」


「え〜……やだよ。まだいようよ」


「そんなこと言ってると、ほら、オオカミが出るぞ」


「キャー! こわーい! ドラン、早く帰ろう! ……って言って欲しい?」


「めっちゃ言って欲しい」


 俺が脅しても、ミーシャは全く聞く耳を持たなかった。

 それどころか、いい感じの長さの棒をふりまわして、俺をからかっている。


「……しょうがないなあ……そんなに帰りたいんだ」


「ああ、もう暗いからな。あぶないだろ?」


「……そっか、じゃあ、地図をっと……て、あれ?」


「どうした?」


 ミーシャは地図を取り出して、それを見ながら首をかしげた。

 なんだか、いやな予感がする。


「いや、読めないなって」


「はあ……? 貸せ」


 俺は暗い中に目を凝らし、顔をしかめた。

 なるほど、字が下手すぎる。


「ひとまず、表通りに出ようか」


 俺はこのままでは、自分の知らない場所で夜を明かすことになると危機を感じ、灯りの漏れている方に向かって走った。

 ミーシャは俺の後からちゃんとついてきている……


 ……はずだった。


 俺が息を切らして立ち止まると、背中から鋭く長い何かが刺さった感触があった。

 初めはそれが何かわからなかったが、遅れて襲ってくる強烈な痛みに、俺は絶叫しながら、何が起こったか理解した。

 背中から刺さった長い何かはナイフで、俺の肋骨の間をすり抜けて、正確に胸の中心、心臓を貫いていたことを。


「ぁ、ぐぎ、ぁぁ!」


 そのまま地面に倒れて、俺は痛みに悶えながら、今度は最悪の可能性に気がつく。

 ミーシャがいない。

 俺の後ろにいたはずの、ミーシャがおらず、そこには、代わりに誰かが立っている。

 もし、ミーシャが俺と同じ目にあっていたら、あるいは、もっと酷い目にあっていたら、と、俺は思考を巡らした。


「……なあ、お前、貴族だろ。なあ!? そうなんだろ!?」


 男の、声がした。

 知らない男の声だった。

 だがその声には、暗闇の中でもはっきりとわかる、殺意と怒りに満ちていた。


「が、ちが」


「お前じゃない。女の方だ。まったく、綺麗なドレスだなあ? 路地裏の貧民どもに見せびらかしに来たのか? あ?」


「……! ちが、う!」


「ちがうわけねえだろう! 孤児がどうやってドレスを着るんだ!?」


 俺は痛みに歯を食いしばって、男の言葉を否定した。だが、それは男をさらに怒らせてしまうだけだった。


 それにしても、タイミングが最悪だ。

 たまたまミーシャがドレスを着ていて、たまたま貴族に怒りと殺意を持つ男に出会い、ドレスのいろんなところを取り繕ってあるのに、たまたま暗かったせいで男には見えず、今の状況に至るのだ。


 全く、なんて運がないんだ。

 あまりにも唐突で、あまりにも無慈悲な、神が与えた最悪の運命だ。


「ッ……」


「なんのつもりだ?」

 俺は残った力を振り絞って、立ち上がった。

 暗くてよく見えないが、たぶん、俺の胸からは大量の血が出ている。

 そしてそれは、まだ止まっていない。

 そして同時に、暗闇に慣れ始めていた目に、ミーシャのドレスの裾が映ったのを、俺は見逃さなかった。


「……ミー、シャを」


「安心しろ。殺しはしねえぜ」


「……ぁ?」


「まずな、こいつを人質にして、身代金として大量の金を手に入れる」


「……?」


「それでな? 金が手に入ったら今度は、こいつを返してやるんだ。ただし」


「……」


「全身の皮を剥いでな」


「き、さまッ……!」


「だまれ。……そうだな、俺はお前のその目が嫌いだ。その、俺を憎悪する目が」


 俺の、怒りに見開いた目の視界が一気に暗くなった。

 その瞬間ーー、


「ぎ、あああぁぁぁぁーーーー!!」


 左目に激痛が走った。

 最後に、何かが光ったのは見えた。

 でも、そこから見えなくなった。

 だって、目がつぶされてしまったから。

 幸いだったのは、男が思い切りナイフを刺さなかったことで、脳までは刃が届いていないことだった。


 だが、目はヤバイ。

 この暗闇で、ミーシャを探せなくなる。

 俺は再びその場に膝をついてのたうち回った。

 喉は絶叫しすぎて張り裂けそうだ。

 だめだ、死ねない、と思っていても、俺はもうそれは叶わないとわかってしまった。

 だって、致命傷を2回もくらってしまったから。

 これじゃ、ミーシャを守れない。絶体絶命だ。


「おい! そこで何をしてる!」


 そう思っていたら、今度は表通りから別の男の声が聞こえてきた。

 同時に、まばゆい光が差し込んでくる。男の正体は、ライトを持った警備員だった。


「……! おい、大変だ! 医療班を呼んでこい! 少年が怪我をしている! なるべく急げ!」


「クソッ! 見つかっちまった!」


 路地裏にいた男は、捨て台詞を吐いてさっさと逃げてしまった。

 誘拐やら殺人などの事件を起こしたものは、この町では処刑される。

 だから、男は逃げたのだ。

 ミーシャを人質にするだの、身代金を取るだの言っていた時は、きっと頭に血が昇っていて正常な判断ができていなかったのだろう。


 俺は、明るくなったので、残った左目で周囲の確認をした。

 逃げていく男のそばに、ミーシャはいなかった。

 きっと、どこかに隠れたのだ。

 俺にここまでやっておいて、逃げてしまった男の行方は、遅れてやってきた複数の警備員が追っている。


「……よか、った」


 俺は、安堵した。ミーシャは助かった。

 それだけで、十分だった。


「おい、少年! しっかりしろ!」


 最初に俺を見つけた警備員は、俺の近くに駆け寄り、自らが持っていた応急処置用の医療キットを取り出して、俺を治療し始めた。

 無駄、なのにな。

 さらに後ろからもう1人の警備員がやってきて、俺をたいそう哀れに思ったらしく、見ていられない、と路地裏の方にかけて行った。


「エドガルド嬢!?」


「エド、ガルド嬢……?」


 聞きなれない単語に、俺は疑問を覚えた。

 この路地裏には、今、俺とミーシャしかいないはずだ。

 だから、エドガルド嬢というのは、きっと。


「ミー、シャ?」


「なんだ? 君は知ってたのか? いや、それよりも今はしゃべるな。傷が開くぞ」


 開くも何も、俺の傷はもう塞がらない、と、俺はわかっていたので、自分のことは無視して、最後までミーシャのことを考えようと思った。


「おしえろ……。エド、ガルド嬢って……?」


「……この街の南にある、ドラン地方の王族だ。ミーシャ=エドガルド嬢というんだが……数年前に行方不明になったそうだ」


「……そう、だったのか」


 俺は、今、一番知りたかったことを知れた気がする。

 ミーシャには、俺を魅了する何かがあった。

 その何かは、王族としての、天性のカリスマ性とか、そんな感じのものなんだと思う。

 でも、俺は、まだ満たされていない。

 知りたいことが、多すぎる。


 ミーシャはどこに行った?

 ミーシャはなぜ誘拐された?

 なんで、ミーシャは俺に『ドラン』と名付けた?

 俺は、ミーシャに会えたら、なんて言いたい?

 このままだと、未練が多すぎて死ねない。

 いや、それでいいのか。

 死ねなかったら、ミーシャと一緒にいられるから。


「ドラン!」


「……! ミーシャ!」


 唐突に、横からミーシャの声がした。


「ごめ、ごめん。私、何もできなくて。わた、私のせいで、こんな、こんなに」


「……ちがうよ。ミーシャは、悪くない。それより、どこにいたんだ?」


「ゴミ箱の、中に」


「ふ、はは、そうか」


 ミーシャは、ゴミ箱の中に隠れて、難を逃れていた。

 男が俺の目の前で怒りを爆発させた、あの瞬間に隠れたのだ。

 まったく、心配したじゃないか。


 俺は、ミーシャに心配をさせたくなかったから、ミーシャとの会話中、できるだけ平静を保って、できるだけいつも通りにしゃべった。

 でも、限界が近いことに変わりはない。

 いいたいことは、早めに言っておきたかった。


「ドラン、私、言おうと思ってたんだ。私が、王族なんだって。でも、勇気が出なくて、言えなくて、ほんとに、ごめん……」


「あやまるな。ミーシャだって、悪気があったわけじゃないんだろ? それに、俺は嬉しいぜ」


「え?」


「俺、俺はな、お前と出会った時から、ずっと、お前のことをたくさん知りたいって思ってた」


「ーーーー」


「だから、あやまるな」


 ミーシャのことを知りたい、と言う欲求は、おそらく尽きることがない。

 でも、少なくとも、今この場では、一番知りたかったことと、二番目に知りたかったことが知れた。

 ミーシャが隠れていた場所。

 安否を知ることができて、安心した。


 ミーシャの出自。

 孤児にしては容姿が整いすぎていたし、何よりドレスが似合いすぎだ。

 王族だと分かれば、納得がいく。

 俺は、満たされてるはずだった。

 なのにーー、


「死にたく、ねえなあ……」


 俺の目から、涙がこぼれ落ちた。

 この先も、ミーシャといっしょにいられたらいいのになって、思ってしまったから。


 ミーシャと一緒に笑って、俺がミーシャにいろんなことを教えて、ときどき遊んで、今日みたいにドレスを着せてみて、今度は表通りを歩いて、思い出を共有して。

 それで、いつの日か伝えたかった。

 俺の中の、最近やっとわかったこの気持ちを。

 でもそれは、永遠に果たされなくなってしまうんだ。


「俺、まだ、いいたいことがある」


「ーー! なに、ドラン」


「俺、ミーシャのことを、愛してる」


「ーーー」




「俺は、最初、お前を興味本位で買ったんだ」



「でも、俺は、いつからか別の感情を抱いてて」



「それを、言いたくて、だから今、言ったんだ」



「俺は、死ぬから」


 俺は今、俺の人生で最大の勇気を振り絞った。

 たかが自分の想いを告げるだけ。

 それだけでも、とても緊張した。

 血を流しすぎて頭がぼうっとしてるから、はっきりとはわからなかったけど。

 でも、俺は、言えたんだ。

 ちゃんと、ミーシャに言えたんだ。

 だから、もう、悔いはない。


 ないんだ。


「……そっか」


「ミーシャは、俺のこと嫌いか?」


「ううん」



「私も、ドランが好きだよ」



「だから、特別」



「絶対、生きて」


 ミーシャはそう言って、俺の方にさらに近づいてきた。

 視界もぼやけてきて、俺はもうそろそろやばい。

 でも、俺のぼやけた視界でも、ぼうっとした頭でも、その時のことはしっかりと覚えている。


 ミーシャは、俺の血だらけの唇に、そっと口付けをした。


 俺の意識は、そこで途絶えてしまった。だけど、


 なんだかとっても、満たされた気がした。

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