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幻獣-DEVIL−  作者: もる
第一章 カルガリア・リグレット編
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第二話 ドラン

 俺はミーシャに生きる上での基本知識や、関わってはいけない人間、盗み食いがしやすい店など色々なことを教えた。俺たちは、やはり生きるだけで精一杯な生活を送っている。

 俺がミーシャと暮らし始めて、大体三ヶ月が経った。そこで、俺は気づいたんだ。

 

 俺は、無意識にミーシャのことを目で追っていて、それはミーシャも同じだということに。互いに互いのことに気を配りながら生活している、そう言ってしまえば終わりだ。ミーシャはそうかもしれない。

 でも、俺は違った。無意識ではなく、意識的にミーシャのことを見てしまう。なぜか?これもわからない。俺が信頼できる人間なんてもうこの世にはいない。だから、隣に信頼できるやつがいる生活が久しぶりだ。


 だからミーシャのことを大事に思っているのか?


 それも違う。大事に思っていない、といえば嘘になってしまうが、ミーシャを目で追う理由にはならない。彼女が俺を魅了する何かを持っている、としか言いようがないのだ。それはあの日、牢屋にいたときから変わらない、彼女の魅力だった。だから、俺はミーシャのことも、俺のこの気持ちのことも、無性に知りたくてたまらない。


「ドラン! ドラン!」


 そういえばミーシャは俺のことを『ドラン』と呼ぶようになった。あいつのいた国では『竜』を表す言葉らしい。その国では『竜』は神聖な存在で、大昔に国を救った英雄だそうだ。全く、俺にたいそうな名前をつけたものだ。

 他にも変わったことはある。俺はミーシャの髪を、前髪は目にかからない程度に切って、後ろ髪は肩で切りそろえた。女の髪型はわからないから、表通りを通る女を観察して、考えうる限りベストな髪型を選んだ。

 あとは、ミーシャのための服を盗んできて、雨の日にミーシャの体の汚れを洗い流してやった。こいつは意外と整った容姿をしていて、もし貴族に生まれていたら、王族からも結婚を申し込まれていたかもしれない。それだけに、俺はミーシャが自分の近くにいることを嬉しく誇りに思い、同時に勿体無いと思った。


「今日は表通りに出ようよ!」


「ああ、いいよ。……それにしても」


「なに?」


「お前はこんなに明るいやつだったんだなあって。今でも慣れない」



「なんだよ〜いまさら」


 ミーシャは手をひらひらさせて、歯を見せて笑った。俺は正直、一時の感情に流されてミーシャを買った日、とても後悔していた。でも、今は後悔していない。それどころか、俺はあの日の選択が俺の人生を変えたとさえ思っている。

 もしあの時ミーシャを買わなかったら、俺はいまだに朝から晩まで街の外で動物を追い続けていたかもしれない。俺は当時、この世の生物を全て調べ上げて、図鑑にすることが夢だった。でも、そんなこと孤児である俺にはできない。馬鹿げた夢を諦めるきっかけをくれたのも、ミーシャだった。


「ミーシャ」


「なに?」


「いやほら、えっと、ドレス。表通りに出るならドレスだ」


「ああ!この前拾って取り繕ったやつだ!」


「そうだ。あと、俺の金を全部お前にやる」


「え?なんで?」


「体洗ってこい。それで1人だけなら温泉でも銭湯でもなんでもいけるだろ」


「でも、それじゃドランがこのあと困るんじゃ……」


「困らん。行け」


「……じゃあ、ありがとう。行ってくる」


 俺はミーシャをひとまず路地裏から出させて1人になった。この街にはたくさんの孤児がいるが、金を持っていれば何も文句は言われない。かなり確率は低いが、孤児が一生かけて蓄えた金を使って一発当てれば、この街の市長になることさえできる。

 まあつまり、金を持っているのだから、ミーシャに危険はないということだ。これは俺自身の身でも実験済みである。


「さて、俺はこの隙に……」


 俺は家から離れると、普段は通らない、路地裏の最奥まで入って行った。もし今、ミーシャがいたら、絶対にこの道は通らない。

 なぜならーー、


「よう、久しぶりだな、兄ちゃんよ」


「……そうだな」


 そこには、あの日ミーシャをこの街に連れてきた奴隷商がいるからだ。さすがに、路地裏までは移動式の牢屋が入ってきていない。


「それで、どうだい、あの奴隷の調子は」


「……どうって、言われてもな」


「なんだそりゃ」


 男はおれの曖昧な答えに大笑いした。その笑い方には、人を人と思わない、奴隷商の腐った性根が滲み出ているようだった。正直、見ていて不快だ。なので、俺は早めに話を切り上げたかった。


「それより、俺は驚いたよ。まさかあんたから手紙が届くなんてな」


「そりゃそうだろうな。他の奴隷商なら、わざわざ手紙なんかよこさん。ましてや、孤児になんかな」

「ーーーー」


「おっと、口が滑ったぜ」


「どうでもいい。それで、なんの用で来たんだ?」


 この男は、俺の神経を逆撫でするのが得意らしい。俺はこの男にそこまで恨みはないし、奴隷商をしていることに関してどうとも思っていない。だが、ミーシャのことを奴隷と呼んだ時だけは、とても気分が悪かった。それは、ミーシャが俺に与えた大きな影響だと言える。


「いやな、奴隷を買ってくれた客に奴隷の評価を聞こうと思ってな。消費者の意見ってやつだ」


「……そうか」


「だからな?なるべくちゃんと答えてくれ。お前の答えが、この先俺が良質な奴隷を選べるかにかかってるんだぜ?」


「……そうだな。あいつは、特に秀でた点はない。力も体力も、むしろ俺のほうが上だ。だから、やっぱり女はよくねえな」


「なるほどなるほど……」


 男はいつの間にか小さなメモ帳を取り出していて、俺の言ったことをメモしていた。真っ当な仕事をしているわけではないが、仕事に対しては真面目に当たっているらしい。


「それと……あいつは南のドラン地方出身なんだが、それも関係していると思うか?」


「あ?どうゆうことだ?」


「力の弱さだよ。その国の食べ物やら気候やらで変わるかもしれん」


「さあな。俺はその地方のことは知らん。第一、ろくにメシを食ってない孤児なら、どこでも同じじゃないか?」


「……それもそうだな。よし、わかった。今後に役立てるとしよう」


「そうか。じゃあ俺はこれで……」


「待て」


「あ?」


 やっと会話が終わったと、俺はその場を去ろうとした。だが、男は俺の肩を掴んでそれを拒んだ。何事か、と目を見張ったが、


「また、買ってくれよ」


「……金があったらな」


 男は、最後の最後まで、腐っていた。なぜだか、最後の言葉は、男が、俺がミーシャを買ったことに感謝しているように思えて、それがなんとも腹立たしかった。

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