9、イジメ
翌日貴族学院に行くと、学院は殿下の告白の話で持ちきりだった。
(サリー様、学院中すごい噂になっていますよ)
(どんな噂?)
誰も来ないチャペルの裏庭で、サリーはエルシーと念話で話をしていた。話の内容は、エルシーが、姿を消して学院中を飛び回って得た情報だ。
(ランドブル殿下は一途な愛を求めて、国王陛下に直訴したとか)
(他には?)
(公の場で愛を語った殿下は、素敵だとか)
(ふーん)
(殿下を信じてる、カローナローレン嬢は素晴らしい女性だとか)
(それから)
(殿下とカローナローレン嬢の恋を引き裂く、サリー様は酷い女だとか)
(えっ?)
(殿下の告白を聞いてもも、身を引かないサリー様は、権力が欲しいだけの悪女とか)
(なにそれ、他は知らないけど、わたくしの話は勝手な妄想じゃない)
噂とは、本人には関係なく流れていくもので、噂を聞いた人が少しずつ少しずつ手を加えられ、さながら誰かの小説のように作られていく。
作ってる側は楽しくてしょうがないけど、作られてる側は運が悪ければ地獄に落ちる。ただ、誰もが少しだけ手心を加えるだけだから、誰一人悪気なく誰一人真剣に考えることもない。
(それで、サリー様はどうするの?)
(どうしようか?)
(何も考えてないの?)
(考えても仕方ないのよ、流れが変わらない限りわね)
(流れって………… )
「この人、こんな所にいたわよ」
突然二人の間に入ってきた女性達四人を、サリーは思い出せなかった。最近まで学院に来ることのなかった彼女は、貴族同士の繋がりが少なく、友達も数える程しかいないので、思い出せなくても仕方がない。
「貴女、こんな所で何しているの? 学院中が貴女の噂で持ちきりですのよ」
「そうそう。図々しい女だって噂になってますの」
「あら、わたくしは人の恋人に手を出す、最低の悪女だって聞いたわ」
「悪女、わたくしもそれ聞きました」
(サリー様、彼女達は貴族派の令嬢です)
サリーは、エルシーの言葉で貴族派の令嬢だと分かったが、さっぱり思いだせなかった。ただ、エルシーも爵位までは良く覚えてないので、その程度の付き合いだと思う。
「貴女なんかを、殿下は相手にしないわよ、この泥棒猫」
(サリー様、切れないでくださいね)
「殿下とカローナ様の恋を邪魔しないでよ、人でなし!」
(呪ったらダメですよ)
「さっさと、殿下に婚約破棄しますって言いなさいよ」
(寄生魔使ったら、ダメですからね)
「そうよ、カローナ様にも誤って」
(あぁー、四人の命の危機!)
(エルシー、貴女、いったいわたくしのことを、どう思っているのよ!)
彼女らの言葉よりも、エルシーの言葉に傷つくサリーだが、貴族の令嬢らしく彼女らの言い掛かりには、ひたすら笑顔で聞き流していた。
「貴女、聞いてるの!」
行き成り、四人の内の一人がサリーの肩を押そうとする。彼女は軽く横に交わしたが、女性は勢い余って前のめりに倒れてしまう。
「酷ーい、サリーローレンス様が、チェリーナ様を押し倒したわ」
「えっ、わたくし何もしてませんけど」
「押し倒したのに、そんな嘘もつくのね! 酷いわ」
「大丈夫? チェリーナ様に謝ってください」
「そうよ、そうよ、誤ってよ」
(小説に出てきそうなセリフですね、サリー様)
誰もがサリーの話を聞かず、ただ謝れと連呼する。最初からサリーを嵌めるのが目的なので、身勝手な言い分も彼女らに取っては最高の武器だ。
イジメのルールは、人数の多いほうが勝つ。
「わたくし、見ました。チェリーナ様は勝手に倒れましたわ」
突然の声に皆が振り返ると、震えながらも勇気を振り絞ったジルがいた。彼女は両手を握りしめると、サリーに近寄り小声ながらもきちんと弁護を始める。
「なに、勝手に話してるのよ! わたくし達が嘘ついたと言うの?」
「だって、チェリーナ様は勝手に倒れたじゃない。わたくし、ちゃんと見ましたわ」
「わたくし達だって、ちゃんと見てるわよ」
「そうよ、そうよ」
「サリー様は何もしてないのに、勝手なことばかり言わないでください」
「貴女こそ、勝手なことを言わないでよ」
「そうよ、チェリーナ様が正しいわ」
今度はジルがターゲットになるが、彼女は震えながらも必死に抗議する。だが、貴族派の女性は興奮して今にも暴力に発展しそうだった。
(常世之闇に身を置きし人外の者よ、吾の傀儡となる闇なる者よ、臨兵闘者皆陣列在前、吾の招きに応え吾の願いを叶え、急々如律令奉導誓何不成就乎、鎌鼬、薩婆訶)
サリーは、心の中で呪文を唱える。
鎌鼬、鋭い刃物の様な爪で風に乗り切りかかる。その姿は、誰にも見えない。
「キャッ、なに、この風」
「ウッ! 前が見えないわ」
「いやぁー、スカートが」
「やめてぇー、目に埃が…… 」
貴族派の四人を中心に、急に発生したつむじ風が砂埃を舞い上げ、その場にいるサリー以外の誰もが思わず目を瞑る。
「「「「キャァアアーーー」」」」
(サリー様、やりすぎです)
(下着は残してるんだから、優しいほうよ)
風が収まり、ジルが瞼を持ち上げたら、貴族派の女性四人の服がボロボロになってずり落ちていた。悲鳴を上げた彼女らは、大事な部分を隠しながら、全速力で走って行った。
「なんだったのかしら、今の風?」
「さぁー、わたくしにも…… 」
(やっぱり、やってしまいましたね)
何事もなかったように、さらりと嘘をつくサリーに、エルシーは呆れた眼差しを向けるが、サリーが気にすることはない。
「きっと天罰が下ったのです。そう思いませんか、ジル?」
「そうですね。きっと、そうです」
二人は、堪らず笑い声を上げた。
「さっきは、ありがとう御座います」
「いいえ、あの人達酷いですね。わたくし弱いですけど、曲がったことを言う人嫌いなんです」
「でも、ジルは、勇気ありますのね」
「だって、サリー様だったから…… あっ、わたくし用事を思い出しました。失礼いたします」
「………… 」
何故か意味深な言葉を残して走り去るジルを、宝物を見つけたような笑顔でサリーは見ていた。