7、婚約者は王子様
あれから一年が経ち、サリーの身の回りにも変化があった。一番変わった事は、アルフレード・サルラーン・ランドブル第一王子と婚約したことだ。
別に彼女が好きで婚約したわけではないが、正式に聖女に選ばれた侯爵家の御令嬢となれば、政略結婚も不思議ではない。
ただ婚約をすることによって、アルフレード王国貴族学院におけるサリーの生活も変化した。
アルフレード王国貴族学院とは、貴族の御令息及び御令嬢が集まる学び舎で、平民なら誰もが羨み、誰もが憧れる華やかな世界。彼ら彼女らの身に付けるお召し物一着で、平民が頑張って働いた半年分の給金が、軽くふっ飛ぶほどの贅沢に溢れている。
憧れの世界も現実は異なるもので、実際は学院生同士の妬み、僻み、恨みと、魑魅魍魎が住む貴族特有の陰湿な側面もある。
ローレンドール・ガーランド・サリーローレンス侯爵令嬢、サリーも、この貴族学院に通う学院生で、来年卒業する最高学年になる。
彼女は教会での人々を助ける聖女としての顔と、勉学に励む学院生としての顔を、常に両立させねばならないが、淑女の嗜みばかり教える退屈な学院に、正直辟易していた。
当然、彼女が選ぶ顔は聖女となり、気がつけば聖女の仕事だけを優先的に行っていた。だが、人生は好きな事だけをすれば良いわけではなく、貴族としての繋がりを重視する父に説教され、最近は仕方なく学院に顔をだしていた。
聖女の仕事ばかりで学院に友達も少ないサリーは、誰も来ないチャペルの裏庭でひとり静かに過ごす事が、最近の日課となっている。
(サリー様が、ランドブル殿下と婚約するとは、世も末ですよね)
友達がいなくても彼女が会話に困ることはない。今ではすっかり家族みたいなエルシーがいるからだ。
一年経ってもエルシーは黄泉の国に帰らず、未だに現世に居座っている。彼女はサリーの前にしか姿を見せず、滅多に喋らなくなった。お陰で最近の会話はもっぱら念話ばかりだ。
(それは、少し酷くないですか?)
(だってサリー様ですよ。お世話になったわたくしが言うのも変だけど、いざとなとなれば殺人も平気で行う人ですよ。それなのに聖女に選ばれ、有ろう事か第一王子と婚約だなんて、有り得ないですよ)
一年前、彼女は友人であるエルシーが殺されたことに腹を立て、エルシーを黄泉の国から招くと、彼女に復讐計画を持ちかけ五人のうち四人を殺害する。ここだけ聞けば、誰だってサリーはPSYCHO-PASSと思うだろう。
つまり、エルシーの話も一理あると言える。
(嫉妬ですか?)
(残念、第一王子の評判事態は最悪なので、サリー様に同情したいくらいです)
(それなら、宜しいのではなくて?)
(そうではなくて、誰もサリー様の本性を見抜けないから、モヤモヤするのです)
(わたくしは、結婚したくて婚約したわけではないですから、文句は王族と教会、そしてお父様に話してください)
(また、そうやって話をはぐら…… )
「ハァ、ハァ、御機嫌よう、サリー。やっと見つけましたわ」
息を切らしながらでも、きちんと挨拶ができる彼女の名前は、カルドベール・マイスノール・マリーノガーレン公爵令嬢、サリーの親友だ。
「御機嫌よう。どうしたの、そんなに慌てて」
「ハァ、ーーーサリー、聞きました?」
(あっ、デジャブ)一瞬サリーは一年前を思い出した。マリーの言葉から、サリーはエルシーの復讐を手伝うことになったからだ。
「突然どうしたのですか?」
「大変なの、サリーの婚約者のランドブル殿下が、最近カローナローラン令嬢と良く一緒にいるらしいの」
「噂ですわ。わたくしはランドブル殿下を信じています」
(うそ! さっき婚約したくて婚約したわけじゃないって、話ていたじゃない)
(それはそれ、これはこれよ)
サリーの婚約者のランドブル第一王子は、浮いた噂が学院内でも有名で、すでに何人もの女性を泣かせている。
「どうするの? 浮気を追求するの?」
「わたくしは王子を信じていますから、追求はしません」
(ただ、面倒なだけでしょ)
「かりにも、貴女の婚約者でしょ。心配じゃないの」
「勿論心配です。でも、殿下は絶対に浮気はしません」
(相手にもしてないくせに…… )
(少し、静かにしなさい)
婚約者に興味はなくても、平凡な学院生活を送るためには、極力話題の中心にならないことだ。すでに第一王子との婚約が発表され、話題の中心になりつつあるから余計に注意が必要だ。
修羅場、淑女の嗜みばかり教える学院で、王族のスキャンダルなど最高の前菜であり、そこに婚約者との修羅場が加われば、メイン料理に早変わりだ。
第一王子とは、当たり障りのない関係を続けていきたいので、浮気相手との修羅場は最悪であり、婚約者との不仲説は問題外だ。
上辺だけでも、婚約者とは中慎ましい関係を演じなければならない。相手が王族である以上、立場の弱いサリーは念入りに演じなければならない。
話題の中心にならないためには、努力が必要なのだ。
「では、放って置くのですか?」
「そうね、それとなくランドブル殿下に、お伺いします」
余り噂になって問題になっても対外的に困るので、度が過ぎるようでしたら釘を刺そうかと考えていた。
「ところで今度、わたくしの大好きなフラン殿下の誕生祭が王城にて行われるの。サリーも参加してくれるでしょ」
マリーの婚約者のアルフレード・サルラーン・フランシスク第三王子は、今年十二歳になる美少年でマリーの尻に敷かれている。
フランシスク王子は、サリー達より四つ年下だが、王侯貴族にとって年の差は些細な問題で、実際マリーも気にしていない。
「ランドブル殿下も誕生祭に参加するから、伺うならチャンスですよ」
「えっ、来ますの?」
「勿論来ますよ。だって王族ですもの参加するでしょ」
「…… 」
成る程、言われてみれば第三王子の誕生日に、第一王子が参加しないのは寧ろおかしい。
(アハハハハ。ちょっと、楽しみだね)
(楽しくない…… )
本音を知るエルシーが笑い、サリーは憂鬱な気分になった。
★ ★ ★
華やかなシャンデリアが幾つも煌めく場所に、艶やかな服装に身を包んだ王侯貴族が三百人以上も集まっている、彼らは王族派と貴族派に分かれて集まっていて、お互いを牽制しあっている
侯爵家は王族派に属しているためサリーの父、ローレンドール侯爵は同じ派閥のガルドベール公爵と話をしていた。サリーを誘ったマリーは、フランシスク第三王子の元にいるため、彼女は一人ポツンと壁に持たれている。
去年までは大勢の男性からアプローチを受けたが、今年は誰も来ない。ランドブル殿下と婚約したのだから、誰も来ないのは仕方がないとはいえ、ここまで来ないと淋しく感じる。
(サリー様のこと、良く分からなかったですけど、ボッチなんですね)
(今日は、偶々です。毎回ボッチなわけではないのです)
鋭い言葉のナイフがサリーの胸に突き刺さり、HPが半分削られたけど彼女はなんとか表情を変えずに応えた。
(だって、サリー様のお友達はマリーしか、いらっしゃらないではないですか)
(違います。他にも数名はいます)
(天下の侯爵家の御令嬢なのに、お友達が数名って…… )
(もう、揚げ足取らないでください。わたくしにもお友達は沢山います)
(そうですか…… )
「御機嫌よう、サリー様」
エルシーとの会話に入ってきたのは、スローローラン・ガーデンブル・ジルメリッサ男爵令嬢だ。彼女も聖女候補の一人で、サリーの数少ない友人の一人だ。
「御機嫌よう、ジル」
(ほら、わたくしにもお友達はいますでしょ)
(同じ、聖女候補だったリズじゃないですか)
(友人には違いないでしょ)
(はいはい)
「それより、宜しいのですか?」
「えっ! どうしたのですか?」
リズの話が意味不明でキョトンとしていたら、彼女がサリーに近寄り耳元で「裏庭でランドブル殿下と、カローナローラン令嬢が抱き合ってキスしてたわよ」と話してくれた。