4 呪い
男らに罵詈雑言を浴びせていたエルシーだが、苦しむ男らが静かになると、飽きてきたのかサリーに近寄ってくる。
「サリー様、もう、動かなくなりましたから、死んだのでしょうか」
「たぶんそうね。満足しましたか?」
「えぇ、ほんの少しだけ。でも…… 」
「そうね。本命が残ってますからね」
「次も手伝ってくれるのですか?」
「勿論、ただし、次は………… 」
サリーとエルシーの密談は、暫く続いた。
★ ★ ★
三人の男性を処刑してから五日が経つが、サリーは普通の生活をしている。大司教や大司教の息子に復讐するわけでもなく、普通の生活を送っていた。
「サリー様は、転生者なのですね」
あの日からエルシーは黄泉の国に帰らず、サリーの側にいる。再び招くから帰っても良いよと話をしたが、エルシーは帰りたくないと言う。
別に問題もないので、彼女の好きにさせている。
「えぇ。わたくしは日ノ本、と言う世界から転生して来ました」
「自分の力で転生したの?」
「そうです、わたくしは歳を取り、残り寿命が少ないと分かったとき、死にたくなくて新しい式神、転生術を作りそれを実行しました」
陰陽師にも転生術は無く、サリーは作るしか無かった。幸いにも、土御門家の蔵の中で古い書物を見つけた。
書物は、先見渡りの書と書いてあり、未来を知るための術が記されていた。術の面白い点は、魂を未来に飛ばし先読みをする発想にある。だが、未来に魂を飛ばす事は理論上成功したが、魂が戻ってくることは無かったらしい。
先見渡りの書によれば、魂は体から離れても、ある程度の時間なら戻れることは確認済みだが、未来に魂を飛ばすことは、時間よりも空間が断裂してしまい、その事が原因で戻れなかった可能性が高い。と記されていた。
それなら最初から戻って来なくても良いと考えたサリーは、術に不足してる部分、魂の融合を追加した。未来の世界で新しく生まれてくる子供との、魂の同化を考えたのだ。
実験をすることはできないので、一発勝負だったが成功する。問題は、転生した先が、未来じゃなくて別の世界だったことだが、サリーにとっては些細な事だ。
「それでしたら、サリーおばあちゃんと呼ばなくては…… ごめんなさい」
サリーの恐ろしい形相に、エルシーは素直に謝った。
「ですけど、この世界に来て、新しく聖魔法を覚えることができましたから、転生して良かったと今は思っています」
「それは、良かったですね。あっ、わたくしの魂も転生できますか?」
「難しいです、肉体が無いと転生術の力に耐えられないのです」
「そう、そうですか、残念です」
「でしたら、転生じゃなくて、輪廻転生を選んだほうが宜しいのじゃなくて?」
「それだと、記憶がなくなるではないですか」
輪廻転生は死んでも輪廻の輪に戻るだけで、再び新しいく生まれ変わる話だ。転生術との違いは、記憶が輪廻転生の輪で消去されてしまうことだ。
「記憶を持ったまま、転生したいのです!」
「うーん、諦めて下さい。今の私には無理ですから」
エルシーと楽しく話してるところに、ドアをノックする音が聞こえる。
「お嬢様、教会から使者の方がおいでになりました」
「分かりました。通してください」
教会からの使者の方はトゥーラン枢機卿と名乗り、大司教が大事な用事があるので、教会まで来てほしいという内容だった。
使者の言葉に、サリーとエルシーはお互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
★ ★ ★
トゥーラン枢機卿に案内された場所は、大聖堂のある場所から少し離れた同じ敷地内にある屋敷だ。貴族の建物にしては小さめだが、平民の建物から考えたら大邸宅だ。
建物の中は質素な作りで、絵画や彫刻なども一切なく、値段の高そうな家具も無い。大司教が、質素倹約する真面目な性格だと容易に想像できる。
「此方に、お入りください」
案内された部屋は誰もが口を閉ざしていて、どんよりした空気が漂う通夜のような場所だった。
「サリー様、どうか大司教様をお助けください」
部屋の中には、三人の教会関係者がいて、大司教の面倒を見てるようだ。そのうちの一人が、サリーをベッドの側まで案内する。
「どうぞ、お体の様子を見ていただけますか」
側近が毛布を捲ると、体が青黒く染まっており、腕は先端に近づくほど黒く染まっている。黒く染まっている部分は細胞が破壊されていて、皮膚や肉が萎んでしまい骨の輪郭が見えている。生きているのが、不思議な状態だ。
勿論、サリーの予想通りだ。
(サリー様の、仰られた通りになりましたね)
エルシーが、サリーの心に語り掛ける。彼女は、サリーに黄泉の国から招かれたとき、サリーと魂のパスができていた。言い換えると、魂のパスができたから招くことができたとも言える。
普通、魂は目に見えない。現在のエルシーも魂だけの状態なので、誰の目にも見えない。だけど、魂が繋がったことにより、サリーにはエルシーの存在が見えなくても分かり、念話も使える。
(そうですね。後は息子さんですね)
大司教の状態は呪いによるものだ。
今回の復讐は、呪いでじわじわ苦しめる計画だ。本来、ある程度細胞が壊死すれば人間は長時間生きてはいけない。壊死した細胞によって、血液の循環が止まってしまったり、腐った細胞が血液の流れにより健康な細胞を破壊するからだ。
細胞が破壊される痛みは、想像を絶する痛みになる。その痛みは、殺してくれと神に願わずにはいられない程だが、神の教えにより死ぬこともできない。
病気なら死ぬこともあるだろうが、これは呪いだ。呪いは、かける側に主導権がある。つまり、活かすも殺すもサリー次第ということだ。
サリーが大司教に呪いをかけたのは三日前、大司教は三日間気が狂いそうな激痛に襲われていたはずだ。それこそ、死んだほうがましだと思えるほどの痛みだ。
「フロークス大司教、先日お世話になりました、ローレンドール・ガーランド・ロンメイソン侯爵の娘、ローレンドール・ガーランド・サリーローレンスです。本日は治療のために参りました」
「久しぶりです。元気でしたか」
「おかげさまで元気です」」
「サリー様、どうですか、治せるのでしょうか」
枢機卿が話の間に入ってくる。切羽詰まった様子は彼が大司教に対する態度の表れでだ。
「期待に応えるよう、尽力いたします」
「私は良い、それよりも息子から頼む、アリクは私の二日前から苦しんでいる。頼む、見てやってくれ」
自分自身よりも息子を見てくれという大司教の言葉に、サリー達にも都合が良かった。彼よりも先に息子に復讐をしたかったからだ。
「畏まりました。ーーーでは、誰か…… 」
「ダメです、先に大司教様を治療をしてください」
「私の一生の願いだ、頼む! アリクから治療をしてくれ」
頑とした態度で立ちはだかる枢機卿だが、大司教の再度の懇願に項垂れながら道を譲った。
「仕方ない、ローレンドール令嬢様、こちらになります」
トゥーラン枢機卿に案内された場所は、隣の部屋だった。ベッドに近寄りアリクの姿を確認すると、彼の症状は大司教よりも酷く、殆ど全身が真っ黒だ。
体中の細胞が壊死していて、既に黒い骨の標本のようになっている。だが、意識はあるうえ、微かだが話すこともできる。死ねないだけだ。
「どうでしょか?」
「すぐに治療します。皆様、治療には強い聖魔法を使います。強い聖魔法は、健康の人には害になりかねません。ご足労かけますが、皆様この部屋から出ていただけますでしょうか」
「畏まりました。失礼いたします」
強い聖魔法は、害にしかならない。この話は結構有名なので、誰もが指示に従ってくれた。
「朱雀・玄武・白虎・勾陣・帝久・文王・三台・玉女・青龍、其の者ら力、吾に貸し与え給え、急々如律令、音遮界、薩婆訶」
「サリー様の術? 不思議な力ですよね」
「そうでしょうか。わたくしには、魔法のほうが不思議です」
「そうですか…… 」
部屋全体の音を遮断する結界を張り終えると、いつの間にか姿を見せたエルシーが、サリーに話しかける。それも極僅かな間の事で、アリクを見るなり怒りの形相剥き出しになると、ゆっくりアリクに近寄っていく。
彼女の尊厳と命を奪った男が目の前にいるのだから、すぐにでも飛びついて殺してやりたいだろう。だが、エルシーには触ることができない。
彼女はアリクの耳元で囁く「簡単には殺さないよ、苦しめて苦しめて苦しめてから、わたくしが満足したら殺します」と。
なるべく、18時前後に投稿しようと思います。