31、疫病
あれから更に二週間が経ったが、サリーの周囲の状況は未だ変わらない。だがサリーが焦ってる様子は全然なく、ある意味普段通りの生活を送っている。
ある意味と敢えて言うのは、彼女は別の意味で忙しい生活を送っているからだ。
このところサリーは、毎日至る所を飛び回っている。その理由は、アルフレード王国では今現在、王都を中心に謎の疫病が流行っていて、彼女も聖女として疫病の治療に専念するため教会に泊まり込んだり、患者の家を訪れて治療行為を行っているからだ。
疫病の原因究明は未だ特定されておらず、他国への移動も規制されているが、今のところ軽い規制中なので経済への影響は殆ど皆無と言える。だからといって今後もこのような規制が続けば、アルフレード王国の経済は大打撃を受ける可能性が大きく、経済的な脅威に晒されていると言っても過言ではない。
疫病の最大の特徴は、皮膚に腫瘍やしこり等の出来物が確認できるようになり、症状が進行すると皮膚は爛れて悪臭を放ち始める。最初は腕や足などの人体の末端から見え始め、背中、お腹と進み、最後は顔中の皮膚が爛れ悪臭を放つ。
未だ死亡例は確認されてないが、疫病に感染した重症患者は外出を制限されたり、禁止されたりと軟禁状態か監禁状態を余儀なくされている。重症患者にだけ制限を設けるのは、軽症患者が圧倒的に多く、彼らは全て手足に軽い腫瘍ができても、殆どが僅か一日で自然と完治するので経済的観念からも制限は設けていない。
疫病の正式名称は決まってないが、世間では金持ち病とか、富豪病、貴族病などと言われており、理由として比較的裕福な人が重症化する傾向が殆どだからだ。疫病は平民も多く感染しているが、重症者を探すことが困難と言うほど軽症者が多く、逆に貴族や商家などの裕福な生活を送る人ほど重症化してるケースが多い。
疫病の治療方法だが回復が効果的で、重症化の中でも比較的症状の軽い患者には、多大な効果を発揮している。ただ、顔まで爛れるような重症患者には効果がなく、その場合は完全回復が必要となる。
問題は、回復を使える聖法師はアルフレード王国でも数人しかおらず、一日に使える回数も一回と極めて貴重な状況となっている。だが、完全回復に関しては現在までにサリー以外使えた人はいない。サリーのユニークスキルと言えば分かりやすいだろう。
お陰で、サリーは各地を忙しく飛び回っている。彼女にしか治せない患者が多いからだ。
(今思い出しても笑える状況でしたね、サリー様)
(えっ? 笑える状況って?)
(ほら、教会の人が大勢来て、サリー様の家の前で土下座したときの事ですよ)
(あぁ、それね)
二週間前に最初の患者が現れた頃は、サリーを頼るも者はいなかったが、その四日後、今から丁度十日前に教会のトゥーラン大司教と、十数名の枢機卿がローレンドール侯爵家を訪れ、サリーに協力を求めてきた。
その頃にはトゥーラン大司教を含めた、全ての枢機卿が疫病で重症化しており、聖法師に治療を頼み回復を施したが、回復の兆しを少し見せただけで、再び重症化となり全てが徒労に終わる。
最早、聖女の力に縋るしかなく、最後の望みとして侯爵家を訪ねてきたのだ。
当初は書面にてサリーを呼び出そうとしたが、父であるローレンドール侯爵が書面を破り捨てたため、本人達が態々侯爵家まで足を運ぶ結果となったわけだ。
(サリー様のお父様が「自分らの都合だけ押し付けるな」と、キッパリ言い切った時の、彼らの絶望の顔を思い出したら笑いが込み上げてくるわ)
(そう?)
(そうです。散々サリー様を蔑ろにして困らせたくせに、いい気味だと本気で思ったわ。うふふ)
(そう言わないで、彼らも聖職者の前に人だから、利益を求めたりもするけど、自分自身が病気になれば、形振り構わず土下座だってするのよ)
(そうですけど、やっぱりあの人たちの顔を思い出したら、笑いが込み上げてくるわ。久しぶりに、スッキリした。うふふふ)
父にハッキリ言われた彼らが、絶望するのも仕方ないことだ。教会の大司教と枢機卿でもある彼らは、病気が治らないだけでは世間が許さない状況に陥っていた。
疫病が物凄い早さで感染していくなか、重症化するのは金持ちの商家と貴族だけと噂が流れ
、疫病の名前も金持ち病と、侮蔑の意味を込めて平民が使い始めていたからだ。
教会として大司教や枢機卿が重症化するなど恥であり、一刻も早く治療をしなければ、商家や貴族と同列に金儲け主義と言われかねない。
そうなれば教会の権威が失墜する可能性が高く、教会の総本山であるクライリストル教皇国からの責任追求は免れない。当然、最悪枢機卿以上は失脚のうえ、教会からの追放も十分有り得た。
(でも、サリー様はどうして、すぐに許したのですか?)
(わたくしは聖女です。それが全てです)
(それだけでは、わたくし満足しません。他にも何か、理由があるのではなくて?)
(彼らを治さないと、教会での治療が困難だと判断したのです。平民は、わたくしを直接呼ぶことはできませんから、教会が絶対必要になるのです)
(平民と言っても、金持ちの商家ばかりだけどね。それに、あの人達は侯爵領との取引を断った人達ばかりですよ。あんな人達まで治すなんて、サリー様は優しすぎます)
エルシーが呆れるのも仕方がない。平民とはいえ、公爵領に経済的打撃を与えた商家を許すことは、生前貴族だったエルシーには信じられない行為に映ったからだ。
(良いではないですか、彼らも非を認め謝罪してくれましたし、許してあげましょうよ。それに、今後も侯爵領とは今まで通りの取引を行うと約束してくださり、もう二度と侯爵領が経済的な孤立を招くような真似はしないと、誓ってくださりましたからね)
(それは、そうですけど…… )
(それよりも、誰か来たようですよ)
(そのようですね)
侯爵家の玄関前は大広場になっていて、馬車が数台止められるようになっているが、そちらの方から大勢の話し声や、馬の鳴き声などが騒がしく聞こえてきた。
「サリー、王族の使いの者が来ている。陛下と王妃様の治療をしてほしいそうだ」
「そうですか」
「本当は断ってしまいたいが、国王陛下からとなれば断るわけにもいかない。すまないが話を聞いてやってほしい」
「承知しました。今行きます」
父に優しく微笑むと、サリーは身支度を始めた。