3 エルシー
鬼門、丑三つ時の深夜二時から二時半までを指し、その時間に北東の方角から鬼が出入りする門が開くと言われている。
王都から少し離れた丘の上、青々とした芝生が丘の大部分を占め、時の流れが他とは違いゆっくり流れる。
頂上からの眺めは最高で、王都の町並みや川の流れ、晴れた日は遠くの山々が見え、人生を終えた後に求めるとするなら最高の場所だ。
だが、夜になると景色は一変する。丘の上特有の肌寒い風が終始吹き抜け、真の闇が丘を覆い尽くしたならば、悲しみの声が溢れ出す。この場所は、王都の北東に位置する広大な墓地だ。
王都の貴族が好んで選び、人生最後の住処とする桃源郷。その一角にキャロライン男爵家専用の土地があり、エルシーローラン男爵御令嬢の墓も、ここにある。
その墓の前で、首まで土に埋もれた三人の男性が、叫んでいた。
「おい、レンド。どうしてこうなった」
「知らねぇよ。俺は家で寝てたんだ。こんな場所しらねーよ」
「俺も家で寝てたんだ。親方教えてくれよ、俺たちどうなるんだ?」
「俺が聞きたいわ! お前ら、なんとかならないのか?」
「ダメだ。ビクともしねぇ」
「俺も、全然動けねぇ」
死に物狂いに藻掻く彼らだが、首まで埋まれば何もできず、煮るなり焼くなりやりたい放題だ。
幾ら頑張っても抜け出せず、彼らが諦めかけた頃、一人の女性が歩いてくる。
「おい、助けてくれ。頼む、ここから出してくれぇええ!」
「そこの人、助けてくれ。出してくれぇ」
「頼む、助けてくれ。頼むよ、頼むよ、頼むよ」
一心不乱になる余り、彼らは見過ごしていた。真夜中の墓地で、首だけが助けを求める奇妙な状況に、女性が近寄って来るなど有り得るだろうか。
「…………令奉導誓何不成就乎、出でよ針女、薩婆訶」
呪文が終わると、暗闇の中から着物姿の女が現れる。骨のように異様に細い体で、床にまで届きそうな長い黒髪に覆われた、異形の者。
恐怖のあまり声すら出せない三人を前に、サリーは命令する。
「針女、彼らの口を、縫ってください」
「あい」
針女は、素早く三人の上唇と下唇を、髪の毛で縫い合わせていく。綺麗に唇を縫い合わされた彼らは、モゴモゴとしか喋れず、既に醜い化け物だ。
元から、人の皮を被った化け物なので同義である。満足した彼女は、針女の頭を撫でた。
「ありがとう、針女。これで、漸く静かになりました。さっそく、彼女をお呼びします」
「あい」
サリーは、お墓と三人の間に立つと、お墓に向かい呪文を唱える。
「…………死を司る黄泉の国の女神伊邪那美神よ、吾の願いに叶えたまえ、急々如律令奉導誓何不成就乎、出でよキャロライン・アールズ・エルシーローラン、薩婆訶」
呪文を終えると、エルシーが生前と変わらぬ愛らしい姿で、自身のお墓の前に現れる。
「久しぶり、エルシー」
「あれ? サリーじゃないの? ここは、どこ?」
「覚えてないのですか? ここは墓地。ーーー残念だけどエルシー、貴女は死んだのです」
「わたくしが、死んだ…… 思い出しました…… あっ! 此奴らだぁあああ! 良くも、わたくしの前に! 殺してやる!」
死者は、何故だか分からないが、不思議と自分が死んだ時のことを覚えてない。だが、ちょっとした切っ掛けで思い出し、激しく感情が揺さぶられた状態に陥る。
生から死へと進む過程は、それだけ強烈な思いを自身に刻みつけながら、思い出したくない事象なのだろう。
「落ち着いて、エルシー」
「こ、これが、落ち着いていられるかぁああ!」
興奮した彼女は、サリーの首を両手で強く握りしめ、彼女を殺そうとする。
「エルシー! 落ち着きなさい! これは、命令よ!」
ビクッと体が飛び跳ね、怯えたように大人しくなるエルシー。まるで子供が親に叱られたかのように、彼女はサリーに従順な態度を見せる。
「ごめんなさい、サリー様」
「いいえ。それよりもエルシー、貴方に復讐する機会を与えるために、呼びました。宜しいですか?」
「もちろんです。 あっ、でも、わたくしには彼らを殺すことは…… 」
「それは、わたくしの方でやります。エルシーには、どのような殺害方法がお望みか、希望を聞きたいのです」
死者は生者に触れる事はできない、故にエルシーに彼らを殺すことはできない。サリーに触ることができたのは、彼女がエルシーの魂を黄泉から招いた本人だからだ。
殺害されたエルシーに復讐ができないのなら、彼女自身が復讐を手伝うと話したうえで、どの様な方法での殺害が好みかと相談を持ち掛けたのだ。
友人の無念を、放って置くことなど、サリーには到底我慢できないのだ。
「それならば、わたくしにも復讐ができます。ありがとう存じます、サリー様」
「いえ、宜しいのです。それより、わたくしのオススメはこちら方法………… 」
「でしたら、これは………… 」
「いえいえ、これはダメです。こちらなら………… 」
「それだと詰まらない、ここは………… 」
自らの殺害方法を目の前で相談してる光景に、三人の男は信じられない思いと、これから起こる惨劇を想像すると、恐怖で冷や汗どころか失禁も止まらない。
助けを乞うにも、唇を縫い付けられた状態では話すこともできず、只々涙による懇願で状況の打開を試みることしかできない。
許せるわけがない! 自身の尊厳を何度も踏み躙られ、挙句の果てには殺され川に投げ捨てられる。
世界中の全ての人が、死刑は重すぎるから軽い刑罰でと嘆願しても、当の本人が、許せなければ意味がない!
「それでは、こちらで宜しいのですね」
「ありがとう御座います」
話が纏まり、彼らへの死刑執行の手段が決まった。
「ねぇ、どんな気持ち? これから殺される気持ちは、どんな気持ち? わたくしの気持ちが、少しでも分かるかしら?」
喋ることのできない三人を前に、悦に浸ったエルシーが彼らを詰る。
「アハハハハハハハハ。お前らは地獄に落ちるんだ! 永遠に苦しんであの世に行きやがれ! 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、」
「エルシー、時間がない」
「分かりました。お願いします。サリー様」
「ありがとう、エルシー」
彼女は、素直になったエルシーの頭を撫でた。
「エルシーを苦しめた分、貴方達も苦しんでください」
三人の前に座り込み、右手を地面に押し当て聖魔法を唱える。
「細胞活性化」
「サリー、これで終わりなの?」
「えぇ、これで終わり。後は時間が経てば、勝手に死んでくれます」
「ふーん。少し見てても良い?」
「どうぞ。これは貴女の復讐だから、楽しんでください」
「はーい!」
『細胞活性化』文字通り、細胞を活性化させる聖魔法。
怪我を治す聖魔法は『治療』『回復』『癒やし』『細胞活性化』以上の四つがあるが、その中のサラアクトベーションは細胞を活性化させる。
本来なら破壊された細胞を活性化させ、傷を治す聖魔法だが、強すぎる薬が毒になるのと同じで、強すぎる聖魔法も害でしかない。
サリーの聖魔法は、異常とも言える強さで発動することができる。また土の中の特定の微生物を狙って、活性化させることも可能だ。細胞を活性化させた微生物は、激しく細胞分裂を繰り返し増殖して、手当たり次第に周囲の生物を食べ始める。
通常なら、土葬した遺体が白骨化するまで五年から十年は掛かるが、彼女の聖魔法で活性化させた微生物を利用すれば、僅か五時間で生きた人間の骨までも土に帰る。
彼らは、生きたまま微生物に食べられていく。皮膚から始まり筋肉、内臓と食われていく。出血多量で死亡するまで、彼らの激痛は続く。
これが、エルシーが選んでサリーが実行する殺害方法だ。
「アハハハハハ、苦しめ、苦しめ! もっと苦しんで、わたくしの痛みを思い知ればいい! わたくしがどんなに痛くて、悲しくて、惨めで、悔しかったか、思い知れ! アハハハハハハハ!」
エルシーの笑い声が、ーーー悲しく響いた。