22、覚悟
『完全なる癒やし』『完全回復』
ジルの傷は完全なる癒やしでも十分だが、サリーは念のため完全回復を使った。
絶対に失いたくない存在だからだ。
完全に治ったジルだが、未だ意識は戻らず、サリーはジルを人攫い地蔵から受け取ると、カレンの側に急いで移動して、彼女の隣にジルをそっと下ろした。
「カレン、彼女を暫くお願いします」
「は、はい。分かりました」
ジルをカレンに預けると、彼女は再び魔物の群れに突っ込んでいく。
聖魔法『自動・完全回復』『自動・完全なる癒やし』のお陰で防御を完全に無視した剣技だが、利点も多い、その一つがスピードアップだ。
誰でも攻撃する時は、相手の隙を狙ったり、タイミングを測ったりするものだが、サリーの攻撃は、そんな事を一切気にしない。それ故、その分余計にスピードが早くなる。
圧倒的なスピードと妖魔惨の切れ味により、魔物が気付いたときには既に体が二つに分かれている。
早すぎる剣技は、魔物に自身に切られたことすら気づかせないのだ。
彼女はまるで台風の目で、ひとたび刀を振り回せば、彼女の通った後に魔物の死骸が十数体転がっている。
(人攫い地蔵、さっきの所に戻って、エルシーの指示の下、人間を攫ってきなさい)
(へぇ)
(エルシー、聞こえますか?)
(はい、よく聞こえますが、ジルは、大丈夫ですか?)
(ジルは、治りました。それより、さっきの人攫い地蔵をそちらに行かせましたので、重症の方を人攫い地蔵に教えてください。こちらで、わたくしが治します)
(は、はい。分かりました)
連絡を受けたエルシーは、サリーに言われた通り、重症の騎士団員を人攫い地蔵に伝える。
人攫い地蔵は傷ついた団員を攫ってくると、地面に降ろすことなく聖魔法を使い傷を治す。その後、人攫い地蔵は団員を連れて二番隊の所に戻り、団員を降ろすと再び別の団員を攫ってくる。
サリーは魔物討伐と、二番隊の重症者の治療を同時に行っていた。魔物を切り終えた場所に、人攫い地蔵が重症者を連れて現れるからだ。
患者とすれ違う一瞬で治療を終えてしまう彼女の聖魔法は、もはや聖魔法では説明できない領域に達していた。
気がつけば、サリーは全ての魔物を殲滅していた。
(エルシー、どうしたら良いの…… )
(えっ、今更?)
魔物を全て倒した後、彼女は騎士団員やカレンと話をすることが憂鬱で、とぼとぼと歩きながらエルシーと念話をしていた。
(もう、逃げようかな…… )
(逃げても良いよ。わたくしは、ずっとサリーと一緒にいるから、だから逃げるなら、一緒に旅でもしよう)
(それも、良いかもね…… でも…… )
(もうー、わたくしが一緒にいるから、勇気を出して話をしてください。ーーー頑張って!)
(そうですね。わたくしにはエルシーが、側にいてくれますからね)
(そうですよ)
エルシーとの会話は楽しい、前世からの殺伐としたサリーに日常を与えてくれる。
似合わない言葉や、似合わない態度も、エルシーは受け止めてくれる。サリーの憧れる日常がここにはある。
ジルもそうだ。今後はカレンも、そうなるかもしれない。
だから、サリー優しい日常を守るために、全力で説得をしないといけない……
騎士団やカレンに自分の事を分かってもらうために、彼女は本気の嘘で固めることにした。
覚悟を決めた彼女は誰よりも強い、エルシーと話す時のような弱気な態度は一切隠れてしまい、いつもの堂々としたサリーが顔を出す。
「お前は、聖女じゃないのか?」
「そうだ、さっきのあれは何だ!」
「なぁ、あんた、人間か?」
「静かにしろ。ーーーサリーローレンス、いったい君は何者なんだ」
「えっ、何者と言われましても、わたくしは、ローレンドール・ガーランド・ロンメイソン侯爵の娘、ローレンドール・ガーランド・サリーローレンスです。ーーーお前とか、あんたとか呼ばれる筋合いはありません」
サリーは、返り血塗れの顔や服を気にすることもなく、腰に手をあて堂々と言い切り、侯爵としての権力を思いっきり使うことにした。
「はっ、申し訳御座いません」
「謝るのは、騎士団長だけですか?」
「いえ、違います! 何してるんだお前ら、はやく謝らないか」
「「「「申し訳御座いませんでした」」」」
騎士団長の言葉に、騎士団全員が一斉に起立すると、一斉に頭を下げた。
サリーは侯爵令嬢だ、簡単に接することのできない存在だ。彼女は堂々とした態度で彼らを見下ろす。
「それで、何が聞きたいのでしょうか?」
「それでは、失礼して、サリーローレンス嬢のあの動きと、突然現れた魔物のことを教えてください」
「最初に話しておきます。わたくしの動きと、魔物の事はお話をできますが、魔物の正体に関しては侯爵家の極秘事項になりますので、お教えすることはできません。それでも、宜しいですか?」
「勿論です。ありがとう御座います」
完全に主導権を握り、ますます自信を高めていくサリーは、次の作戦を実行する。
「最初に私の動きのことですが………… 」
サリーは以前ジルに話した『先天性の疾患』の嘘を、そのまま騎士団とカレンに話す。案の定、誰もが信じてくれた。
彼らの様子を見ていた彼女は、ここで追い打ちをかける言葉を綴る。
「言い忘れたけど、もし、この話が世間に出たら、侯爵家はいちいち調べることはしません。ただ、侯爵家の力で一番隊二十一人と、二番隊の二十二人は全員漏れなく殺害されると思ってください」
「「「「………… 」」」」
彼女は、敢えて話を聞かせてから、逃げることを許さない作戦に出た。一度話を聞かせてからでないと、聞きたくないと言う人が現れるからだ。
侯爵とは、貴族の中では一番上の爵位で、その上には王族しかいない。つまり、貴族の中かでは圧倒的な力を持っている。
侯爵家の力を知っている彼らは、サリーの話を聞いた以上、覚悟を決めるしかない。
「次に魔物のことですけど、あの魔物は、わたくしがテイムしてる魔物です」
「そ、それは、サリーローレンス嬢は魔物使いということですか?」
「そうです」
「………… 」
聖魔法使いでも理論上魔物使いにはなれる。それは魔物使いに属性魔法は必要なく、魔力さえあれば誰でもなれるからだ。流石に、聖女や聖法師に魔物使いがいる話は、聞いたことが無いが、不可能ではない。
先に話しましたが、魔物の正体は言えませんので、それ以外の話であれば何でも聞いてください」
「いえ、問題は解決しました」
「それは、わたくしの話に、納得していただけたと言うことですか?」
「はい! 勿論です。ありがとう御座います。お前ら、納得したか?」
「「「「はい、納得しました」」」」
魔物の返り血で最悪な状態でも、貴族の笑みを絶やさずに話を終えると、サリーは心の中でガッツポーズを取っていた。
「納得してくれたら、今から急いで二番隊のいる場所まで行きます。わたくし達も危険なことに変わりなく、彼らも現在危険な状況だと思いまので、すぐにでも出発しましょう」
「質問しても、宜しいでしょうか」
「勿論です、騎士団長。話とは、何でしょうか?」
「さっきみたいに、サリーローレンス嬢が戦われたら、簡単に解決すると思いますが、如何でしょうか?」
「わたくしの力には、残念なことに制限があるのです。騎士団長は、あの力を使うのにデメリットが無いと思いますか? 正直に申しまして、今回はもうあの力は使えません。それどころか、限界を超えていると思いますので、やがて歩くのも困難になるでしょう」
「申し訳御座いません」
完全に納得してもらい、サリーは満足していた。
ただ、この後、好きでもない騎士団長に、お姫様抱っこされたのは、言うまでもない。




