21、決戦
(常世之闇に身を置きし人外の者よ、吾の傀儡となる闇なる者よ、臨兵闘者皆陣列在前、吾の招きに応え吾の願いを叶え、急々如律令奉導誓何不成就乎、出でよ炎上鳳凰、薩婆訶)
無言で呪文を唱え、鳳凰を呼び出す。
炎上鳳凰、永遠の命と、全てを燃やし尽くす神の炎を持つ異形の者
周囲を眩く照らす月の光に、数億と煌めく星々の光の粒が、瞬く間に闇に覆われた直後、破壊的なまでの全身に炎を宿した鳳凰が、天高くに姿を現す。
騎士団やカレン、魔物でさえも、その神秘な姿に言葉を失くし、ただ呆然と天を眺めるだけの存在になっていく。
(鳳凰様、恐れ多いと存じますが、わたくしを見ないでください。それから、会話は全て念話でお願いします)
(御意、土御門、梓紗様)
(鳳凰様。お願い致します、わたくしの友人をお助けてください)
(して、その方は何方に?)
(この者が、案内します。ーーーエルシー、鳳凰様を案内して、場所は分かるわね!)
(はい! 勿論分かります!)
エルシーが普段以上に甲高い声で返事をする。彼女も鳳凰に恐れを抱いてるようだった。それも致し方ない、鳳凰の炎は魂さえも燃やし尽くす。彼女がうっかり鳳凰に触れてしまうと、二度と輪廻の輪に戻ることはない。
ジルに預けた箱には、二つの式神が入っていて、その一つが警戒音と居場所を同時に知らせる式神だ。居場所を知らせる式神は、彼女のいる方角を教えてくれるだけだが、それだけで業魔の森では十分だった。
(鳳凰様、彼女がわたくしの友人を知っております。どうか、わたくしの友人をお助けになってください。お願い致します)
(御意! そこの者、吾を案内せよ!)
(はい! 今すぐ!)
エルシーを追いかけて炎上鳳凰が、長く伸びる炎の尾を引き連れて飛んでいく。その光景は神秘的でもあり、この世の地獄のようでもあった。
「騎士団長、今よ、魔物が怯んでる隙に、倒して!」
「お、おお! 今だ! 魔物を倒せぇぇええー!」
「「「「おおぉ!」」」」
サリーの怒声とも思える指示に、団長は驚きつつも団員に声をかけながら、自身も魔物の群れを切り裂きながら、吠え続ける。
大声で団長に指示したサリーは、もう一箇所の魔物が侵入する場所に飛び込んでいく。その場所では、サリー達の護衛をしていた、五人の団員が魔物と戦っていた。
サリーは彼らの頭を飛び越えると、魔物の群れの中に降り立つ。
サリーの右手には、既に妖魔惨が握られていて、彼女は回転しながら、ブラックウルフを何匹も一瞬で切り刻むと、そのまま棍棒を持つオークの首を棍棒ごと切り裂いた。怯えた別のオークは後退するが、一瞬で追いつくと、胴体を真横に切り裂く。
更に、サリーに気付いたオーガが斧を振り下ろすが、振り下ろされる前に既に斧ごと切り裂くと、回転した勢いのまま後ろのオーガも切り裂いていく。
サリーは止まることを知らないのか、回転する勢いを落とすことなく一気に十五体の、オーガやオークを連続で切り刻んでいく。
何もかも一刀両断のもとに切り裂いた死骸の上で、妖魔惨を肩に担いだサリーが、全身に返り血を浴びながら、五人の団員を睨みつける。
「ここは、わたくしが受け持ちます。カレンを守りながら、騎士団長の所に行ってください。
「え、えっ、だが」
「さっさと、行ってぇぇええー!」
「「「「はい!」」」」
「カレーーーン! 騎士団を頼みます」
「は、はい!」
団員とカレンに激しい口調で声をかけると、再び魔物の群れに向かって連続で切り裂いていく。魔物を滅多斬りにしながらも、更に魔物が拠点に入らないように、同時に式神を使う。
(…………吾が求め願い祀らん、急々如律令奉導誓何不成就乎、雷鳴、薩婆訶)
再び無言で呪文を唱え、神鳴を呼び出す。
雷鳴、姿はライオンにも、龍にも、ドラゴンにも、見る者が恐れる者に変怪して、其の者を一瞬で死に誘う異形の者
再び空間に暗黒の闇が訪れると、強烈な光の筋が現れたと思ったら瞬間、サリーには可愛い子猫にしか見えない神鳴が、彼女の足元をスリスリしていた。
(神鳴。悪いけど、会話は全て念話でしてください)
(にょい)
(良かった。神鳴、ここにいる、人間以外の者、全て殺して!)
(にょい)
神鳴は返事をするとほぼ同時に、目の前の魔物に雷撃を落とす。その後は、手当り次第に魔物に雷撃を落としていく。サリーもまた、雷撃の間を縫うようにして、魔物を切り刻んでいく。
その光景は、雷撃を纏った美しい天使にも、黒い剣を振り回す死神にも見えた。
サリーが魔物を滅多切りにして、屍を山積みにしていくなか、カレンはサリーから目が離せなかった。
自分と同じ聖魔法使いの彼女が繰り出す剣捌きが、大きな黒い片翼の天使が優雅に踊っているようにも見え、思わず感嘆の声が漏れる。「綺麗」と。
心を奪われるとは、こういう事かもしれないと思うほど、聖女としても剣舞としても、カレンはサリーに心酔してしまった。
「カレン、カレン! カレン! 聞こえてるのか!」
「あっ、す、すいません」
「まったく、こんな時に、ボーッとするな。ーーー分かったら、彼の腕を治してくれ」
「はい。今すぐ!」
カレンは慌てて返事をすると、大急ぎで男性の腕を治療する。だけど、治療している間も彼女の瞳は、サリーを何度も追いかけていた。
(…………吾が求め願い祀らん、急々如律令奉導誓何不成就乎、龍神、薩婆訶)
無言で呪文を唱え、龍神を呼び出す。
暗雲から飛来する巨大な龍が、数多の存在を膳も悪もなく吸い上げ、魂さえも天空に導く異形の者
三度、暗黒の闇が訪れ、天空から巨大な龍が大地にその身を降ろすと、一瞬にして巨大な竜巻へと変怪する。
(龍神様、恐れ多いと存じますが、会話は念話にて、お願い致します)
(承)
(人以外の、魔物を、天に導いてください)
(承)
(ありがとう存じます)
意志のある竜巻、龍神は、サリーの願いを聞き入れ、百体以上の魔物を天空へと導くと、静かに消え去った。
(サリー、聞こえる? ねぇ、サリー、聞こえる?)
(うん、聞こえる。そっちは、大丈夫?)
(えぇ、危なかったけど、鳳凰様が周囲の魔物を焼き尽くしたから。でも、ジルが…… )
(えっ! ジルに何かあったの?)
(ジルの魔力は底をついてしまい、自身の怪我を治せないでいるの。今のところ生きているけど、意識がないの。一緒にいる聖法師の方も魔力が尽きてしまい、このままでは長く持たない。サリー、早くこっちに来て!)
(分かりました。ジルは、わたくしに任せてください)
(えっ? 任せて? わ、分かりました、お願いします)
サリーの顔が一瞬で険しい顔になる。まるで鬼の形相そのものといった感じで、狂ったように魔物を討伐していく。既に彼女は、百体以上の魔物を切り裂いていた。
周囲の魔物が減っていくと、サリーは笑顔で、四度目の式神を使った。
(…………吾が求め願い祀らん、急々如律令奉導誓何不成就乎、出でよ人攫い地蔵、薩婆訶)
無言で呪文を唱え、人攫い地蔵を呼び出す。
人攫い地蔵、自身を敬う心を忘れた人間を、罰するために攫い異空間に閉じ込める異形の者
真っ暗な空間からボロボロの着物に半纏を着た、人の三倍もある鬼の様な地蔵が現れる。
(人攫い地蔵、会話は念話でお願いします)
(へぇ)
(ここ以外で、わたくしの魔力を感じ取れますか?)
(ーーーーーーへぇ、微力ですがぁ)
(その魔力は、わたくしが作った四角い黒い箱です)
(へぇ)
(良いですか、その箱を持ってる女性を、攫ってきてください)
(へえ)
人攫い地蔵は返事をすると消えてしまうが、僅かな時間で再び目の前に現れる。現れた人攫い地蔵の右肩には、背中が血だらけで気絶したジルが担がれていた。