18、子供時代
サリー達は森の手前で野営をしており、明日の朝からいよいよ業魔の森に入る予定だ。
野営と言ってもテントを使うのは、サリーとカレンの二人だけで、騎士団の人達は普通に野宿だ。
二人は、夕食を終えると早めにテントに入り、馬車旅の疲れを明日に残さぬように早めに休みを取った。
テントは二人で寝るには丁度良い広さで、立てば女性でも天井に頭が付く程度の高さだが、ランプの魔道具を天井に吊るせば、結構なプライベート空間が出来上がる。
布切れ一枚でも壁があるだけで安心感が大きく違い、二人は横になると天井のランプの魔道具を見ながら、普段よりも早めの就寝に暇を持て余していた。
「今日は、お疲れ様でした」
「ありがとう、サリーのお陰で冷静に治療ができたと思う」
「わたくしは、何もしてませんけど?」
「そんなことない。流石に聖女と呼ばれるだけの事はあるわね、常に冷静沈着でいられる貴女の姿に感心したわ」
「そうですか?」
カレンは昼間のサリーの聖魔法使いとしての心得に感心していた。誰だって馬車の側で騎士団が魔物と戦っていると聞けば、多少なりとも動揺してしまうのに、彼女には一切の動揺が感じ取れなかったからだ。
「ねぇ、聞いても良い?」
「何を聞きたいのですか」
「サリーは、何歳から魔物討伐に参加してるの?」
「十歳の頃から参加しています」
「十歳! そんな早くからですか?」
「えぇ、五歳の時に聖魔法が使えることに気づいた父が、教会にわたくしの事を伝えました。
魔物討伐に十歳から参加している事実に、カレンは驚いていたが、、サリーにとっては懐かしいだけで、別段驚かせるつもりもなく淡々と話し始める。
「わざわざ教会に伝えたのですか?」
「はい。その時のことを父は、余りの魔力量の多さに驚き、わたくしの将来が不安になり教会に相談したそうです」
「将来が不安ですか?」
「えぇ、強い聖魔法は害になる。分かりますよね」
「えぇ、それは有名ですから。もしかして…… 」
「そうです。わたくしは五歳の時に、既に人体に害を及ぼすほどの魔力を持っていました」
「五歳でですか?」
カレンには信じられない話である。本来、力の強い聖魔法使いでも、人体に害を及ぼすほどの魔力を持つことは稀である。それだけの魔力を五歳の少女が持っていたら、魔物か魔族かどちらにしても人間ではないと、誰もが答えるだろう。
「父は相当心配したと思います。魔力暴走でも起こしたら大変ですからね」
「それは、そうですよ。ーーー想像しただけでも、お父様のご苦労が良く分かります」
魔力暴走とは、極端に魔力量の多い人に起こる現象で、魔法を使う際に誤って魔力を込めすぎると、自ら流れ出す魔力を止められなくなり、限界を超えると大爆発を起こしてしまう現象のことだ。
「教会に相談した父に、当時の神父様が、魔力操作ができるようになれば、魔力暴走を引き起こす可能性を無くすことができると、仰ったそうです」
「………… 」
「父は藁にも縋る思いで、神父に魔力操作の教えを願い出ました。そのお陰でわたくしは魔力暴走を引き起こすことなく、聖魔法を使えるようになりました」
「すごい話ですね」
「そういう経緯もあって、わたくしは魔力操作の一環といて、早いうちから魔物討伐にも参加しているのです」
「なるほど、サリーの強さの秘密が分かった気がします」
「そうですか?」
「えぇ、子供の頃から、凄い努力家でしたのですね」
彼女は、サリーの幼少期からの豊富な経験が、常に冷静でなければならない、聖魔法使いとしての心得に繋がっていると確信する。そして、魔力量だけはどうしようもないが、常に冷静沈着の聖魔法使いとしての心得だけは、才能とは関係なく努力次第で手に入れられるもので、絶対に手に入れていやると強く思った。
「ねぇ、サリー。私、貴女に負けたくない」
「えっ?」
「聖魔法使いとしての心得だけは、絶対に貴女に負けたくない」
「そうですか。良く知りませんけど、負けたくない気持ちを持つことは、凄く大事な事だと思います」
「余裕だなぁー、えい! これでも、これでもか」
「いやっ、やめてぇええー。くすぐったいから、やめてぇぇええーー」
何気に戯れ合う二人だが、次の日騎士団長から厳重注意を受けた。周囲に沢山の団員がいるなか、二人が戯れ合う声が響き渡っていたのだ。その時の団員の気持ちを考えれば、容易に想像できるだろう。
前代未聞の事件に騎士団長は呆れ、二人は他の団員の顔をまともに見れず、魔物討伐初日を最悪な形で迎えた。
(サリー様は、子供の時から苦労したのですね)
朝食を終え、テントを片付けてる最中に、エルシーが唐突に話しかけてきた。
(昨日の話を聞いていたのですか?)
(すいません、盗み聞きみたいな真似をして)
(良いのですよ、エルシーに聞かれても困りませんから)
(すいません)
(それで、昨日の話ですけど、ーーーあれは嘘です)
(えぇぇえええーーーー!)
サリーの頭の中に、エルシーの念話が響き渡るほど、彼女は驚きの声を上げた。
(全部、嘘なのですか?)
(それは違います。父の件が嘘です)
さらっと息を吸うように嘘をつくサリーに、エルシーの姿が見えていたらきっと、軽蔑の眼差しを向けていたのだろう。
(父が気付いた話とか、藁にも縋る思いとかが嘘ですか?)
(そうです。それより、エルシーは気づいてると思ってましたけど?)
(気づきませんでしたよ)
(えっ、エルシーは、わたくしが転生者であることを知っているのでしょ)
(あぁ! そうだった)
転生者であるサリーは、物心つく頃には転生前の記憶を既に持ち得ていた。故に、父に相談するわけもなく、魔力操作の練習も独学で行っていた。ただ、実践訓練が必要だと考えた彼女が、教会を利用しただけである。
(転生者のわたくしに、そんな可愛い子供時代は無いですよ。フッ)
(あぁー、いま、鼻で笑ったでしょ)
(だって、昨日の話をエルシーが、真剣に聞いているのを想像したら、面白くて、アハハハハ)
(酷い、酷すぎます。わたくしの切ない思いを返してください!)
(ごめんなさい。でも、エルシーはわたくしの秘密を知っていますから、他の人にはできない話ができるので、凄く楽しいです)
(そ、そうですか。それなら、もう許します)
エルシーが照れくさそうに念話を切り、サリーは騎士団の元に集合すると。
いよいよ業魔の森での魔物討伐開始である。