17、聖魔法の正しい使い方
騎士団から人数の振り分けが決まり、サリーは騎士団長のいる一番隊と行くことが決まった。毎回サリーは団長と一緒なので、最初から決まってると言っても良い。
宝物のように大事にされてると言えば聞こえは良いが、結局何もさせてもらえないので、彼女は騎士団長が好きになれなかった。
「残念です、サリー様」
「そんな顔しないでください、ジル。騎士団の方たちは、大変強いので大丈夫ですよ」
「そうですけど…… 」
残念なことにジルは二番隊になり、サリーとは別の隊での魔物討伐となる。サリーと離れることを殊更寂しがるジルの態度に、彼女は素直に喜び、可愛いペットでも見るようにジルを見つめていた。
「ジル、そろそろ出発の時間ですよ」
「分かっているけど、五日間も業魔の森で過ごすのは、やはり怖いですね」
今回の魔物討伐は五日間となる。行きと帰りだけで二日かかるため、実質業魔の森での討伐作戦は三日間となる。
ジルが心配しているのは、なにも魔物との戦闘だけではない。五日間も二十人の見知らぬ男性の中に、女性がたった二人だけという境遇が物凄く怖いのだ。
「ジル、これを預けます」
「これは?」
サリーがジルに預けたのは、何も変哲もない手のひらサイズの黒い四角い箱だった。
「良いですか、ジル。もし、危険な目にあって、どうしても逃げられないと思ったら、この箱を開けなさい」
「この箱をですか?」
「そうです。ーーーこの箱に聖魔法を注げば、開けることができますので、必ずピンチになったら開けるのですよ。わたくしが、必ずジルを助けに行きますから」
「分かりました。ありがとう御座います。サリー様」
両手で大事そうに箱を抱えたジルは、二番隊の馬車の方へ足早に去って行った。サリーは、そんなジルに不安そうな眼差しを向けると、暫く見つめていた。
(最近サリー様は、ジルに優しいですよね?)
(そうですか?)
(そうですよ!)
(わたくしの一番のお気に入りは、エルシーですけど)
(えっ…… )
(ん?)
可愛い声で呟いた後、エルシーは何も言わなくなった。たまに彼女が黙り込む事はいつものことなので、サリーは気にした様子もなく馬車に向かって歩きだす。
大きめの馬車に、水やら食料やらを詰め込んだリュックが、山のように積み込まれていて、僅かに空いたスペースにサリーと、もう一人の聖法師の女性が乗り込む。
「ローレンドール・ガーランド・ロンメイソン侯爵の娘、ローレンドール・ガーランド・サリーローレンス、聖女を名乗らせています。これからの五日間、よろしくお願いします」
一見して彼女が年上に見えたサリーは、失礼のないよう先に挨拶を始めた。
今日から最低五日間は彼女と同じテントでの生活となる。よって挨拶は円滑なコミュニケーションを育む第一歩になると、エルシーから貴重なアドバイスを頂いたので、友達の少ないサリーは素直に実行する。
「あっ、誠に失礼しました。私の名前は、カレンと申します。よろしくお願いします」
聖魔法使いの全てが貴族というわけではない。当然平民の中にもいる。
数で言えば貴族よりも平民のほうが圧倒的に多いので、聖魔法使いも平民のほうが圧倒的に多い。ただ、なぜか貴族のほうが力は強く、聖法師になれる平民は極一部で、聖女となると一人もいない。
聖女は、その国に一人しかおらず、聖女の引退か、力の減退か、死亡した時にしか新しい聖女は認定されない。そういう意味では聖女候補だったジルは、かなりの聖魔法使いといえる。
話が逸れたが、カレンは平民にしては聖魔法が強い部類に入り、魔物討伐にも選ばれるほどの逸材といえる。
「わたくしが貴族だということは、どうか気にしないでください。そして、できれば普通に話してくれると嬉しいです」
貴族と平民は、挨拶だけですぐに分かる。サリーは五日間を共に過ごす仲間に、窮屈な思いではなく、楽しく過ごしてほしかった。なぜなら、五日間お風呂に入れる可能性はゼロで、それだけ相手に匂いという不快感を与えるからだ。
「良いのですか?」
「勿論、宜しいですよ」
「ありがとう。正直、貴族の話し方は面倒なのよね。ほんと、ありがとう」
伸ばした背筋が少しだけ猫背になり、人懐こそうな笑顔を見せる今の彼女が、本来の彼女なのだろう。
「わたくしの名前は長いので、どうか、サリーと呼んでください」
「ありがとう。私のこともカレンと呼び捨てで良いからね」
「カレンですね。分かりました」
お互い笑顔で挨拶を交わした後は、雑談で花を咲かせると、そのうち馬車がゴトゴトと動き出す。業魔の森に到着するのは、日が暮れる少し前になるので、それまでは休憩以外は延々と馬車の中で過ごす。
「申しわけ御座いません、昼食の準備をしますので、一度馬車を降りてください」
二人は呼びに来た若い団員と一緒に、昼食の準備を始める。昼食と言っても硬いパンと干し肉、そして薄い塩味のスープが定番で、ほぼ毎日続く。
食べたら再び馬車に乗り、到着するまでの退屈な時間が延々と続く。この世界の旅とはそんなもので、サリーの前世も似たようなものだ。
最初に花を咲かせたカレンとの会話も、段々と少なくなり、お互いにボーっとした時間が続くようになる。そんな時間も、突然の魔物の襲撃によって簡単に壊れる。
「すいません、魔物が出ましたので、暫く馬車の中から出ないでください」
「「はい」」
騎士団の対応は素早く、すぐに馬車の周りを五人の団員が護衛に付いた。彼らは、サリー達を守るために選ばれた護衛専門の団員で、それ以外の騎士団長を含む団員が魔物の相手をする。
「魔物の種類は分かりますか?」
「連絡では、オークが五体と聞いております」
緊張して動けないカレンを尻目に、サリーは取り敢えず魔物の種類だけでも聞かなければと、団員に声をかけた。
「カレン、わたくし達も準備いたしましょう。オーク程度の強さなら、騎士団員の敵ではないと思いますが、念のため万全な体制を整えましょう」
「そっ、そうね。分かったわ」
準備と言っても聖魔法使いは道具を使わないので、心の準備のことだ。怪我人を実際目にした時、緊張や焦りにより上手く魔法を発動できない事があるからだ。
どんな時でも、いち早く普段の力を出せる者が、一流の聖魔法使いと言える。サリーの強い口調に、カレンも大きく深呼吸をすると、普段の冷静さを取り戻し、真剣な眼差しになっていく。
「一人怪我人が出た、悪いが見てくれないか」
「すいません、油断してしまいました」
場が騒然となり緊張感が走る。団長に担がれてきた男は、右太腿に深い裂傷を負っていて、一目でかなり危険な状況だと分かる。
「私に任せてください!」
カレンは怪我人の前に出て『治療』で皮膚組織の治療すると『細胞活性化』で細胞の活性化を促し、治療の促進をはかる。最後に『癒やし』で血管や神経を、違和感なく元の状態へと戻していく。
本来の聖魔法による治療は『治療』『細胞活性化』『癒やし』この三つの魔法を連続で行い、患者に毒や病気、欠損などがある場合に『回復』を使うが、どれも単体で使うと効果が少ないと言われている。
聖法師が一日に治せる人数は多くて十人、勿論傷の程度にもよるが、大方そんな感じだ。それを計算に入れて魔物討伐の人数は決められている。
だが数十年に一人、抜群の能力を持つ聖法師が現れる。それが各国にいる聖女と呼ばれる人達で、一日に三十人を治せる能力を持つと言われている。
カレンの聖魔法は、団員の傷を完璧に治したが、彼女は少しだけ疲れた表情を見せた。