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16、魔物討伐

 業魔の森、この森の奥には瘴気の沼が存在して、そこから魔物が生まれると言われている。魔物とは、瘴気の沼から発生した瘴気に侵された動植物のことだ。


 瘴気に侵された動植物は全く異なる生物に変化して、元の生物よりも巨大化や、軟体化、凶暴化する事例が多い。さらに魔法を使ったり、言葉を喋ったりと各々に合わせて変化する。


 変化の特徴は未だ解明されておらず、瘴気の発生理由も解明されてないが、魔物の特徴として、必ず胸の中に魔石と呼ばれる魔力を帯びた石が見つかる。


 魔石は魔道具として有効活用もされているが、やはり被害のほうが圧倒的に問題が大きく、アルフレード王国では定期的に業魔の森に入り魔物を討伐している。


(サリー様、久しぶりに魔物討伐ですね)

(えぇ、面倒だけど、聖女の仕事だから頑張らないとね)


 聖女に認定される前から何度も魔物討伐に参加していて、今やすっかり慣れてしまった魔物討伐だが、それでも魔物討伐の大変さは嫌という程知っている。


 別に魔物討伐が大変と言う意味ではなく、お風呂やトイレなど女性的な意味での問題が多すぎて、許されるなら参加したくないと思うのは自然のことだろう。


 現在サリーを含む聖魔法使いは、王都の大正門の前の広場に集まっていて、これから大雑把な魔物討伐の作戦や、人数の振り分けが行われる。


 参加するのは、王国騎士団総勢二百人と、聖女一人と聖法師が十九人、合わせて二百二十人となる。結構な数での魔物討伐となるので、広場には馬車が所狭しと並んでいて食料などの積み込みを急いでいた。


 誰もが忙しく働いているなか、サリーは邪魔にならないように一人壁際で佇んでいる。近くには他の聖法師の人達も集まっているが、コミ症の彼女は付かず離れずの距離を保っていた。


(聖女は戦わなくて良いのですから、サリー様には、ちょっと物足りないのではなくて?)

(わたくしを、なんだと思っていますの?)

(戦闘狂?)

(失礼です! わたくしはそんな野蛮な人種とは違います)


 転生前のサリー、土御門(つちみかど)梓紗(あずさ)は、高貴な身分の公家であり、この世界の公爵にも匹敵する存在で、彼女は生粋の貴族と言えるだろう。


 土御門家は、貴族としての振る舞いや人付きよりも、異形の者を使役することに生涯を賭ける家系故に、少し普通の貴族とは違うのかもしれないが、それにサリー気づくことはない。


(ですけど、この前の闘技場での戦いを見たら、血が大好きな戦闘狂ではと思ってしまいます)

(そんなことはありません。殺さないようにきちんと手足だけを狙い、なるべく痛みを与えないように、一振りで切り落としていたのではないですか) 

(それ、それが、戦闘狂と言われるのです)

(それって、どれ?)

(だから、笑いながら切り落としてたところです)


 闘技場での決闘でサリーは、高笑いしながら並み居る敵を切り倒しており、その所業は見る者に狂気と恐怖を与えていた。


(それはですね、人に恐怖を与えると体が硬直して、一瞬身動きが取れなくなるのです。わたくしのようなうら若き女性が、笑いながら迫ってきたら怖いと思いませんか)

(あぁ、確かに怖いです)

(それが、わたくしの作戦です)


 あれは作戦だったと、サリーはエルシーに饒舌に語るが、エルシーは納得していない。多少は作戦もあるだろうが、きっと本音も少なからずあったと考えている。いや、もしかしたらあれがサリーの本音かもしれないと、エルシーは本気で考えていた。


「おはようございます、サリー様」

「おはよ…… ジル! 今回はジルも参加するのですか?」

「はい、参加します」


 いきなりジルが現れて、サリーは驚く。彼女とは毎日話をしてるのに、魔物討伐に参加することを一言も話してなかったからだ。


 友達の少ないサリーは、それだけで寂しさを感じてしまっていた。


「どうして、参加することを話してくれなかったのですか?」

「ちょっとギリギリまで、参加するか悩んでいたのです」

「そうですか…… 」

「はい、実は参加するのは初めてで、業魔の森に行くのかと思うと、不安でなかなか決められなかったのです」

「初めてなら、そうですよね。でも心配しなくても大丈夫ですよ。聖女と聖法師は、後衛で騎士団に守られながら、彼らが傷ついたときだけ治療すれば良いのですから」


 魔物討伐は危険な任務ではあるが、聖魔法使いは騎士団に手厚く守れるので戦うことはほぼない。


 本来であれば騎士団の任務だが、やはり魔物は強く騎士団とはいえ無傷では済まない。傷を負った団員を庇いながらの移動は困難で、撤退時には足手まといになってしまう。


 それ故、怪我をした団員をその場で治療できる聖魔法使いが、魔物討伐に最適だと騎士団から教会に要請が来るようになった。移動しながらの魔物討伐は、治療効果の遅い薬草よりも、圧倒的に効果の早い聖魔法が相性が良かったといえる。


「分かってはいますけど、それでも役に立てるのかと緊張します」

「ジルは真面目なのですね」

「いいえ、ただの臆病者なのです」

「臆病者で良いのですよ。強がって死ぬよりは、逃げてでも生き延びる臆病さも大事です。わたくち達は、聖魔法しか使えないのですから」

「それをサリー様が言うと、変な感じがします。うふふ」


 最後に笑うあたり、ジルの緊張も少し取れたようで、サリーも安心する。


「サリー様と同じ隊に入れたら嬉しいのですけど、これだけの大人数では難しいですね」

「そうですね、これだけの人数はわたくしも初めてです」

「なにか、あるのでしょうか?」

「さぁ、ですけど、人数が少ないよりは多いほうが安心できます。ただ、警戒はしたほうが宜しいですね」


 従来の魔物討伐は、百人前後の人数なので今回は倍の人数となる。つまり、今回の魔物討伐は大規模な討伐か、凶暴な魔物が相手かのどちらかだ。


 サリーは若干の不安を感じていたが、わざわざ不安を与えることもないので、敢えて本音を隠していた。


「分かりました。気をつけます」

「そろそろ人が集まってきたので、集合場所に行きましょうか」

「そうですね」


 騎士団百九十人が十九人ずつの隊列を組み、向かい合うようにして騎士団長と隊長の十人が横並びに並んでいる。サリーたち聖女と聖法師の二十人は、隊から少し離れた木陰でで集まっていた。


「団員の諸君。今回の討伐はいつもの討伐とは違い、大規模な討伐作戦を決行する。と言うのも、最近の業魔の森での魔物の数に異常が見られる。これは、魔物の異常繁殖の可能性を示唆している」


 身長も高く、がっしりした騎士団長が、隊員の前で挨拶を始める。威圧感の塊のような団長が話し始めると、団員達は規律正しい隊列を見せ、真剣な眼差しで団長の話に耳を傾ける。ある意味、カルト宗教のようにも見える。


「故に今回は、安全を考慮して従来の倍の人数での討伐を行いたいと思う。だが、倍の人数だからといって、安心できるわけではない…… 」


 長々とした騎士団長の挨拶が続くなか、サリー達は暇そうに騎士団を眺めている。


 彼女達は戦いの経験もなければ、隊列を組んだこともない普通の一般人だ。だから余計に騎士団の一糸乱れぬ行動や隊列は、男らしく凛々しく見える。聖法師も女性なので、なかにはアイドルでも見るような眼差しを向け、頬を染める聖法師も少なくない。


 彼女らも、正魔法が使えるだけで年頃の女性なのだ。


「なかなか格好良いですね、サリー様」

「えぇ、そうですね」

「サリー様の好みは、やはり騎士団長みたいな、がっしりした人ですか?」

「あまり興味無いですね」


 サリーを見つめながら、密かにガッツポーズを取るジルの姿を、彼女は見逃していた。


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