15、密談
貴族学園内の一角に、貴族派に属する令息や、令嬢が集まる部屋が幾つかある。その中でも一番豪華な部屋に、数人の男女が集まり話し合っていた。
話し合っていたと言うが、実際は一人の令嬢が一方的に喋るだけで、他の男女は黙って聞いている感じだ。令嬢の機嫌は最悪で、場の雰囲気は途轍もなく悪い。
「止めたい。サリーローレンスを追い詰めることを、止めたいというのですか?」
「はい、すいません」
「何故ですか? 元々、貴方達のほうから願ってきたのですよ」
最近この部屋の主になった、ルンベルク・ステイ・カローナローラン伯爵令嬢は、目の前で頭を下げる彼らの行動に納得できないでいた。
以前、彼らがこの部屋に来た時は、意気揚々とサリーを追い詰める話をしてたはずなのに、今になって協力ができないと断ってきた。しかも理由を聞いても何も喋らないので、余計に始末が悪い。
「それなのに、いったい何があったのですか?」
「それは…… 」
「チェリーナ! ハッキリと、話してください」
「ーッ! すいません、許してください」
一瞬ビクッと身体を震わせるチェリーナだが、カローナの命令にも「許してください」と言うだけで、一切答えようとはしない。
「もしかして、下着姿で学院内を走り回ったことが、噂にでもなりましたか?」
「そ、そうじゃありません」
「それでは何だと言うのですか? どうして急に止めたいと言うのですか」
「それだけは、許してください」
さっきから同じ話の繰り返しだが、チェリーナも好きで理由を話さないわけではない。話せば、自らの命に関わるからだ。
先日、ジルを軟禁すると無理やり決闘を受けさせ、彼女を徹底的に痛めつけて、その姿をサリーに見せつけようと考えたが、ジルの代わりにサリーが決闘を引き受けたところから、話が変わっていく。
当初は決闘相手がサリーに代わったことで、チェリーナは大いに喜んだ。元々サリーを追い詰めることが目的だったので、相手がジルからサリーに代わることに、反対する理由がなかったからだ。
だが、蓋を開けてみたらサリーに敗北する。しかも恐怖を植え付けられるほどの敗北だ。そのうえサリーは、寄生魔を無理やりチェリーナ達に受け入れさせた。
頭の中に寄生魔がいるので、カローナに問い詰められても、黙るしか無い。サリーの秘密を話せば、寄生魔に殺されるからだ。
「ドーゴン、貴方もどうしたのですか?」
「はっ…… 」
「なぜ止めるのか、理由を話してください」
「許してください。カローナ様」
ドーゴンも寄生魔を受け入れたので何も喋れないが、理由を知らないカローナは納得ができない。
「わたくしがランドブル殿下の正室になれば、貴方達にもきちんと便宜を図ります。その意味が分かりますよね」
「そ、それは…… 許してください、カローナ様」
暗に協力しなければ、許さないと伝えてもドーゴンは態度を変えない。これはもう、サリーに弱みを握られて脅迫されているか、それとも何か大きな力が動いているのか、カローナはいろいろと考えていた。
「貴方達の代わりは、幾らでもいるのよ」
「………… 」
「分かりました、もう部屋から出て行ってください」
「申し訳御座いません」
「せっかくチャンスを与えたのに、後で後悔するわよ」
「ーーー失礼しました」
チェリーナ達が部屋から出ると、奥の部屋からランドブル第一王子が姿を現した。既に公の場でカローナとの逢瀬を公言しており、婚約者のサリーを気にすることなく、彼はカローナの部屋に入り浸っていた。
「どうした、何かトラブルか?」
「えぇ、サリーローレンスにダメージを与えるために雇ったのですが、急に止めたいと言い出して、しかも理由を一切話したがらないのです」
ランドブル殿下に気付いたカローナは、彼の肩に両手を回すと上目遣いで話を始める。彼も彼女の行動に抵抗する様子もなく、彼女の腰に両手を回し笑顔を向ける。
「それは、変だな」
「えぇ、もしかしたら弱みを握られたのかも」
「有り得る話だが、それよりも妙な話を聞いた」
「妙な話し?」
「あぁ、彼らがジルメリッサを闘技場で軟禁したという話だ」
「軟禁?」
チェリーナがジルを闘技場に軟禁したときの話を、ランドブル殿下は、ローレシア男爵令嬢から話を聞いていた。彼女は、サリーを探して闘技場に導く役目だったらしい。
「あぁ、軟禁だ。俺がローレシアから聞いた話だと、五日前にチェリーナが、ジルメリッサと正式に決闘をする予定だったらしい」
「初耳だわ」
「チェリーナは、裸にされたことを根に持っていて、ジルメリッサを徹底的に痛めつけて、その現場をサリーに見せることが目的だったらしい」
「それで、どうなったの?」
「それが、良く分からないんだ。何があったのか、チェリーナに何度聞いても教えてくれなし、それどころか何かに怯えている様子だったと、ローレシアが話してくれたよ」
「怯えた? サリーローレンスにですか?」
「それも、良く分からない」
カローナは、闘技場で何かが起こった事は間違いないと考えるが、結局何も分からないうえ、当の本人は口を閉ざしているので調べようがない。彼女は原因を探ることを一旦止めて、サリーを正室から追い落とす方法を考えることにする。
「そうですか。ところで、ランドブル殿下。わたくしのことは、国王陛下には伝えてくださりまして?」
「父は、許さないの一点張りで。母は、側室になら良いと言ってるが…… 」
「正室にはしてくれないの?」
「すぐには難しい。だが、サリーローレンスの悪評なり問題が起これば、一気に形勢は逆転する。そうなれば、君が正室で決まりだ」
「ありがとう存じます。それで、ランドブル殿下。実は耳よりな情報を手に入れまして」
「情報?」
「近いうち、恒例の魔物討伐に聖女様も、騎士団とご一緒に参加するようです」
アルフレード王国では年に数回、業魔の森で王国騎士団による魔物討伐が行われる。
この恒例行事は森の近くの村々を守るために行われるが、たまに物凄く強い魔物が現れて、騎士団に怪我人や死者が出ることもある。そのため、教会から聖女や聖法師などが参加する。
ちなみに聖法師とは、聖女になれなかった聖女候補のことである。
「つまり、魔物の襲撃で…… 」
「はい、もしお顔にお怪我でもされたら」
「わかった。こちらでなんとかしよう」
「お願い致します」
二人の密談は、夜遅くまで続いた。