13、二者択一
先程まで歓喜に包まれていたはずなのに、気がつけば恐怖に包まれている。チェリーナには、サリーの笑顔が化け物か何かの、恐怖の対象にしか見えなかった。
仲間は既に滅多切りにされ、今もなを激痛に苦しみ悲鳴を上げ続けている。これら全ての元凶が、笑顔で自身に近付いて来るが、彼女は既に立ち向かう意志などなく、ただ恐怖と後悔で涙が溢れ出していた。
サリーは、金縛りで動けないチェリーナに近寄り髪の毛を鷲掴みにすると、彼女の顔に自身の顔を近づける。
「今の気持ちは、どう?」
「た、助けて、ください。おねがい、します…… 」
もはや高圧的な態度のチェリーナの姿はなく、懸命に救いを懇願する悲壮な顔をした女がいるだけだが、サリーは笑ったままチェリーナの両足を妖魔惨で切り落とした。
『治療』
両足を無くしたチェリーナの全体重は、髪の毛を握りしめたサリーの右手にのしかかるが、彼女はチェリーナの治療を終えると、力いっぱい放り投げる。
体が何回も地面にバウンドしながら転がっていくチェリーナは、死の恐怖を身近に感じながら悲鳴を上げていた。
「ビックリさせて、ごめんねジル。もう少しで終わるから、少しだけ待っていてください」
今更だと思いながらも極力優しい声でジルに声をかけ、チェリーナのほうに振り返り歩き始める。
「ま、まっ、待って、サリー様。け、決闘だから、戦ってるサリー様に、相手の命を奪う権利はあります。ですけど、元々はわたくしの決闘でした。だから、だから、お願いです。チェリーナ様達を、許してください。どうか、それ以上傷つけないでください」
日常では有り得ない壮絶な世界を生み出したサリーに、猛烈な恐怖を感じていたジルだが、サリーの言葉を聞いたとき不思議と声が溢れ出す。
怖いのは変わらない、だけどサリーは誰一人殺していない。サリーは殺したいわけではなく、二度と関わらないように恐怖を刻み込んだだけなんだと。その証拠に、傷つけた人を全て治療している。ジルは、自分に言い聞かせていた。
「良いの?」
「はい」
「分かった」
一旦立ち止まったサリーは、ジルに近寄ると優しい顔で「ごめんね」と囁く。
「…………其の者ら力、吾に貸し与え給え、急々如律令、睡魔、薩婆訶」
呪文を唱え、ジルを眠らせる。必死に耐えているが、恐怖で震えてる彼女にこれより先を、見せる事はできなかった。
(やっぱり、やり過ぎましたね)
(しょうがないです。相手は、わたくしを殺す目的で襲ってくるのですから)
(でも、サリー様なら上手くあしらえたのでは?)
(今回は偶々わたくしが来るまでジルに手を出さなかったけど、次はわたくしのいない所でジルに手を出すかもしれない。そうならないためにも、徹底的に痛めつけました)
(ーーーそうだね。それで、この後どうするの?)
(いつもの、あれを使うのよ)
(あれか…… )
エルシーと念話で話しながらサリーは、這ってでも逃げようとするチェリーナに、ゆっくり近寄っていく。
「や、やめて、来ないで。お願い、殺さないで」
「あの方とは誰ですか?」
「そ、それは…… 」
「言わなくても良いですよ、殺すだけだから」
「ーヒッ! 言います、言います。カローナ様です。ただ、今回の決闘はわたくしの判断です。カローナ様には、少しでも貴女の悪い噂を広めるようにと、言われただけです」
カローナローレンには目目連が付いているので、チェリーナの話に嘘はない。あの方が誰かなんて、彼女に聞かなくても最初から知っている。ただ、彼女が嘘を吐かないのか試してみただけだ。
「チェリーナ、貴女の両足を治しても良いですよ」
「な、治してくれるのですか?」
「えぇ、その代わり。これを受け入れてください」
「ーヒッ! なんですかそれは…… 」
サリーの指の間でうねうねと動くいつもの寄生魔を、怯えるチェリーナに近づける。
「これは、寄生魔と言うの。見た目はあれだけど、体には害は無いから安心して受け入れてくださるかしら」
安心してと言われても、見た目は完全にヒルだから安心はできない。チェリーナは首を左右に何度も振りながら、止めてと懇願する。
「諦めてください。これを受け入れてくれない場合は、貴女を殺します。わたくしもできれば殺したくないので、是非受け入れてください」
「う、受け入れたら、どうなるのですか?」
「簡単です。今後二度とわたくしとジルに手を出さなくなります。それと今日の事を誰にも言えなくなります」
「えっ、そ、それは、どういう意味ですか?」
「言った通りです。今後わたくしとジルに手を出したり、今日の事を誰かに言うと、寄生魔に脳髄を破壊され貴女は死にます。ですが、約束さえ守っていただければ、体には一切の害はありません」
チェリーナにとっては、人生で一番最悪な二択なのかもしれない。ヒルに似た得体のしれないものを体に取り込むか、それとも殺されるか。自業自得とはいえ、最悪の決断を迫られている彼女に、エルシーは同情の眼差しを向けていた。
「殺してください! そんなの受け入れるくらいなら、いっそ殺してください」
「分かりました。それでは寄生魔を貴女の頭の中に入れますね」
「ち、違う! 殺してと言ってるじゃない」
「だから、寄生魔を頭の中に入れて、寄生魔に殺してもらうのです」
「………… 」
決して言葉遊びではなく、サリーは真面目に答えている。彼女は最初からチェリーナに答えを選ばせるつもりなどない。
寄生魔を受け入れることは、決定事項なのだ。
「どうしますか?」
「わ、分かった…… 受け入れます」
「そうですか。受け入れてくださり、嬉しい限りです」
ニコッと笑うと、サリーは寄生魔をチェリーナの耳に近づける。寄生魔はいつもの通り、スルスルと耳の中から入っていく。
勿論、チェリーナが悲鳴を上げるのも、いつも通りだ。
「寄生魔を受け入れても、何も問題ないでしょ。ただ、気をつけてくださいね、先の約束を破ると死にますから」
「えぇ、必ず守ります。だから、お願いします。両足を治してください」
寄生魔を体に受け入れても、何も問題がないことを確認した彼女は、切断された両足を見つめながらサリーに願った。
『完全回復』
「これで、治ったでしょ。全員が治るまで、動かないでください。動いたら、わかりますよね」
「えぇ、勿論。何でも言うとおりにしますから、助けてください」
「理解が早くて、助かります」
チェリーナから離れたサリーは、同じ説明を全員にすると寄生魔を受け入れさせ、開放した。